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フレイの作る魔法

「おい、おっさん起きろ」

「げほっげほっ、なんだ……俺は死んだはずでは?」


 クロウの指先に青い光が灯り、オーガスの胸に触れるとオーガスはせき込みながら目を覚ました。

 オーガスは穴の開いたはずの胸に手を当て、不思議そうな顔をしてクロウとフレイの顔を交互に見る。


「ま、神様の奇跡ってやつだ。心臓が貫かれてなかったから、魔石で治療できた。神様不信の心を入れ替えて、今日から敬虔な信徒に戻ったらどうだ?」

「……何が目的だ」

「おいおい、本当に堅物なおっさんだな。治療の礼なり、神に対する不満なり色々あるだろ?」 


 もちろんクロウの言葉は全部でまかせで、軽口ばかりなのでオーガスの対応が本来は正しい。

 クロウはそれを分かった上で、さもオーガスが悪いかのように肩をすくめて呆れるポーズをとる。


「俺はすでに錬金術師に捨てられた。もはや俺に価値などない。妻と娘の待つ天国へ行きたかった」

「オーガスさん、私はあなたと約束しました。あなたの妻と娘を蘇らせる手伝いをすると」


 生きる気力を失ったオーガスに対し、フレイは首を横に振りながら自分の提案を再度伝える。

 そんな懸命なフレイの様子をクロウは見守ることにした。


「だから、教えてください。一体あなたの家族に何があったのか」

「お前にそんなことを伝えてどうなる? 研究資料はもう手に入らないのに」

「家族に会いたい気持ちは私も分かります。あなたが奪った資料はついこの前亡くなった祖父です。両親は私が生まれて間もなく死んでいます。もう一度、会って話だけでもいいからしたいのは、私もあなたも同じだと思ったんです」

「つまらん話だ……」


 オーガスはそういうと目をつむり、うつむきながら彼の過去を語りだした。

 オーガスは教会騎士として、聖職者の巡礼や旅の護衛をし、魔物や盗賊から聖職者を守ってきた。

 そのため、妻と娘を家において数週間、家を離れることが何度もあった。

 けれど、妻と娘はそんなオーガスを誇りに思い、オーガスも妻と娘を愛していた。


 そんな生活をする中、悲劇は起きる。


 オーガスが巡礼の護衛中、家は強盗に襲われ、妻と娘は殺されてしまった。

 その知らせを聞いてオーガスが慌てて街に戻った時には、強盗はすでに捕らえられ、死刑に処されていた。


「俺には何も残されていなかった。愛する家族も、復讐する相手も。神に仕えてきた仕打ちがこれならば、俺はもはや神は信じられぬと教会騎士団を抜けた。普段あれだけ神の偉大さを語っていた連中は、俺に何も言わなかったよ」


