第4話 二人の珍妙な客
翌日の昼過ぎ――我が卯月家に、珍妙な客が二人訪ねてきた。
一人目は長めの前髪で左目を隠した、ボーイッシュな藤宮彗星。
「そこの変態男子、聞いたよ。きみ、ついにおかしくなったんだって?
まったく、卯月っち……きみはポンコツだなぁ、ってウチは思うな」
二人目は肩まで届く長さの髪をした、普段からしかめっ面の不知火寧々(しらぬい・ねね)。
「頭の打ちどころが悪かろうが悪くなかろうが、妹をいやらしい目で見るとは、言語道断だが?
怜奈からSOSを送られてきたときは、思わず私は通行人を引っぱたいてしまったが、なんてことはない、卯月……お前を引っぱたくべきだった」
部屋に入るなり、言いたい放題の同級生女子二人に言い返すべく、俺は二人を順番に指で差した。
こいつら、言わせておけば……!
「ふん、悪口はやめることだ、女ども。ただでさえ醜い外見が、中身まで醜くなってしまうぞ」
「安心しろ、今のお前ほど醜悪に映らんさ」
「むしろ、ウチらの可憐さが際立つ感じ?」
「醜悪……可憐、だと?」
愚か者が!
俺は唾を撒き散らしながら、顔を真っ赤にして叫んだ。
藤宮は大笑い、不知火は軽蔑したまなざしで腰に手を当てた。
俺は襟を正すと、「俺が醜悪だろうと、それは些細の問題だ。お前たちが可憐(笑)を自称しようとも、俺は嘲笑で返してやる。……ただ」
「きみさ、何かのスイッチ入っちゃってない? なんだか草生える」
「……言ってみろ。お前の言い分とやらを聞いてやる」
俺は目をカッと見開き、両手で二人を指差した。
「可憐なのは、うちの妹……怜奈のことを言うんだっ!」
わずかのあいだ、時が止まった。
けれど、止まった時は倍の速さで動き出した。
「あっはははははは!」
「バカっ、彗星、笑うな! さすがにそれは怜奈に失礼だぞ」
「いやいや、だって……これはさすがに大草原不可避」
「大草原不可避なら、避ける努力をしろと言っている」
「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「芝刈るぞ、ゴルァ!」
…………。
こいつらに辞書にも載ってるであろう言葉、「可憐とは、卯月家の怜奈の意」を教えるのは、どうも安易ではないらしい。
「まったくもって狂ったお二方だ。逝ってよし」
「「オマエモナ―」」
「……私たち、さっきからおかしな用語使ってないか?」
「そうか? 気のせいだろ」
「寧々っち、それ、言っちゃいけない奴ー」
何はともあれ。
「前はともかく、俺は怜奈のことが好きなんだ、愛してるんだ。今すぐにでも一夜をともにしてもいい」
「施しようがないほどに重症だな」
「それは……俺と怜奈が結ばれることを許さない世界がか?」
「いや、お前がだ」
「俺か」
「ああ」
心底気持ち悪いという不知火の顔に困惑を覚えながらも、俺は「……ワロタ」とだけ声を出した。
俺と不知火の会話のあいだに、藤宮はスマートフォンでネット検索していたようで、彼女のスマホから「近親相姦とは~」のAIによる音声概要が流れた。
AIがすべてを言い終えるのを待った俺は、眉をひそめながら言った。
「いかんのか?」
「「いかんでしょ」」
藤宮と不知火の声がダブる。
不知火はハッとし、片手で口を押さえる。
「やっぱりだ。私たちは何かに取り憑かれたかのように、変な用語を使ってる……!」
「寧々っちったら、ウチの足踏んでるよー?」
「いやああああああ! ゴキブリっ!」
「ゴキ……ブリ?」
苦笑を浮かべた藤宮の目には、それはキレイな涙が浮かんでいた。
俺は場を和ませるため、数秒で思いついた冗談を言った。
「ブリかぁ、ブリは美味しいよな。うーん、そろそろブリの刺身でも食べたいな」
「ゴキブリの……刺身?」
「やめろ、藤宮。それ以上の被害は、誰も望んでいない」
「…………」
「あれ、寧々っち?」
「そら見たことか! 不知火の奴、立ったまま気絶してらぁ」
俺はヤケになり、カカッと笑い声を上げた。
藤宮はあごに手を当ててから、俺の目をまっすぐ見ると、俺の手を取った。
「うん?」
「やっと……二人きりになれた」
「……うん?」
「ずっとウチは、きみのこと……」
「ま、待てっ! それはもしかして、告白――」
「オナ禁をしていたきみのことが男らしくない、そう言おうと思って、けどウチのキャラ的にそれを言うのは違うな、って思って、我慢して我慢して我慢した結果、ものすごく性的に興奮しちゃった♡てへぺろ///」
「ああああああ! 前の俺ならいざ知らず、今の俺にはクソどうでもいい別の意味の告白キタコレ!」
「二人だけの……内緒だよ?」
「アッ、ハイ!」
「……ハッ! 今何か、いくつか聞いてはいけない言葉を耳にしたような気がするが?」
「それが何か、ウチが教えてあげてもいいよ」
「いや……やめておこう」
「奇遇だな、俺も不知火に同意見だ」
「ゴキブリの刺身」
「いやああああああ!」
「藤宮……」
ドタドタ……ガチャン!
「おお、あなたは怜奈」
「おっ、怜奈っち~」
「むっ、怜奈か」
「――お兄ちゃんはともかく、彗星さんも寧々さんも、一体何しに来たの?
頭の打ちどころが悪かったお兄ちゃんを元通りにするために、アタシたちの家にまで来てくれたんだよね?」
「そうだにょーん」
「そうだが?」
「なら、おかしなこと話してないで、さっさとなんとかしなさいよ!」
この世が生んだ可憐さの結晶、怜奈降臨。




