第2話 幻覚
目を覚ました俺は、力なくほほ笑む。
「まあ、なんだ……ここが死後の世界か」
「……なわけ、あるか、この、バカ兄! 病院の個室よ」
腹部に痛みあり。
「うーむ、死後の世界にも、痛覚があるとはな」
「もっと痛覚を自覚させても、よろしくてよ」
「ぐっ……ああああああ!」
俺は絶叫を上げ、寝ている姿勢からガバッと起き上がった。
「そ、そんなに痛がらなくても……でも謝るのは負けかなと思ってる」
「れ、れれれ、怜奈……」
俺は目の前にいる可憐な少女――怜奈の顔を見ながら、彼女の手を取る。
「へっ? ど、どうしたのよ。頭じゃなくてお腹だから、打ちどころが悪いなんてこと、あるはずがないわよね……?」
「あなたは……この世界の言語では語れぬほど、可愛い」
「ぎゃああああああ! お腹でも打ちどころが悪かったぁ、オワタ」
「百点満点中百億点の容姿のあなたは……」
「やっぱりあのときの五十点は、容姿のことだった、許すまじ」
「俺の妹だった」
「良かった! 一過性のものだったのね。それなら、アタシも安心――」
「愛してるよ、怜奈。怜奈は、ずっと俺のものだ」
「きゃああああああ! 生まれて初めての告白がお兄ちゃんからだなんて……もうアタシはこの世界では生きられない、死後の世界に逝かせてぇ」
「怜奈……」
「超キモい、それに手が超痛い……手を離しなさいよ、超怖い!」
俺は怜奈が痛みを感じていると知ると、情熱的に彼女を抱き寄せた。
「ひぃ」
「怜奈は俺が守る……俺の命に代えても、怜奈だけは守ってみせる!」
「うんうんうんうんうんうん、分かった分かった分かった」
「その怜奈に痛みを与えている輩は……輩は!」
「あなたでしゅ……☆」
「どこだ?」
怜奈は躊躇ったように、個室の引き戸を指差した。
俺は怜奈の身体を優しく撫でてから、彼女を解放した。
「安心してくれ、怜奈。お兄ちゃんは、あなたを苦しめるすべてを……クズ肉にシテヤルカラナ」
殺意に満ちた俺は、獣も震え上がるような咆哮を上げた。
怜奈を苦しめるものは……全員皆殺しにしてやる……!
「ふん、ではまずは一人目をクズ肉に――って、怜奈?」
怜奈がいない。
部屋のどこを見ても、怜奈の姿がない。
「れ、怜奈……?」
目をまん丸くさせる俺だが、すぐに状況が飲みこめた。
なるほど、つまりは――。
「そうだよな……この俺に、人類史上見たことがない可愛い妹なんて、いるはずがないよな。
これは幻覚……俺としたことが、頭の打ちどころがよほど悪かったとみえる」
やれやれ、と俺はナースコールを押し、看護師さんを呼んだ。
病室に来た看護師さんは、俺の幻覚を青ざめた様子で聞いていたが、やがてすぐに担当医を呼びに病室から慌ただしく出て行った。
担当医が病室に来るまでのあいだ、もう見ることもない幻の妹を想い、俺は泣きに泣いた。




