フレイの秘密
「それじゃあ、私は一体……」
今にも泣きだしそうな声で崩れ落ちるフレイに、クロウとアレーシャが手を貸して彼女の体を支える。
力が抜けきった細い体は今にも折れてしまいそうで、彼女の受けた衝撃がありありと伝わってくるようだった。
「フレイ様、あなたがパラケル殿から受けた愛情は本物だったのでしょう」
「……オーガスさん?」
「先ほど自分も言いましたが、親というのは子を愛するからこそ嘘をついたり、真実を隠すものです。隠されていた真実は確かに驚きでしたが、あなたの思い出にあるパラケル殿の愛情は本物でしたか?」
オーガスはそう言いながら、フレイが作ったピアスにそっと指を触れさせた。
思い出を蘇らせる魔法の石。
蘇った思い出は本物で、愛に満ちていたからこそオーガスは救われた。
ならば、フレイの心に残ったパラケルとの思い出はどうでしたか?
そんな言葉を伝えているようだった。
「オーガスさんの言う通りですね。おじいちゃんはちゃんと私個人に愛情を注いでくれました」
そう言ったフレイの身体に力が戻り、クロウとアレーシャの助けがなくとも立ち上がる。
「なんとなく、小さいころから両親が亡くなって、おじいちゃんが時折見せる申し訳なさそうな顔の意味が分かりました。もし、自分が本当の孫じゃなかったとしても、あの時にさみしい顔を見て絶対におじいちゃんの味方でいようと思った気持ちは、今でも揺るぎません」
「全く、あなたはやはり聖女のようなお方だ」
「だから、聖女じゃないですってば。ただの出自不明の女の子です」
オーガスのもはや冗談みたいな敬い方も、今回ばかりはフレイを笑わせた。
ショックから立ち直ったフレイの様子にクロウは一安心し、ほっと一息つく。
「それにしても、まさかオーガスのおっさんの言う通り、遺言書にこんなことが隠されているなんてな。さすがに驚いた。まぁ、一番驚いたのはフレイだろうが、乗り越えられて良かった」
「さすがにまだ半信半疑というか、夢見心地というか、現実感ないんですけどね」
「まぁ、自分のアイデンティティの基盤がひっくり返されたんだから、そんなすぐ受け入れられるものでもないだろ。それに望むならお前の出自も調べられる。代金は既にもらってるしただ働きしてやるよ」
クロウはそう言って自分の胸を指さす。
聖者の石を使って、フレイの命がどこから来たのか探る。
オーガスがいる手前、それが出来ると暗に伝えた。
そのことにフレイも気付いたらしい。
「お願いします」
「それでしたら自分は少し席を外しましょうか」
「オーガスさん?」
フレイの頷きに合わせて、オーガスが部屋の外を指さす。
その動きにさすがのクロウも驚いた。
まさか聖者の石を持っていることが伝わったのかと。
「アレーシャ様の力を使うのでしょう? あの力が何かはハッキリと分かりませんが、十中八九、聖者の石によるもの。部外者である自分に簡単に見せる訳にはいきますまい。特に一度聖者の石の力に惑わされ、身を落とした男である自分に用心するのは当然のこと」
「ふふ、さすがは元教会騎士だね。一目見て私の力が聖者の石由来って分かってしまうか。なーんてね。もちろん、気付く前提でやったよ。どうせあなたは当分私たち商会の監視下だし、下手なことできないからね」
「さすが抜け目のない。ですが、それでこそです」
オーガスの勘違いにアレーシャがのっかる。
オーガスは深々と一礼すると、一旦部屋の外に出た。
そんなオーガスの姿と言動にクロウはホッとする。
「アレーシャ、助かった」
「オーガスなら事情を明かしても良い気がするけど」
「まぁ、ただでさえミハイルに狙われてるんだ。俺の聖者の石のことまで知って、他の錬金術師に狙われたら助けにいける保障がない」
「相変わらずクロウは優しいね」
「面倒ごとを増やしたくないだけさ。さてと、それじゃ、フレイ心の準備はいいか?」
クロウがアレーシャの提案を断った理由に嘘はない。
オーガスの覚悟やフレイを守る気持ちに敬意はある。
その敬意に応じて秘密を明かしても良いとは思うが、クロウの秘密を暴こうとする錬金術師に狙われたら今度は本当に死にかねない。
そうなったら悲しむことになるのはクロウ自身だと、よくわかっていた。
「はい。お願いします。私が何者であっても、私は自分の気持ちを見失いません」
「大した覚悟だ。それじゃあ、始めるぜ。生命転化」
クロウの胸が青く光る。
その光にフレイが照らされると、彼女の腕が魔石の結晶に変化しはじめた。
命が魔力に変換され、生殺与奪の権をクロウに握られた状態となったフレイだったが、怯えている様子はない。
むしろ興味深そうな様子で、青い結晶となった自分の腕を覗き込んでいる。
「何かこれが自分の命って言われると不思議な気分です」
「怖くないんだな」
「クロウさんになら命を預けても良いと思っているので、全然怖くないですよ」
あっけからんと答えるフレイにクロウは苦笑いする。
フレイの覚悟の速さと強さは、きっと彼女がずっと抱いてきた彼女の出生に関する違和感や、両親が亡くなったこと、祖父パラケルの隠し事といった自身の存在の危うさによるものだったのだろう。
いつ自分の身に何が起きてもおかしくない。いつか自分の存在を祖父が迷惑と思うようになるかもしれない。
そんな自分の命を賭けて祖父に報いることが出来れば、その成功は彼女自身にとっての存在証明となる。
だから、そのためなら簡単に自分を差し出すことができる。
そうフレイは心のどこかで考えていたのだろう、とクロウは感じていた。
その気持ちと同じものを、クロウはずっと抱えているのだから。
いつか世界を滅ぼしかねない力を背負い、世界の敵となるかもしれない存在だけれど、そんな自分の存在と命の全てを賭けて、本当に困っている人を救うことができるのなら、自分の存在に価値があったと思えるはずだから。
そんな自分の心の奥底に隠した思いをフレイに引き出されて、大人としてなんとなく負けたような気分にさせられたせいで、笑ってしまったのだ。
「ったく、本当に大したお嬢さんだよ。これからどんな真実が分かろうとも、フレイはフレイだ。それは俺も保証してやる」
「ふふ、クロウさんのお墨付きを貰ったのなら、期待に応えないといけませんね」
「それじゃ、やるぞ。フレイの命よ。お前を生み出した者の姿形を肉体から映し出せ」
フレイの肉体に宿る両親の記録。
それぞれ両親から半々がフレイに移っているため、完全な復元は難しいけれど、ある程度再生することはできる。
そんなクロウの目論見通り、フレイの腕の結晶から光の粒が零れ落ち、人の形となって現れる。
その人相を見て、クロウとアレーシャはあまりのあり得なさに息をのんだ。
「……おいおい、マジかよ」
「……どうなってるのこれ?」
映し出されている人物は間違いなくフレイの両親。写真の人物と限りなく一致している。
「お母さんと、お父さんの姿……ですよね? ということは、私はちゃんと二人の子供で、おじいちゃんと血がつながっている?」
「クロウの奇跡に間違いはないから、そういうことになるっちゃなるんだけど。ねぇ、私がおかしいのかな? 普通子供って妊娠しないと生まれないよね? 妊娠しているって分からないくらい身体が超スリムだったとかさ……」
フレイの言う通り、フレイはちゃんとパラケルと血がつながったフレイの両親の子供だった。
しかし、アレーシャが武器を介してみた母親は一度も妊娠している様子がなかった。
アレーシャの言う通りなら、フレイという存在が自然に生まれるはずがない。
新たに生まれた謎に、クロウは動揺する心を深呼吸で落ち着かせ、謎に迫るための質問を考える。
「フレイの命よ。お前が生まれた原初の姿から今に至るまでの成長を示せ」
クロウがそう言うと、両親の姿は消え、代わりに生まれたての赤ん坊が現れた。
そして、その赤ん坊が成長し、小さなフレイとなり、今のフレイと瓜二つになるまで成長する。
そんな一見当たり前の成長に、クロウは驚きのあまり口を手で押さえた。
「クロウ? どうしたの? これただのフレイちゃんの成長記録にしか見えないんだけど」
「……オーガスを呼ぼう」
「え? でも、秘密がばれないようにわざわざ私の力を使ったことにしたんだよね?」
