6話 トラブル発生
それは偶然だった。
解体が終わり、引き取り手の指示通りに仕分けして袋詰めをしている職員を横目に着替える為に手袋を外していた時だった。
まだ入って半年程の伝達専門のギルド員が困り顔で解体場へとやって来た。
皆手が塞がって居たからか、レティリアを見たその人が近付いてくる。
「あの、すいません」
「なに? 」
「これ、どうすればいいか……」
袋に入っているのは解体後の魔物の1部。
それは指定された場合にのみ販売に回し、それ以外は破棄するもの。
魔物の臓物だった。
極たまに、状態異常を起こす臓物を食用として欲しがる魔物愛好家がいる。
確かに魔物の肉は美味しい。それは臓物もだ。
だが、食中毒に似た反応や、アナフィラキシーのようなショック症状になる人が居るため、基本的には破棄となる。
「………………えーっと、それをなんで私に聞くのかな 」
勿論解体専門のレティリアに聞かれてもわかるわけがない。
首を傾げていると、言いづらそうに目をキョロキョロしながらモゴモゴと話し出す。
「その……同僚が聞き忘れたらしくて……」
「同僚……? まず受付の方に確認しないと。解体の方で聞かれてもわからないよ、これ私が対応したのじゃないし…… 」
指さしたのは書類に書かれた解体担当の名前。
レティリアの先輩の名前が書かれていて、早番で既に帰宅後である。
そして、担当が聞き忘れたという事に更に首を傾げる。
ギルドでの仕事は部署ごとにわけられている。
沢山の仕事を1人で持ちすぎない様に受付、伝達、解体、運搬、販売、他にも部署があり、それぞれが確立している。
その仕事も部署間の情報共有はしっかりとなされていて、分かりやすく仕事が出来るように1つの仕事を終わらせるまで決められた担当が行う。
レティリアが担当するのは解体だが、解体依頼受付、そこで情報と前金を預かり伝達係と運搬係によって解体場へ。
その情報を元に解体して、仕上げ職員により細かな肉片を外すなど様々な仕上げをされる。
運搬に今度は受け取りかギルドからの販売かに仕分けして移動。
販売員に情報と共に手渡され、販売員から依頼主に渡され支払いする。
魔物解体依頼1つでも、冒険者には見えないギルドの流れの中で沢山の人の手に渡るのだ。
その情報1つの間違いで問題が起きてしまう。
必ず書類を二重確認、受付では移しも取っての対応になる為、そうそう抜けはない。
書類には魔法が掛かっていて、間違った時に色が変わるから視覚でもわかりやすいのだ。
今持っている書類の臓物欄の色が変わっているのだが、書類は空欄で、普通だったら破棄である。
でも、何故か色が変わっているのだ。
「………………なんででしょうか」
「受付ではなんて言ってたの? 」
「それが……伝達担当は俺じゃないんです」
「……………………意味わからないんだけど? 」
伝達担当は、最初から最後まで同じ人が行う。
特に大事な情報は口頭でも注意され、忘れず伝えるように書類にもチェックがはいるのだ。
なのに、この書類は別の人の担当と言うではないか。
臓物うんぬん以外の問題である。
「担当はどうしたの? 」
「それが……別の受付をしてこれを押し付けられました」
「はぁ……? 」
書類の色は薄いピンク。
解体自体はDで、伝達等も新人から仕事開始して3年以下のギルド員担当の書類である。
高ランク解体の書類は新人などには対応出来ず、こちらも簡単な書類から下積みだ。
「………………解体受付に確認、担当者呼び出して対応してもらった方がいいよ」
書類を返すと、泣きそうな顔でレティリアを見るから、思わずため息を漏らした。
「待ってて、一緒に行くから」
レティリアは解体中の先輩の元へ向かって行き、説明して離れる許可を貰いに行った。
「……あんまり表に行きたくないんだけどなぁ」
新しい作業着を着替えたレティリアは、新人の伝達係と共にギルドの受付まで行った。
ギルドの受付は、勿論冒険者が溢れていて騒がしい。
そこに現れた作業着姿の女にチラリと視線を向けるが、大体の冒険者達は依頼書に視線を戻したりと気にしていないようだ。
裏方に徹している解体専門の職員だと分かった人達だけが、物珍しくレティリアを見ているだけだった。
「何番のカウンター? 」
「えっと……4番です」
「…………ガウリィ? 」
「はい」
書類を確認して頷く伝達係にレティリアは息を吐き出す。
知っている人で良かったと安堵したのだ。
手伝うとは言っても、知らない受付はレティリアだって嫌だ。
なんで私が……と思いながら歩いていくと、そこにはピンクグレージュの髪のヒロインもいた。
担当替えしたんだろうか、受付業務はわからない……と首を傾げながらガウリィに声を掛ける。
「ガウリィ」
「ん? あれ、レティじゃん。なにここまで来て、珍し」
呼ばれて振り向いたのは、ギルド員にしてはムキッと筋肉がついた30代の爽やかイケメン。
紺色の髪を清潔に刈り上げているガウリィは、くるりと椅子を回してこちらを見た。
