フィオナへ
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フィオナへ
あなたがこれを読むとき、
私はきっと、あなたのそばにいません。
それでもね、フィオナ。
どうか忘れないで。
私があなたを産んだことは、
私の人生で、いちばんの喜びでした。
大きな声で笑うあなたが好き。
眠る前に、私の指を握って離さなかったあなたが好き。
泣きながらでも立ち上がろうとするあなたが、誇らしくてたまらなかった。
私は弱かった。
もっと強ければ、あなたの手を離さずにすんだのに。
ごめんなさい。
でもね、ひとつだけ――
どうしても伝えたいことがあるの。
フィオナ。
あなたの人生は、あなたのものです。
憎しみに縛られないで。
誰かの傷のために生きないで。
あなたに傷を与えた世界のためでなく、あなたが見たい世界のために、歩いて。
もし苦しくなったら、立ち止まってもいい。
泣いても、逃げても、誰かに縋ってもいい。
それでも、生きて。
泣いて、笑って、その一つひとつが、あなたの人生を作るの。
私は、あなたが生まれてきてくれただけで救われたの。
ありがとう。
本当に、ありがとう。
愛しています。
どんな未来になっても、それだけは変わりません。
ティアナ・ルチアナ
追記
モシワタシガシンダラエルザリアサマヲオトズレテ。マヨイノモリニイルカラ…………アノカタハスベテヲシッテイルーーーーーー
最後の一行まで目で追った瞬間、
胸の奥に詰められていた固いものが、ぼろりと崩れた。
視界が滲む。
紙の文字が溶けてしまう。
「……っ……あ……」
喉が、声を作るのを拒む。
でも耐えられなかった。
「……なんで……」
指先が震えて、封筒を握りしめる。
そのまま崩れるように床に膝をついた。
「なんで……私を、置いていったの……っ」
声は震えているのに、止められなかった。
「一人に……しないでよ……っ」
手紙は濡れ、紙はしわになり、
母の名前の上に涙が落ちる。
「わたし……あのとき……!お母様に、ちゃんと……“おいていかないで”って……言いたかった……!」
思い出せないはずの記憶が、涙と一緒にあふれてくる。
まるで、心の奥が覚えていたみたいに。
「怖かった……!嫌だった……!置いていかれるのが、嫌だった……っ」
周りなどどうでもよかった。
王女でも、強い振る舞いも、気高さも、全部いらない。
今のフィオナはただの母を求める子どもだった。
「……お母様……っ」
声が擦れ、喉が痛む。
けれど涙は止まらなかった。
どれほど泣いても、
母はもう腕で抱きしめてはくれない。
けれど、
泣いて、泣いて、泣き切ったとき――
胸の奥に、小さな、温かいものが残った。
それは、母の手紙が残したもの。
わたしは、愛されていた。
その事実だけが、世界でいちばん強く、優しく、残っていた。




