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錬金術師のやり方

 咄嗟にクロウはフレイをかばうように振り向き、その凶刃を放った元凶と相対する。

 そこにいたのは若い痩せ狼のような男。フレイと同じ十代後半くらいだろうか。魔法使いの好むローブを着て、魔石のはめ込まれた杖を持っている。


 だが、彼の本職は魔法使いではない。強面の男の反応を見る限り錬金術師だ。

 だから、油断は一切できない。

 子供のように見えて恐ろしい魔法の使い手であると、クロウは瞬時に見抜いた。

 というのも錬金術師は魔石を加工する者ではあるが故に、魔石を元に発動させる魔法に対して理解が深い。

 魔法の攻撃的利用に重点を置いた本職の魔法使いや、治療的利用に重点を置いた神職、そのどちらにも比肩しうる魔法の応用能力を持っている可能性が高いのだ。


 そして、最悪の場合として、既に聖者の石を完成させて、魔法使いや神職よりも恐ろしい魔法を武器に襲い掛かってくるのが錬金術師だ。


「やれやれ、契約違反は許しませんよ。オーガスさん」

「おい、痩せ犬のガキ。お前せっかく捕まえたうちの見込み客に対して何してんだ」


 痩せ狼のような少年に、クロウも剣を向けてすごむ。

 すると、痩せ狼のような少年は全く臆することなく、まるで憧れの人に会ったかのようにきらきらと目を輝かせた。


「文句があるならお前も同じ目に――って、代行屋のクロウさんじゃないですか! うわー! 超会いたかったんですよ! 僕ミハイルって言います! よろしくお願いします!」


 そんなミハイル少年の態度に毒気を抜かれかけたが、キラキラの目の奥にある殺気をクロウは見逃さなかった。


「俺に超会いたくて、超ぶっ殺したかった。って顔に見えるけどな。少しくらい殺気を隠せクソガキ」

「あはは、さすが錬金術師殺し代行ですね! よく僕たちのこと見てる。油断できないなぁ!」

「人を殺し屋業者みたいに言うな。倫理観がぶっ壊れて、禁忌に手を出してるやつの悪事を止めた際の正当防衛だ」

「いやー、 僕たち錬金術師から研究を取り上げたら、魂の殺人みたいなもんですから。殺人と同罪ですよ。そんなことされたら代行屋さんを殺したくなる気持ちもわかってくださいって」

