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もう一つの影

霧の中を進む一行。

 フィオナは痛む足首をかばいながらも、呼吸ひとつ乱さず歩いていた。

 双子の手はしっかり握りつつ、背筋は揺るがない。


 エルザリアは先頭で結界の残滓を繋ぎながら、ちらと振り返る。


「……本当に我慢強いのね、あなた。」


「痛みは後でまとめて処理します。今は歩くほうが早いでしょう。」


 淡々とした返答に、エルザリアは小さく感心したように息を漏らした。


「普通はそうはいかないのよ。さっきの魔法の反動も残っているはずだし。」


「ええ……でも、動きに支障はありません。」


 フィオナは落ち着いた声音で言った。

 双子が不安がらないよう、声の揺れひとつ許さない。


 そんな様子を横目に、エルザリアは前を向き直る。


「……本当に、あなたの母に似ているわ。」


「……母を、ご存じなのですか?」


「昔、少しだけね。」


 その言葉に、フィオナの瞳が一瞬揺れたが、表情には出さなかった。


 その時だった。

 霧の流れが不自然に止まり、遠くの木々がざわりと震えた。


 エルザリアの動きが変わる。

 緋色の瞳が鋭く細められた。


「……来るわ。」


 フィオナは双子を背に庇いながら、静かに足を引いて構えた。


「影喰い、ではないですね。」


「ええ。質が違う。もっと厄介な——」


 言いかけた瞬間、闇が割れた。


 霧の奥から、黒い“人の形”がゆっくり歩み出てくる。

 その輪郭は揺らぎ、まるで深い闇そのものが身体を成しているようだった。


 双子が怯えて袖をつかむ。

 しかしフィオナは一歩も引かず、静かに目を細める。


「……こちらを狙っている。」


「そうよ。」

 エルザリアが低く言う。


「正確には——“あなた”を。」


 風が止み、森が息を潜めたような静寂が落ちる。


 フィオナは喉奥でわずかに息を吸い、冷静に問いかけた。


「エルザリア様。あれは……何者です?」


 エルザリアは一歩、前へ出る。

 その背には、迷いも焦りもなかった。


「影喰いの上位種。“影従者シャドウ・サーヴァント”。」


 エルザリアはフィオナを振り返る。

 その面差しには、初めて「同じ戦場に立つ者」への視線が宿っていた。


「戦える?」


「……双子を守りながらでよければ。」


 フィオナは袖を払うようにして、残る魔力を整えた。

 わずかに震える足首の痛みは、意識の奥へ追い払う。


 エルザリアが薄く笑った。


「いいわ。あなたは後衛で。私が前に立つ。」


「了解しました。」


 二人は同時に前へ足を踏み出した。


 霧の中で、黒い影が、ぬらりと笑ったように揺れた。

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