 復讐する相手すらなくして、残されていたのは虚無だけ。

 オーガスはその虚無を埋めるように、傭兵として死地をさまよい続けた。


「シンシア、ハーメル……俺もお前たちのそばにいきたい……」


 絞り出すようなオーガスの声を最後に、彼の言葉は止まった。

 よくある悲劇、と一言で片づけるのは簡単だ。つまらん話だとオーガスが言ったのもその通りだと切って捨てることはできる。

 けれど、フレイはそうしない。この真っすぐに飛び出すお嬢さんなら、こんな話を聞いてただで終わる訳がない。


 クロウはそう思ってフレイのことを横目で見る。

 すると、同じタイミングでフレイもクロウのことを見たので、二人の視線が重なった。


「クロウさん、錬金術って、魔石に形を与えて、紋様で魔力の流れを作って、魔法を作る技術ですよね?」

「ん? あ、あぁ。錬金術の基本だな」

「今の私にできることをします。クロウさん、力を貸してください」


 フレイは口をクロウの耳に近づけてそっと耳打ちをする。

 オーガスには聞かれたくない話なのだろう。

 クロウが無言で頷くと、フレイは耳打ちを続けた。


「さっきのシンシアさんとハーメルさんの命の魔石をください」


 クロウが結晶化させた魔石は回収していたが、既に二人の魂は消えている。

 今更二人の遺体に宿った魔力を使っても、二人を生き返らせることはできない。

 先ほどの不死人みたいなことは出来るけど、それは生き返らせたとは到底言えるものではないのだ。

 だが、クロウは構わず魔石をフレイに手渡した。


「ありがとうございます。やるだけやってみます」


 フレイはそういうと、大きく息を吸い込んで目を閉じた。

 何をするかはクロウもまだ分からない。

 でも、何が起きても良いように、いつでもオーガスを止める準備をした。

 そして、ほんの数秒立った後、フレイは目を見開いてオーガスの目の前に歩み寄った。


「オーガスさん、改めて取引をしましょう」

「今更何を……?」

「シンシアさんとハーメルさんの肉体を今すぐ蘇らせることはできません。でも、一緒に生きる術を今から作ります」

「……は?」

「代わりにあなたを雇った錬金術師ミハイルのことについて、ほんの少しでも良いので教えてください」

「……そんなバカな話を受け入れろと?」

「はい、信じてください。私はミハイルを止めるためなら何だってします。そのためなら、あなたに家族の時間を取り戻すことだってやってみせます」


 フレイの言葉に理屈はない。信頼も実績もない。

 交渉ではなく、夢物語を語っているようにしか聞こえない言葉・

 だが、どこまでもひたむきで、相手のことを思っている真心は伝わる。


「……やれるものならやってみろ」


 その言葉はオーガスにもしっかり届いたらしい。

 オーガスの返事にフレイは深くうなずくと、オーガスとクロウから少し離れて杖を取り出す。

 そして、地面に二欠片の魔石を置くと、その魔石を中心に踊るように杖を振り始める。

 振った杖から放たれる光は円を描き、紋様を描き、新たな魔法の設計図が生まれ始める。

 その神秘的な姿に、クロウもオーガスも言葉を失って息をのむ。

 そうして、数分の時が立つと、魔法の光で描かれた設計図が魔石に取り込まれて、魔石が二つの青い宝石のピアスへと姿を変えた。


「できました。オーガスさん、このピアスをつけてください」


 フレイがそう言ってピアスをオーガスに手渡す。

 とてもこれで人を蘇らせることはできない。

 そんなガッカリしたようなオーガスの表情だったが、フレイの顔を見てゆっくりと耳に刺した。

 その瞬間だった。


「あ、あぁ……。シンシア、ハーメル……」


 オーガスが涙を流して立ち尽くす。

 クロウとフレイの目には何も見えていない。

 けれど、オーガスにはまるで二人が目の前にいるかのように手を虚空に向かって伸ばしていた。


「俺には何も見えないが、一体どんな魔法を作ったんだ?」

「思い出を呼び起こす魔法です。きっと思い出の中で二人に出会っているのだと思います」

「思い出?」

「はい、人を蘇らせることはできないですけど、記憶を蘇らせれば、その人の中では生き続けられると思ったので。生前の記憶とオーガスさんの記憶を媒介にして、会話できるようにしたつもりです。感覚としては夢でお化けとお話してるようなものでしょうか?」

「なるほど。さすがパラケル爺さんの孫だな。まさかそんな魔法を作るとは」


 二人の命の魔石から生前の声や姿を作って、オーガスさんの頭の中で二人の声と姿を映し出す。

 初めて聞く魔法の使い方にクロウが感心すると、フレイは首を小さく横に振った。


「違いますよ。クロウさんの人探しの魔法を真似たんです」

「オーガスを見つけた時の魔法か?」

「そうです。あの時私お化けって驚いたんですけど、お化けでもはっきり顔が見えて、会えて、話ができたら嬉しいなって思ったんです。色々な思い出を思い出して、そうしたらまるでおじいちゃんが私に改めて色々伝えてくれたみたいな気持ちになって、おじいちゃんは私の中にいるって思ったんです」


 あの時は年相応に驚くこともあるのだと、子供っぽさに安心したクロウだったが、その時の気持ちをもとに魔法を生み出すなんて微塵も予想していなかった。


「それに、シンシアさんとハーメルさんの命の魔石なら、きっとオーガスさんとの楽しい記憶が命のエネルギーとして最も強く共鳴するはずですから、この思い出の魔法を作れるって考えました」