ヒロインは、レティリアを見て目を丸くしている。
「書類について。ちょっと問題起きてるよ」
「問題? 」
「とりあえず、これ教えて」
書類の臓物欄を見せると、ガウリィは顔を顰めた。
「……お前、改ざんした?……担当お前じゃないな。コイツどこいった」
パンっ!と書類を指先で叩いたガウリィの顔は険しい。
「この人に押し付けたらしいよ。で、贓物欄に色がついて焦ったみたいだね」
そう言った時、隣の受付カウンターから自分の名前が聞こえた。
「レティリアって奴がいるんだろ? そいつにやって貰ってくれよ」
「解体に指名は出来ませんので」
「出来が全然違うって聞いてる! 頼むよ! いい防具が欲しいんだ!! 」
「申し訳ございません」
書類に出ているのはCの魔物で、ほぼティティーリアは手を出さない種類だ。
腕を磨くために下の解体員が受け持つので、ティティーリアはだいたいはBか、来た時はAかSを受け持つ。
だから、彼の望みは叶わないだろう。
「なんだよ! 金払えばいいのか?! 馬鹿にしやがって!! クソ野郎め!! 」
バン! とカウンターを叩く粗野な冒険者。
気性の荒い人が多く、威嚇してレティリアを出せと言う人もいる。
そんな相手に受付嬢は顔色1つ変えずに笑みを浮かべるのだ。
そして、特記事項にかかれるR✕。
レティリアに解体作業はさせないで、だ。
レティリアの交友関係は狭く、ギルド内でも最初の見学挨拶で顔を合わせただけの職員は沢山いる。
決してレティリアに好意だけを向ける職員は少ないだろう。冒険者からレティリアに解体させろと無茶を言われる事は日常茶飯事だからだ。
それでも、そんな威圧的な対応をする相手に意地でもレティリアにやらせないと意気込む受付は実は多い。
そんなやり取りが隣から聞こえてレティリアは眉を寄せる。
ほとんど受付に来ないから、こんな喧嘩腰に言われているのを知らなかったのだ。
「……………………今度お菓子差し入れする」
「気にすんな」
パン、と腕を叩かれ、ヒロインは初めてこの解体員がレティリアだと知った。
思わず声が出そうになったヒロインの口をガウリィが手で覆う。
「声に出すな。レティリアは男だ。変な事言うなよ……わかったな、マリー」
周囲の認識は、知識が豊富で素晴らしい解体技術を持つレティリアは壮年の男性となっている。
女性的な名前だが、レティリアは男女どちらでも使われる名前だから、だれも小柄な女性だと思わなかったのだ。
この世界では、女性的な名前や男性的な名前で区切らず好きに付ける風習がある。
全ては親友の、『男が可愛い名前や愛称で呼ばれたら滾るよね』と、変な萌え方をしたからだ。
ヒロイン、マリーウェザーは何度もこくこくと頷き手を離して貰ってから息を吐き出した。
「とりあえず、これだな。贓物は依頼者に販売だ。破棄してないだろうな」
「はい、大丈夫です! 」
「良し、ならすぐに販売カウンターに持っていけ。終わったら戻ってくるように……ああ、ちょうどいるな」
2つ隣のカウンターに来た、この書類の本当の担当者。
ガウリィはすぐさま動き、その相手の腕を掴む。
「ガウリィ? どうしたの? 」
「違反行為だ。違う伝達係で頼む」
「…………わかったわ」
チラリと伝達係を見ると、青ざめて冷や汗が出ている。
受付嬢は頷き、渡した書類を回収して伝達係の名前を斜線で消した。
小さく震えている伝達係を見下ろしているガウリィの腕を指先でつつく。
「もう戻るよ。私ただの付き添いだから」
「ああ、悪かったなぁ」
くしゃり……と頭を撫でられたレティリアは乱れた髪を直しながらガウリィを見る。
「………………髪が崩れた、罰金10000メル」
「高ぇよ」
そう笑いながらも、紙幣をティティーリアのポケットに押し込むガウリィに小さく目を見開いた。
「ちゃんと飯食えよ」
「………………やったー、魔物図鑑買お」
「飯食え! 」
これでレティリアのお手伝いは終了、1度ロッカーに戻ってお駄賃にしては高い金額を財布にしまう。
そして、また解体場に戻っていった。
担当した伝達係によると、依頼主と知り合いで臓物料理を伝達係にも提供していたのだそうだ。
本人は好意からしているのだが、伝達係はたまったものではない。
何度か死にかけてもいるらしく、その書類を見て半ばパニックになった伝達係が書類を改ざんして無理やり押し付けたと、聞き取りによって判明した。
依頼主は、嫌がり泣く伝達係を嫌よ嫌よも好きのうち……と理解していたらしく、本気で嫌がっていると思いもしなかったらしい。
魔物料理愛好家の暴挙である。
今回の件はしっかりと謝罪をしたが、伝達係の心情もしっかりと伝えた所、小さくなって謝ってくれた。
これにより依頼主からのお咎めもなく、伝達係は厳重注意だけとなった。
流石に命の危機を連想する書類に半狂乱になった伝達係の不憫さにギルド長も苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだとか。