愛された娘として
泣き声が、ようやく細く、細く、弱まっていった。
息を吸うたび、かすかに肩が震える。
それでもフィオナは立ち上がらなかった。
胸に抱いた手紙は、まだ少し湿っている。
部屋は静かだ。
風の音さえ聞こえない。
時間だけが、ゆっくり、まるで雪のように降り積もっていく。
涙はもう流れない。
でも頬はまだ熱い。
フィオナはぼんやりと空を見上げた。
窓の外の空は夕暮れで、薄い藤色に染まっている。
なぜだろう――この色を見ると、胸の奥が少しだけあたたかくなる。
まるで、誰かがそっとそばにいるようだった。
手紙を撫でる指が、震えをなくしていく。
「……お母様……」
その呼びかけには、もう悲鳴はなかった。
ただ、そっと触れるような、優しい響き。
母を失った少女ではなく、
母に愛されていた娘としての声。
それは、痛みの底からすくい上げられた一滴のぬくもりだった。
涙はもう枯れた。
けれど胸の奥に残っているのは、
喪失の痛みではなく、思い出せないのに確かにあるぬくもり。
まるで、“愛されていた”という事実だけが、
時を越えてここに息づいているようだった。
それは、奪われない。
誰にも壊せない。
どれほど国が乱れようと、
どれだけ血が流れようと、
どんな憎しみを抱えようと、
――ここだけは、フィオナのまま。
そう思えた時、フィオナはゆっくりと目を閉じた。
長い、長い、静かな呼吸をした。
フィオナはゆっくりと立ち上がった。
手紙の重みが、胸の奥で小さく脈打つ。
――お母様が残した“最後の言葉”。
そこに、まだ続きがあるのなら。
「叔母さま、エルゼリア様という方を知っていらっしゃいますか?」