「フレイは命のエネルギーが強いか弱いか分かるのか?」

「あ、いえ、分かりません。でも、おじいちゃんが言っていたんです。良い思い出があるだけで、どれだけ悲しいことも辛いことも乗り越えられる。思い出は人の強さだ、って言われたことを思い出したので、そうなのかな? って。えへへ、偉そうなこと言いましたけど、おじいちゃんの受け売りですね」


 フレイはそういうと照れくさそうに笑った。

 だが、クロウはフレイの言葉に心底驚いていた。

 間違いなくフレイはパラケルの血筋だ。錬金術師として魔石から魔法を生み出すセンスがずば抜けている。

 初めての錬金術でここまで魔石の特性と、作りたい魔法の方向性を一致させる感性は並大抵ではない。

 その感性を仕込んだパラケルと受け継いだフレイの才能に、クロウは珍しく感心した。


「やっぱお前は爺さんを超える錬金術師になれるかもな」

「えへへ、そうだと嬉しいです。きっとおじいちゃんも、こんな風に人が救われるような魔法を作りたかったでしょうから」


 優しく微笑むフレイの視線の先には、止まった時が動き出して溜まっていた涙が止まらなくなったオーガスがいた。

 十分ほどの時間が過ぎたころだろうか。

 オーガスは泣くのを止めて、見慣れた仏頂面に戻って立ち上がった。

 ただし、その仏頂面からはずいぶんと苦しみが抜けたように見える。


「代行屋クロウ様、それとフレイ様。ありがとうございました。感謝の言葉をいくら並べても足りないほど感謝しております」


 オーガスはそういうとクロウとフレイの前に跪いて、頭を下げる。

 その姿は教会騎士として神を崇める様子と重なった。その堂の入った姿は間違いなく敬虔な教会騎士の証だ。

 そんな最上級の敬礼をオーガスは俺たちに見せた。


「シンシアさんとハーメルさんには会えましたか?」

「はい。自分の罪に対する許しと、積りに積もっていた話を聞いていただきました。二人は今自分の中で生きています」

「お力になれて良かったです」

「神はいないと思っていましたが、あなたは絶望に沈んだ自分に光をくれました。神はいなとくとも聖人はいた。聖女フレイ様、自分の全てであなたに忠を尽くします」

「そんな大げさなことしないで良いですよ!? オーガスさんの半分も生きていないんですから!?」


 オーガスから神様聖人様扱いされて戸惑っているフレイに、クロウはケラケラ笑っていた。

 20を超えてもいない十代の女学生が、40を超える強面の男性から神様を超えるレベルで感謝されて、崇められる姿はあまりにもシュールな見た目だ。

 まさか自分のやったことが、こんな大げさに返ってくるなんて微塵も思っていなかったのだろう。 


「ちょっとクロウさんも笑ってないで、いつもの軽口の一つや二つ言って止めてくださいよ!?」

「フレイも今のうちに聖人扱いされるのに慣れといた方が良いぜ。この先、立派な錬金術師になるつもりならこんなの日常茶飯事だぜ?」

「私に軽口を言ってって意味じゃないですよ!?」


 フレイの照れて慌てる様子に、クロウは笑いがこらえられなかった。

 とはいえ、クロウは軽口を叩きながらも、将来そうなることを半ば確信して言っていた。

 代行で感謝される自分以上に、フレイの錬金術は人を救う可能性が高い。

 いつか本当に聖人扱いされても不思議じゃないのだ。

 とはいえ、そろそろ助け舟を出しても良い頃合いだろう。


「おい、おっさん。フレイの持ちかけた取引はちゃんと覚えているか?」

「あぁ、神には誓わないが共にいる家族、そして聖女フレイ様に誓って、自分の知っている全てを話そう。とはいえ、そこまで話せることはないのだが」

「それで構わない。ミハイルの狙いが分かれば、次の手を潰せる」


 オーガスの宣誓に少し吹き出しそうになったが、これなら嘘を吐く様子はない。

 オーガスはようやく顔を上げると、跪いたままミハイルから研究資料の強奪依頼を受けた経緯を話し始めた。


 ローブで顔を隠したミハイルに一か月前持ちかけられた条件は、シンシアとハーメルを蘇らせること。

 その代わりに指定された地下室に向かい、研究資料を強奪することだった。

 地下研究室の鍵も隠し扉の場所も事前に伝えられており、侵入すること自体は非常に簡単で、何の障害にも出くわさなかった。

 その結果、地下の資料を簡単に全て奪い取りミハイルに手渡した。

 その後、もう一度出会ったのはさっき殺されかけた時だった。


 確かに話せる内容はほとんどない。新たな情報もほとんどないように聞こえた。


「クロウさん、ミハイルさんの手がかりはほとんどないようですけど……」

「いや、よく考えてみろ。すんなり行き過ぎて違和感がないか?」

「え?」

「自分の命、子供の命、孫の命、そして命を狙われる最大の理由となる聖者の石の研究資料。それらを簡単に周りの人間が分かるようにパラケル爺さんが管理すると思うか?」


 それに何よりフレイに自覚なく錬金術の才能を磨かせた爺さんだ。

 オーガスの言った通りに事が運んだのなら、パラケルにしてはあまりにもお粗末すぎる。


「これはパラケル爺さんの罠に、ミハイル達が引っ掛かったと考えるのが妥当なんじゃないか?」

「え? でも、聖者の石は試作品でも完成してましたよね? おじいちゃんの研究資料で作られた訳じゃないってことですか?」


 フレイの疑問にクロウは頷いた。

 本当の研究資料を手に入れていたのなら、試作品では済まない可能性が高いし、試作品であったとしてももっと恐ろしく、手のつけようのない奇跡が起きているはずだ。

 逆に言えば、試作品しか使えなかったということは、パラケルの資料を何も手に入れていないに等しいのではないか。


「おっさん質問させてくれ。あんたほどの人間がいくら死んだ家族を蘇らせるためとはいえ、何の証拠も根拠もなく、家族を蘇らせるために悪事を働くとは考えにくい。一体何を見せられた?」

「死体が聖者の石の光に照らされると、立ち上がり動ける状態になったのを見た。自分も最初はただの無機質な動く死体に興味はなかった。だが、そこでミハイルは言ったのだ。パラケルは完全な蘇生を目指した。彼の研究資料があれば空虚な死体に本物の失われた魂を宿すことができる、と」

「やはりか。聖者の石の完成度は、研究資料を手に入れても変わってない」


 オーガスの答えに、クロウは自分の仮説に確信を得た。

 本物のパラケルの資料は見つかっていない。

 恐らくミハイル達はそのことに気付いている。

 だからこそ、オーガスを迷いなく切り捨てたし、フレイを自分の手で殺さずに逃げた。

 錬金術師殺しとして認識されているクロウなら、あの程度の難局を切り抜けられると信じた上で、フレイが本物のパラケルの資料に繋がる鍵になると踏んで、わざと泳がせてきた。


「痩せ犬のガキがなかなかの演技派なのか、学派の上の連中に悪知恵が働く奴がいるのか。どちらにせよ、奴らの本当の狙いはフレイが本物の資料を見つけて、それを奪うことだ」

「でも、私だって遺書でこの地下室のことを知ったんですよ? 他のことは何も知らされていないです」

「そこが問題なんだよな。パラケルの爺さんがどんな謎解きを残したのか。その手がかりが必要になってきた。おっさんのおかげで、一から考え直しになったからな」


 フレイの言葉に嘘はない。

 クロウは困ったように頭を押さえると、もう一度最初から手がかりを探さないといけないことに嘆息した。

 話がこうなってくると、オーガスからは手がかりを得られることもない。

 そうなるとオーガスをどう扱うかが問題になるが、そっちの問題はすぐに解決する。


「代行屋クロウ様、聖女フレイ様。一度は身も心も死んだ身である自分には恐れるものはなにもありません。どうか自分の力と命を使っていただきたい」

「だから、その聖女はやめてくださいってば!?」

「では、フレイ様とお呼びいたします」

「様も困りますよ!」

「いえ、こればかりは譲れません。聖女は常に心に秘めておきますが、あなたを敬う気持ちを出せないのは、自分の感謝の心が許さない」


 完全にフレイに心酔しているから、もうミハイル側に立つことはないだろう。

 肝心のフレイは本当に困っているようで、必死に助けを求める視線をクロウに送ってきているが、クロウは必死に笑いをかみ殺していた。

 クロウですら心を動かされたのだから、これぐらい人をたぶらかせるなんて当然だ。

 つくづくとんでもない依頼者だと楽しくなっている。


「剣を交えた俺より崇められてるからな。やるじゃねぇかフレイ」

「だから、そんなつもりじゃないですって。少しでも悲しい気持ちがやわらげば良いって思っただけなんです」

「そういうところなんだが。ま、今言っても仕方ない。おっさんから暑苦しく尊敬されるのは照れるだろうが、おっさんの力は確かにあてになる。剣を交えた俺が言うから間違いない」


