8話 お昼休みの雑談
「レティ、休憩行っといで」
「はーい」
ちょうど一体捌き終えたレティリアは、女性の先輩の声に顔を上げた。
手袋を脱ぎ、ふん! とバケツに投げるレティリアはまだ怒り狂っている。
昨日魔物討伐隊から持ち込まれたワイバーンを、やはりレティリアは捌けなかった。
一応こっそりと解体場に来たのだが、見つかりあっさりと帰されたのだ。
ニヤニヤと笑いながら、帰れ帰れ! と追い出されたレティリアはドンドンと足音を立てて帰って行ったのを同僚達は笑って見ていた。
結局今日捌いたのはC1体、B2体で怒りに任せていつもよりも2倍速だった。
それでも丁寧で皮を破いたりなども無く美しい仕上がりに、仕上がり班の人達は今日も処理無し! と次に渡している。
「あーあ!! もう!! 」
作業着を脱いで、休憩用に用意されているクリーム色のワンピースを着る。
いちいち私服に着替えなくてもいいように、任意でワンピースが置いてある。
ほとんどの女性は血が着くのを嫌がり、外出時は支給品のワンピースを着るのだ。
ロッカー室や、解体員用食事処で食べる場合は、作業着の中に着ているタンクトップかTシャツに短パンでウロウロしているのだが。
今日は気晴らしに外で食べようとポニーテールを解いて緩く三つ編みに結んでからギルドの敷地内にある中庭に向かったレティリア。
綺麗な花壇の近くにあるベンチに座り、買ってきた山のようなサンドイッチとお茶を出すと、影がかかった。
「………………ん? 」
顔を上げるとピンクグレージュのロングヘアーが靡いていて、可愛らしい顔でレティリアを見ている本作のヒロイン様。
危なくサンドイッチを落とす所だった。
「………………え 」
「あの、隣いいですか? 」
「………………何故ヒロインが自らエンカウントしてきた」
「え? 」
ヒロイン? と首を傾げているマリーウェザーを無表情で見てから、少し場所をずれて隣を軽く叩いた。
花が咲いたように笑ったマリーウェザーはぺこりと頭を下げてちょこんと座る。
風に靡いて結んでいない髪が揺れている。
手作り弁当を出しながら、顔にかかる髪を何度も指先でよけているのを見て、レティリアは手首にある飾り気のないヘアゴムを渡した。
「結んだら? 」
「わ! ありがとうございます!! 」
お弁当をベンチに置いて、腰まである髪を結ぼうとするが、どんどんぐしゃぐしゃになり眉をひそめている。
「………………え、不器用」
「苦手なんです……」
「仕方ないね」
そう言って、サンドイッチを口にくわえて手を拭いた後、マリーウェザーのくしゃくしゃになった髪を手櫛でとかし編み込みをしていった。
綺麗にまとめてゴムで結ぶと、マリーウェザーの目が一段明るくなってキラキラと輝く。
「凄い!! ありがとうございます!! 」
「いいよ」
人見知りのレティリアはボソリと返事を返してサンドイッチを食べる。まだまだ山のようにあるサンドイッチをまるで吸い込むように食べているのだが、マリーウェザーは気付いていないようだ。
マリーウェザーは、鏡を出して髪を見てから嬉しそうにお弁当を食べだした。
「あの、私この間ギルド員になりましたマリーウェザーといいます。よろしくお願いします! 」
「この間見たよ。私は…………レティリア、よろしく」
「お願いします!! 」
ニッコリ笑って言うマリーウェザー。
レティリアの周りは意地悪だが面倒見の良い先輩や同僚に、たまに話をする幼なじみくらいだ。
こんな満面の笑みで好意全開にレティリアを見る人はいない。
居心地悪そうに座りを直すレティリアをマリーウェザーはチラチラと見てくる。
「………………なに?」
「あの!! 魔物好きなんですか?! 」
お茶を口に含んだ瞬間だったので、驚き吹き出しそうになった。
コクン! と喉を鳴らしてお茶を飲み、むせながらマリーウェザーを見る。
「………………はい? 」
「いや、女性が解体をするのって珍しい気がしたので……しかも、レティリアさん細いから」
「レティでいいよ。細いは関係ないけど……まあ、魔物好きだよ。解体も」
「解体も?! 」
「解体好きじゃなかったらここに就職してないよ」
「そ……そっか、そうだよね」
ドキドキと高鳴っているのだろう、胸を抑えてレティリアを見るマリーウェザー。
可愛さや好奇心、素直な反応。親友が好きそうな《ヒロイン像》だ。
急に来た理由がよくわからないレティリアは食後にすぐ戻ろうかなと思っていると、ゆっくりと食べ進めるマリーウェザーが話し出した。
「あの、前から聞いてみたい事があって……」
「魔物? 」
「え?! いや! 違います!! 」
「…………違うんだ」
「あの、周りにあまりレティリアさんの話をしないようにと言われたんですが……」
「あー……その事か。そんなすごい理由は無いんだけどね、ただ魔物が好きで色々調べたら詳しくなっただけだよ。色々知ってるから捌く時に気を付けないといけない場所とか、ここまで必要だから此処は切ったらダメだとかがわかるだけ…………あとは、魔物の部位で何が出来るか、何と掛け合わせたら何が出来るのかを予想出来るくらい」
だから、それ程すごい訳じゃないよ。
そうあっさりと言うレティリアに、マリーウェザーは目を煌めかせた。
手を合わせてレティリアを見て、一段高くなった声で話し出す。
「凄いです!! 沢山お勉強したんですね! 」
「お勉強……」
「はい!! だって、沢山いる魔物のお勉強をして、さらに解体もしちゃうんですよ!! もう、魔物博士ですね!! 」
「魔物……博士……」
ポカンと思わず口を開けてしまいマリーウェザーを見ると、ニコッと笑い返された。
そして、ご飯を食べながらも、何度も凄いを連発する。
「…………別にそんなんでもないよ。先輩の方がずっと凄い」
うっすらと赤くなった頬を隠すように、早口で言ってゴミを片付ける。
ニコニコ笑顔で見られて、なんだかむず痒くなるな……と呟くと、マリーウェザーが前屈みで話を聞きたそうにしている。
「貴方が……」
「マリーです」
「…………マリーが受付の勉強をするのと一緒で、特別な事をしてる訳じゃないよ。ただ好きな事を知りたいから本を読んで、好きな魔物を綺麗に捌きたいから練習してるだけ。マリーと一緒」
「………………その努力が1番凄いと思いますよ。継続は力なりっていいますけど、その継続が大変ですから」
恥ずかしげもなく言い切ったマリーウェザーをさすがヒロイン……と呟いたのは聞かれていなかったようだ。
尊敬してます! の眼差しに困惑していると、あれよあれよと休日の約束をされていて、一緒に出掛けることになった。
あれぇ……? と首を傾げている間にマリーウェザーは仕事が始まりますので! と笑顔で手を振り戻っていき、それをただ見送るだけのレティリアは「…………なんで?」 と困惑するのだった。