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母の娘として


 双子が小さく息を飲む。

 フィオナも一度だけ瞬きをしたが、それ以上取り乱さなかった。


「星霊族……聞いたこともありません。」


「そうよね。文献では一切述べられていないはずよ。星霊族は存在、因果、運命。触れてはならない領域に手を伸ばせる唯一の種族。」


 エルザリアはフィオナの胸元へ漂う魔力の残滓を見つめる。


「あなたの《星環収束》……あれはまさに星霊族の力よ。あなたの母、ティアナが継いでいた血。」


「……母が。」


 フィオナは静かに呼吸を整える。

 そこへ、ふと視線を双子に向けた。


「……エルザリア様。この話を、双子の前でされるのは……いささか危険では?」


 その言葉には、

 “彼女なりの警戒”が静かに滲んでいた。


 エルザリアは、逆に不思議そうに眉を上げた。


「フィオナ。あなた、気づいていないの?」


「……何を、でしょう。」


 エルザリアは双子へ歩み寄り、彼らの耳の後ろへ指を添えた。

 淡い光が、小さな紋章を浮かび上がらせる。


 星霊族の守護紋——《ガーディアン紋》。


「……っ!?」


 フィオナの表情がわずかに動く。


「この子たちは、星霊族を守るために作られた一族——《星霊守護一族》の末裔なの。」


 エルザリアの声音は、どこか安堵を含んでいた。


「星霊族の理に耐性があり、その存在を危険視せず、本来ならフィオナ……あなたを守るために生まれたような家系。」


 フィオナは双子を見つめ、静かに息を飲む。


「……だから、この子たちは……あの影従者にも捕捉されにくかったのですね。」


「そう。守護紋が“気配を消す”。星霊族の周囲にいるための、生存戦略よ。」


 エルザリアはフィオナに向き直った。


「だから、双子の前で話しても問題はないの。むしろ、彼らがいるからこそ話せる内容もある。」


 双子は不安そうにフィオナを見上げたが、その小さな瞳には確かに“恐怖だけではない何か”が宿っていた。


 フィオナは静かに膝をつき、双子の頭を優しく撫でる。


「……そう。あなたたちは……母とわたしを、ずっと守ってくれていた一族なのね。」


「……ふぃおな……?」


「大丈夫。あなたたちのおかげで何も起きないわ。」


 そしてフィオナは再び立ち上がり、エルザリアを見つめる。


「では……エルザリア様。母の最期と、星霊族の真実——続きをお聞かせください。」


 エルザリアはゆっくりと頷いた。


「分かったわ。……そもそもティアナは前王妃の子ではないの。前王妃は子ができにくい体質でね……。焦りを抱えていた前国王はティアナの母が星霊族だとわかってすぐに匿ったわ。利用価値があったから。そこに生まれたのがティアナだった。でもティアナは星霊族の魔術を国王やその側近の前では使えないふりをした。そのおかげであの子は“利用価値がない”と追放され、そして逃げたルチアナ王国であなたを生んだ。ただその五年後に再び王に呼び戻された。そしてなぜ戻されたのか、その理由はーーー」


 霧の結界が、まるで息をのむように揺れた。


「フィオナ。あなたは……星霊族最後の継承者。そして——」


 エルザリアの目が深く細められる。


「その力を“封じる器”として、王に選ばれた存在なの。」


 洞窟に落ちた沈黙は、重く冷たい。

 フィオナの指先がわずかに震えたが、表情は揺れない。


「……“封じる器”。それが、わたしが呼び戻された理由だと?」


「ええ。」


 エルザリアの声は静かだが、どこか痛みを含んでいた。


「王は……星霊族の力を奪う術をついに見つけた。ただし、奪った力は人間の器では暴走する。だから——」


 深紅の瞳がフィオナを射抜く。


「星霊族の血を引くあなたを、“器”として利用しようとした。」


「……なるほど。」


 淡々と返したが、胸の奥で何かが軋んだ。


 王はティアナを追放した。

 “価値がない”と判断した血筋だったはずだ。


 だが——


「……わたしが生まれたことで、事情が変わったのですね。」


「そう。あなたはティアナ以上に強く星霊族の力を継いだ。王はその事実に気づいた瞬間、ティアナを呼び戻した……あなたを確保するために。」


 フィオナはそっとまぶたを閉じ、一度だけ深く呼吸した。


「……母は、それを拒んだ。」


「当然よ。」

 エルザリアは短く頷く。

「ティアナはあなたを渡さなかった。星霊族がどう扱われるか、身をもって知っていたから。」


 その瞬間、双子が不安げにフィオナの服の裾を握る。


 フィオナはゆっくりと目を開けた。


「……母の死は。やはり“事故”ではなかったのですね。」


 エルザリアは数秒、言葉を失い——

 やがて静かに頷いた。


「ええ。あれは……“意図的な排除”よ。」


 洞窟の空気が一気に冷える。


 しかしフィオナは涙も怒りも見せず、ただ淡く笑った。


「……だからあの部屋には魔族特有の魔力が残っていた。」


「……あなた、気づいていたの?」


「ええ。エレノア叔母さまが当時のままの状態の部屋を残してくださっていたおかげで。」


 エルザリアは呆れと感嘆が混じった声を漏らす。


 フィオナは淡く微笑む。


「ただ……今、ようやく確信が持てました。」


 その言葉には、氷のような静かな決意が混じっていた。


「フィオナ。」


 エルザリアが静かに近づく。

 その声はいつもの柔らかさではなく、同じ覚悟を持つ者の声音だった。


「あなたを守るためにティアナは命を懸けた。でも——今また何かが動きはじめている。あの時のようにーーー」


 エルザリアはフィオナの肩にそっと触れた。


「それに打ち勝つ覚悟が、あなたにある?」


 フィオナは静かに目を開ける。


 その瞳は、涙ではなく、強い光を宿していた。


「覚悟なら、もうとうにしています。」


 双子が彼女の手を握る。


「ふぃおな……まもる……ぼくたちも……」


「ありがとう。」


 フィオナは二人を優しく抱き寄せると、前を向いた。

iPadがぶっ壊れてしまい、原稿が全て消えてしまったので1週間ほど毎日投稿ができない可能性があります。申し訳ございません。

また、投稿する時間も21時ではなく、それ以降になる可能性が高いです。

直り次第また連絡させていただきます。

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