 本当のオーガスはもっと強い。精神的にボロボロな情況であそこまで戦えたのに、戦う意味と守る者がいる情況で心がよみがえったのならクロウが剣を交えた時よりも数倍強くなっていてもおかしくない。

 しかも守ることに特化した教会騎士なら、護衛という今回の依頼には適任だろう。


「とはいえ、おっさんはミハイルには殺されたと思われた身だ。生きていると知られると少し困る――いや、ちょっと待てよ?」


 オーガスの死体がなければ生き返ったことがミハイルに伝わる。

 死んだはずの人間を生き返らせることができるのは、聖者の石以外にない。

 それも彼らが望んでいるのは死者を蘇らせる聖者の石。

 オーガスが生きていれば、クロウ達が既に死者を蘇らせる聖者の石を生み出したと勘違いされる可能性がある。


 そうなれば、フレイは執拗に狙われることになるのだが。

 リスクの高い賭けになる、そう思ったクロウはフレイの顔を見る。


「おっさんが生きていることが伝われば、爺さんの謎解きをしなくても、ミハイル達をおびきだすことはできるな」


 クロウに見つめられたフレイが少し考え込むような素振りを見せると、どうやらクロウの意図が伝わったようで彼女はクロウを見つめ返して深く頷いた。


「私が聖者の石を作った、とミハイルに勘違いさせるってことですね。聖者の石が本物か偽物かは分からないけれど、奪いにいかないと確認ができないから、ミハイルからこっちに近づいてこざるをえない」

「その通り。つまり、フレイが直接狙われる危険性がより高まる。冗談でも脅しでもなくマジで言っておくが、錬金術師に捕まると命を奪われるより悲惨な目にあう。それでもやるか?」

「やります。もちろん、おじいちゃんの研究資料も一緒に探しながらですけど」

「あぁ、それで良い。そっちはそっちでミハイル達よりも先に抑えておかないと、このハッタリの効果が消える」


 本当にどこまでも肝が据わっているフレイに、クロウは冷静に対応しているが内心では驚かされ続けている。

 危険は確かに大きいが、今回は強力な助っ人が用意できたので、心配が多少減っていることも平静を装えた理由だろう。


「という訳だ。おっさん、あんたとフレイはミハイルを釣り出す餌になってもらうが、構わないか?」

「構わない。構わないのですが、一つ言って良いでしょうか代行屋クロウ様」

「なんとなく言いたいことは分かる。俺もこんな依頼者は初めてだからな」

「フレイ様、マジ聖女。絶対守護る」

「すまん。俺の思ってた言葉と全然違ったわ。あんた筋金入りだな」


 クロウは呆れて吹き出したが、オーガスはいたってまじめな怖い顔をしている。


「ここまでの覚悟と自己犠牲の精神は聖人以外の何物でもないでしょう?」

「まぁ、それは同意する。人生何週目だよって思うようなこと言うよな。これで17歳っていうんだから末恐ろしいわ」

「うむ、娘も生きていたらこう育ってほしかったと思うほどです」

「……あんたの娘だったら、フレイの良い友達になっていたかもな」

「がははは、そうですな。そうでしょうとも! あなたにも感謝を代行屋クロウ様」


 絶対に叶うことのない願いだが、オーガスは初めて笑った顔を見せた。

 眉間のしわもほぐれたオーガスの顔を見て、クロウも小さく微笑んだ。

 悲しい過去を乗り越えた人間の強さは、とても美しい。それに自分を照らしてくれるから。


「さてと、それじゃま、ひとまず帰って作戦会議を立てるか。帰るぜ」

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