「罪のない人の命を、自分たちの研究材料にするやつらの気持ちなんて分かりたくもねぇ」

「どうして? 僕たちの研究の礎になってくれることで、もっとすごい世界ができるのに」


 こうした錬金術師は人の命を自分の研究材料として使うことに対して、みじんの迷いもない。

 むしろ、自分の死が役に立つことを喜べと平気で被害者に言ってのける。

 そうした相手をクロウは何人も相手にしてきた。ミハイルもそんな連中と何も変わらない。


「って、そんなことよりも、その錬金術師がパラケルの孫娘で聖者の石の製造法を知ってるって本当なの?」


 ミハイルの一言で、さっきのやり取りがすべて聞かれていたことをクロウは理解する。

 そうなると、フレイは今ミハイルにとって喉から手が出るほどほしい情報源となってしまう。

 ミハイルはクロウに向けるキラキラの目ではなく、品定めをするような視線をフレイに向けているのも相まって、一気に緊張感が高まった。


 だが、当のフレイは全く引く気がない。

 間違いなく危険な挑発になる。だが、ここで弱気になる方が危険で、フレイには嘘を貫き通してもらう方がクロウにとっても都合がいい。


「はい、おじいちゃんから貰った遺書もあります。これが聖者の石の製法のヒントの一つです」

「へぇ! 遺書なんてあったんだ! なるほどね」

「この遺書と一緒に、私たちを研究室に連れて行ってもらえませんか?」


 ミハイルは遺書を見た瞬間、舌なめずりをして、玩具でも見つけた子供のように声の調子をあげた。

 その反応を見るだけで、遺書を土産に仲間にしてもらってアジトに連れて行ってもらう。

 そんな簡単な交渉になる訳がないことをクロウは重々理解していた。

 だが、フレイを止めることはできなかった。


 何せそのフレイから小声で分かっています、と言われてとある考えに至ったからだ。


 どちらにせよ力づくで奪われると分かっている上で、敢えて遺書を出している。

 なら、その狙いは何なのか。クロウにも見当がついていた。


 強面の男オーガスを見つけた時と同じことをして、アジトを暴くのだと。


「あはは、無理無理、同じ学派にいない人間を学派の研究所に連れ込むなんてできないよ。そんなことも知らないなんて、お前ただの素人だな?」

「では、その学派に入れてください」

「無理。でも、その遺書は僕もほしい。とはいえ、今ここで戦って奪うのも代行屋がいるから難しい訳でさ。さて、どうしたもんかな?」


 ミハイルの言う通り、ミハイルはフレイの持つ遺書に気を配りつつも、一瞬たりともクロウに対する警戒を緩めていない。

 とはいえ、クロウはそんな情況でもミハイルを倒すこと自体はできる。

 今倒さない理由はこのままミハイルを倒してしまうと、ミハイルの仲間やアジトを突き止める手がかりは完全に失われてしまうからだ。

 だからこそ、フレイの作戦に乗るしかなかった。


 とはいえ、その作戦に危険はつきものなのだが。 


「だから、聖者の石の試作品を使いたいと思いまーす!」

「っ!? 試作品だと!?」


 クロウが驚くと同時に、ミハイルが揺らめく炎の形をした黄色い石を天にかざした。

 その瞬間、埋められた棺が地面に飛び出し、棺の中から肉体を得た死体たちが起き上がる。


「おー! 試作品でもしっかり効果あるじゃん。いけー不死身の軍団。代行屋たちをやっつけろ」


 不死身の軍団と仰々しい名前が付けられた死人は、動きがぎこちないながらも明確な敵意をもってクロウとフレイに近づいてくる。

 武器の一つも持っていないので、大した脅威ではないが、一人だけ脅威となり得る者がいた。


「おぉ、死にかけの人間にも効果があるんだね。おかげで死にぞこないになってるけど、家族とこれで一緒になれてオーガスさんも願いが叶ったって訳だ」


 うめき声をあげながらオーガスが立ち上がり、剣を構える。

 まだ生きているうちに死人化されたせいか、うわ言のように家族の名前を繰り返していて本人の意識が残っているようだった。


「それじゃ、代行屋とお嬢さん、死体になったらまた会おうね」


 ミハイルはそういうと宙に浮かび上がり、風のように東の空へと飛んで行き姿を消した。

 この距離で追いかけるのは難しいし、死人を放置しておく訳にもいかない。街に移動されたら大騒ぎになる。


「ごめんなさい。こんなことになるなんて私思ってなくて」

「いや、相手の聖者の石の効果が分かるのは大きい。相手の懐に潜り込んで得る情報と同じくらいの大きな価値がある」

「お気遣いありがとうございます。って、そうも言ってられる状況じゃないですよね。私も戦います」


 死人はざっと50体。

 一体一体は弱くても数がとても多いが動きは鈍い。

 戦いの素人であるフレイでも落ち着いて戦える相手と見える。

 フレイは魔石がはめこまれた杖を取り出すと、死人に杖の先を向けた。


「炎よ当たって!」


 フレイが叫ぶと杖の先から火球が放たれ、死人に向けて飛んで行く。

 飛んで行った火球は死人にぶつかると爆発し、周囲に炎をまき散らした。

 火球は完全に直撃し、死人を数体を吹き飛ばして倒したはずだった。


「クロウさん、さっきの私の攻撃って当たりましたよね!?」

「あぁ、不死身の軍団って言ってたが、あながち嘘じゃない。吹き飛んだ身体が勝手にくっついて再生している。間違いなく聖者の石による魔法だな」


 そして、試しにクロウも敵を一体剣で攻撃して切断したが、切断された身体がひとりでにくっつき再生されてしまった。

 続いて叩き潰す、突き刺すと言った攻撃をしても全く効いた様子がなかった。

 試作品とはいえ、ここまでの奇跡は聖者の石による現象で間違いない。


 どんな物理攻撃でも、どんな魔法攻撃でも受けたダメージを再生する奇跡。

 まさに不死。そして、死者をよみがえらせたようにも見える。


 亡くなった家族との再会を渇望したオーガスを、たぶらかしたのも頷ける奇跡だ。


「ギルドも教会も騎士団もこいつらの相手はできないな」

「だったら、アレーシャさんはどうですか? 同じ聖者の石の力なら何とかできるのでは?」

「いいや、今回ばかりはアレーシャでも足止めが精々だ。根本的な解決はできない」


 フレイの提案にクロウは首を横に振る。

 無限の再生、不死に対して、アレーシャの相性がすこぶる悪い。

 アレーシャの奇跡は武器にかかわる古今東西全ての戦闘技術の会得と武器召喚だ。戦闘すれば不死の軍団が1万いようが圧倒はできる。けれど、いくら傷をつけても再生されるとなると、大量の武器で押しつぶして動きを止めることが限界で、再生自体を止めることはできない。