「俺の推測が当たっているのかどうか、答え合わせするにはオーガスに、同じことをするしかなくなった」
「え? 私に同じ奇跡を使っても分からないの?」
「あぁ、俺とアレーシャだけじゃ分からない。俺たちは聖者の石のために作られた人間だ。あまりにも多くの他人の命が混ざってるから、この奇跡だと無数の人間や魔物が現れて、正確な俺たち個人の成長が見えない」
「あー、なるほど。私もそこそこ霊基が重い人間だけど、クロウはあり得ないくらい霊基が重いもんね」
クロウの説明にアレーシャは納得したように頷いたが、それでも本当に重要なところはそこではない。
「オーガスに話をしても良いの? フレイちゃんと違って今回の依頼人でもなければ、私たちと同じ聖者の石絡みの人間じゃないよ?」
「あぁ、それでもだ。フレイの見せた覚悟に応えるためにも、この真実を明かすために必要なら、オーガスに俺のことを伝える必要がある」
「覚悟はできてるって顔だね。分かった。オーガスを呼ぼうか」
アレーシャはクロウの顔を見て、少し嬉しそうに笑って部屋の外へ出ていく。
そして、すぐにオーガスを連れて戻ってきた。
結晶化しているフレイにオーガスは目が飛び出るくらいに驚いたようで、恐ろしく動揺していたが、クロウはすぐに自分の秘密を明かした。
「おっさん急ぎだから簡単に説明する。俺の心臓は命を魔力の石に変換できる聖者の石で出来ている。この力で死にかけていたおっさんを助けたし、あの不死の軍団を無力化した。その力で今フレイの命をもとに、フレイがどうやって生まれたかを調べている」
「な、なるほど。聖者の石の力であるということなら、そういうことなのでしょうが。いや、簡単に飲み込めない話ではありますが、とりあえず飲み込みます」
「とりあえず飲み込んでくれて助かる。フレイの生まれの謎を解き明かすために、おっさんにも今からフレイと同じ奇跡をかけるから――」
「フレイ様のためならこの命喜んで差し出しましょう。自分の命、何なりとお使いください」
「話が早くて助かる。生命転化」
クロウがオーガスの腕も結晶化させる。
そして、フレイにしたようにオーガスの命の始まりから今までの成長記録を再生させた。
はじめは目にも見えないほどの小さな光の粒が、次第に大きくなり、丸まった爬虫類のようなぼんやりとした人の姿から、次第に人の姿へと変化し、赤ん坊となって、子供から大人に成長していく。
同時にフレイの成長記録も隣で再生する。
その様子にフレイはピンと来ていなかったようだが、アレーシャとオーガスは驚いたようにクロウに顔を向けた。
「そういうことね!? でも、それだったらフレイちゃんはどうやって生まれたの?」
「クロウ様、これは神の奇跡ですか!? これが事実ならフレイ様は本当に聖女ですよ!?」
事情を理解した二人の迫力にフレイが少し戸惑っている。
クロウも本音を言えば二人と同じように驚いて、戸惑ってはいるのだが、今はそれよりもこのフレイの謎を解かなければならない使命感の方が強い。
「クロウさん、アレーシャさんとオーガスさんは何でこんなにも驚いているんですか?」
「フレイ、人間が生まれる時はオーガスと同じように、母親の胎内の中では人間の姿から少し離れた、小さな不格好とも言える存在から始まる。そこから次第に人の形へと変化していくんだが、お前は最初から母親から生まれた状態で命が始まっている」
「え……? あれ? ということは私はどうやって生まれたんですか? お母さんの血を継いでるのに、お母さんから生まれていない?」
「矛盾するが、フレイの言葉通りのことが起きて、フレイが生まれた」
そうとしか考えらないことが起きた。
クロウの奇跡で得た情報も、アレーシャの奇跡で得た情報も、命や武器に記録された事実で、人の意思が介在していないから間違えようがない。
そして、オーガスの言った通り、母親から生まれていないのに血を引き継いで生まれたフレイの存在を矛盾なく証明するには、何らかの奇跡が必要となる。
「聖者の石の奇跡によってフレイは作られた。ある種のホムンクルスだ」