代行屋クロウ
誰にもできない依頼、代行します。
冒険者ギルドの依頼掲示板に残り続ける高ランク魔物討伐依頼、騎士団に指名手配された凶悪犯の捕縛のような表の仕事から、最新武器の密輸や錬金術師組合に対する破壊活動といった裏の仕事まで、報酬と筋が通っていれば何でも代行する。
代行屋クロウ、それが冒険者になれない最強の男の名前だった。
実年齢の27歳より少し若く見える黒髪の優男風、とても魔物と戦ってきた戦士には見えない。
小さな食堂で給仕でもしていそうな雰囲気で、とても最強とは無縁な見た目だ。
そんな彼の代行屋事務所は、古いレンガで作られた旧市街にある小さなアパートの一室を利用しており、一般家庭で使われている机と椅子が置かれているだけ。
とても高額な成功報酬を手にしているとは思えない質素さで、実績があるとは思えない。
だが、その代行達成率は驚異の100%。どうしようもなくなった時の最後の希望として、また世間に公表できない理由がある時の手段として、表と裏の世界からありとあらゆる依頼が舞い込んでくる。
そんなクロウのもとに、とある鉱山街の町長が代行依頼者としてやってきた。
「お願いしますクロウ様、どうか我が町の魔石鉱山に住み着いたドラゴンを倒してください。報酬金として400万クレを用意してあります」
提示された報酬額は鉱夫の年収相当の大金。しかも、同じ依頼が冒険者ギルドでは100万クレで掲示されているので、なんと4倍もの報酬の上乗せがされている。
その金額が町がどれだけ追い詰められているかを雄弁に物語っているようにも見えた。
「他を当たってくれ」
だが、クロウはノータイムで断った。
「なぜですか!? 冒険者ギルドの4倍の報酬額ですよ!?」
町長は驚きのあまり椅子から立ち上がり叫んだ。
それに対してクロウは落ち着き払った様子で微笑む。
「今や魔石はコンロ、冷蔵庫の家庭用の一般魔法から、騎士団用の軍事魔法まで使われてるんだぜ? 関連事業で50億クレは年間動く。もうかれこれ半年は鉱山が止まっているから1億クレは損害が出ているはずだ。その被害に比べて400万クレは少なすぎるだろ?」
「なっ!?」
町長が信じられないものを見たかのように驚きの表情のまま一歩引きさがる。
だが、クロウはそんな町長を見て尚も微笑みつづけた。
極悪な成功報酬を提示しながら。
「しかも、魔石の採掘で長年利益をため込んでいるだろから、成功報酬は5億クレ。鉱山の利益1年分」
「5億!? そんな法外な報酬払えるわけないだろうっ! うちの蓄えがなくなるじゃないか!?」
「だったら今まで通り、ギルドか騎士団にでも頼んでくれ。そこの扉を出て20分で冒険者ギルドにつく」
クロウは顔を真っ赤にする町長に対して、出口の扉を指さした。
交渉余地はない。この凶悪な条件を飲むか飲まないか。回答はどちらか一つしかない。
クロウによる一切の妥協を許さない強烈なメッセージが町長にも伝わったのだろうか。
意外なことに町長は落ち着きを取り戻し、なんと交渉をしかけてくる。伊達に人の上に立っている訳ではないらしく、普通の交渉ならうまい提案を出してきた。
「分かりました。クロウさんのおっしゃる通り魔物が排除できなければ1クレも生み出さない山です。ですが、売上に対してはさすがに厳し過ぎます。クロウさんのいう通り被害額相当の1億クレでどうでしょうか? これでもかなり破格の報酬のはずですが」
「お断りだ。その金額をギルドか騎士団に提示してくれば受ける人も増えて、早めに解決できるんじゃないか?」
「む、むぅ……、代行屋に依頼をするなら、破産の覚悟をするように言われた理由が分かりました。私が言うのも何ですが、なぜそこまで報酬額にこだわりを持たれるのですか? 何か事業に失敗してお金に困っているとか?」
代行屋に依頼する時は破産する覚悟をしておけ。
そういった噂が流れるほど、クロウが要求する報酬額は法外に高い。
そして、実際のその噂を目の当たりにした時に皆が同じ質問をしていた。
なぜそこまで金がいるのか?
それに対してクロウはいつものように決まってこう返す。
「金はもう十分にあるから、したい仕事だけして余計な仕事はしたくない」
そんなクロウの言葉に頭を抱えなかった依頼主はいなかったと言う。