「やむを得ないか」


 どちらにせよオーガスの命がまだか細くとも残っているのなら、クロウも聖者の石を使う理由ができてしまう。

 幸い目撃者は依頼主だけ。


「フレイ、今から見るもので契約を解除したくなったら言ってくれ」

「え? クロウさん?」


 フレイに忠告だけはして、クロウは一瞬目を閉じた。

 己の心臓に宿る災厄。その力の封印を解き放つため、結晶に閉ざされた禁忌の力に手を触れる。


「生命転化」


 エコーがかかったような重い声があたりに響いた瞬間、死人の四肢と胸から突然無数の青白い魔石が発生し、魔石がまるで肉を吸い取っているかのように不死の軍団が白骨化して動きが止まる。

 そして、唯一の生者であるオーガスは肉体全体が青白い結晶の塊となり、人間の姿が失われていた。


 命そのものが魔力の結晶に変化したのだ。


 そんな恐ろしくも美しい結晶に満ち溢れた光景に隣にいるフレイが息をのむ。


「クロウさんこの魔法は……いえ、これはもう魔法じゃありません。聖者の石の奇跡です!? 一体どういうことなんですか!?」

「後で説明するから、先にこいつを助ける」


 クロウはそういうと、結晶となったオーガスのもとに近づいた。


「オーガスの命の結晶へ命じる。あるべき生者の形へと戻れ」


 クロウが命じながら彼の結晶に触れると、クロウの手から光がオーガスの結晶に流れ込んだ。

 すると、結晶が氷が急速に溶けるように形を失い、結晶の中からオーガスが姿を現した。


「え、オーガスさんの胸の傷が治ってる? あんな大きな石で貫かれたのに血の跡すらないなんて。クロウさんあなたの力はやっぱり……聖者の石なんですね?」


 まるで生まれ直ったのかと錯覚するくらい、オーガスの身体には傷の一つもなかった。


「おっさんの心臓はつぶれていたが、脳や他の肉体の細胞自体が完全に死んでいなかったらな。ギリギリ魂が残っていて、俺の魔力を注ぎ込むことで助けられた。さてと、俺のことはどこから説明したもんか」


 クロウは気を失って倒れたオーガスを抱えあげ、考え込むように空を見上げた。

 ギリギリでオーガスを助けることで、情報源も確保できた。

 敵であるミハイルの聖者の石の能力もどんなものか知ることができた。


 不死の達成、死者蘇生、そういった奇跡に近い力を生み出す能力があるのだろう。


 そして、ミハイルは学派があると言ったので、複数人の敵が想定できる。

 全くの手がかりゼロから、敵の輪郭が見えてきた。


 結果としては上々の成果ではあったのだが、フレイに対してどう接すればいいか。それが今の最大の問題だった。

 とはいえ、本当のことを伝えてもフレイの対応が変わらないと思えたので、数秒悩んだ結果本当のことを伝えることにした。


「別に騙そうとしていた訳じゃない。ただ、聖者の石のことを簡単には言えなかっただけだ」

「いえ、気にしないでください。多分、私、さっきまで本当の聖者の石の怖さを知らなかったんだと思います。でも、これで分かりました。クロウさんもアレーシャさんもこんな重くて、怖くて、辛いものを背負ってるのに負けずに生きてきたんですね。それに比べれば私の覚悟は甘かったです」


 フレイの言葉にクロウは心底驚いた。

 恐れるわけでもなく、憧れるわけでもなく、背負っているものを知った上で己の覚悟の至らなさを悔やまれることなんて、想定できなかったのだ。

 しかも昔、クロウとアレーシャが初めて出会った時に交わした言葉を思い出して、あらためてクロウはなぜアレーシャがフレイを気に入っていたのか理解した。


「クロウさん、私、真剣に錬金術を学びます。絶対にこんな力を乱用させないために」

「パラケルさんは良い錬金術師だった以上に、良い爺さんだったんだな」

「え?」


 何故ここでパラケルが褒められているのか分からない。そういった顔をしたフレイにクロウは微笑みながらフレイの頭を撫でた。


「爺さんにさっきの台詞を言ったら、きっと泣いて喜んだって話だ」

「う、うれしいんですけど子供扱いはやめてください」


 照れて頭を振るフレイを見て、クロウは小さく笑って手を離した。

 この子になら、自分の秘密を打ち明けても間違いはないだろうと確信したからだ。

 そして、自分の心臓がある胸を指さす。


「俺の聖者の石は心臓にある。材料になったのは一万回ほど死んだ俺の命と、数え切れないほどの自然由来の魔石と魔物や動植物の命だ」


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