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5話 新人さんとバジリスク


 次にレティリアが出勤したのは、2日休みを挟んだ後だった。

 解体を仕事にするレティリアは裏口から入るから、冒険者ギルドの正面を開けることはほぼない。

 だが極たまに、年1回の補修清掃時に当たる場合は裏口が閉鎖されている為、正面から入る。

 今日が、その日だった。

 

 新人ギルド員はあまり見ないレティリアを思わず目で追ったり声をかけようとする人がいる。

 裏方作業員にしては、細く小さなレティリアは随分と違和感があったようだ。


「…………あ」


 指導役だろう、先輩受付嬢に教えて貰いながらカウンターで書類の確認をしているのは、昨日も見たピンクグレージュの髪を綺麗に結んだ本作のヒロインだ。

 依頼受付の時間にはまだ早く、勉強中らしい。


 ふーん……と眺めていると、顔を上げたヒロインと目が合う。


「あ……いらっしゃいませ!! ご依頼ですか?! 」


 ちょうど時間になった時、前にいたレティリアは声を掛けられた。

 細く弱々しいレティリアは見た目だけで冒険者とは思えない。

 だが、必死なヒロインは真っ赤な顔でレティリアをじっと見る。

 冒険者かそうでないか、その判別すら出来なくなっていて、レティリアは思わず服装を見た。

 今日は少し可愛らしい青のワンピース。

 無地で飾り気はないが、シルエットが可愛いのだ。

 あまり足の開かない膝上のスカートは、どう考えても冒険者向けではない。


「…………あの」


「はい!! 」


「私、冒険者じゃ……」


「すみません!! 魔物討伐隊です! バジリスク2体討伐しましたがどちらに運びますか?! 」


 バン! と扉が開き、早い呼吸音と走る足音がまだ少人数しかいない冒険者ギルド内に響く。

 レティリアのすぐ隣に走ってきた、多分10代だろう若き騎士がヒロインに向かって叫んだ。


「バジリスク?! 目はどうなっているの?! 」


 オロオロとしているヒロインの隣にいる先輩受付嬢はカウンターから乗り出して聞くと、息を切らせていた騎士はヒロインから受付嬢に視線を向ける。


「今黒龍の皮を使った布でおさえています! 」


「…………抑えてから何時間経過した? 」


 バジリスクの出現にギルド員や冒険者達までザワつく中で、湧き上がる歓喜を抑えられずニヤリと口端を持ち上げた。

 レティリアが服を数回引っ張りながら聞くと、困惑する騎士は受付嬢と交互に見ながら話してくれる。


「はっ……あ、間もなく2時間です!! 」


 それを聞いて、ワクワクが抑えきれないと笑み崩れるのを必死に抑えた不格好な笑みで騎士を見上げる。

 ありがとう、と一言言ってからレティリアは直ぐに走り出した。途中、振り向き受付嬢に声をかける。


「お姉さん、黒龍の皮ならあと30分が限度だよ。直ぐに裏に回して」

 

「わ……わかりました!! 」


 フワフワと揺れる髪を結びながら走り去るレティリアを見送った受付嬢は、はっ!と目を見開き、ギルド員に伝えて2体のバジリスクを裏に運ぶように声を荒らげた。

 知らせに来た騎士も、すぐさま引き返してバジリスク運搬に加勢する。


「あ……あの……バジリスクって」


「うん、聞いた事くらいはあるわよね? 石化の魔法が使える蛇型の魔物よ」


「そんなに、焦る様な魔物なんですね」


「バジリスクは特Sよ」


 教えてくれた先輩受付嬢に目を丸くしたヒロインは、口の中で特S……と呟いた。

 そして、レティリアが走り去った場所へと無意識に目を向ける。


「さっきの人は……」


「ああ、解体場の職員よ」


「えっ!! 女の子が解体……」


 ヒロインとあまり変わらないくらいの女性が解体場の職員だと聞き、信じられない話に言葉を無くしていると、先輩受付嬢は別の書類を出しながら言った。


「一定数いるわよ、女性の解体屋さん。あの子だけじゃないわ」





 


 巨大なバジリスクが2体。

 バジリスクは特S級となっていて、解体が出来るのは限られている。

 このギルド解体場に特S級を扱える人物はレティリアを含めて6人いる。

 大体は休みの関係上、1日に1人か2人常駐している状態なのだ。

 だが、今日に限ってその特Sを捌ける先輩が3人出勤するという大盤振る舞いであった。

 

 レティリアは乱暴にロッカーを開けて荷物を放り投げ、ワンピースを脱ぐ。

 ハンガーに掛ける事もしないでぐしゃりと入れたあとは叩きつけるようにロッカーを閉めて作業着を着た。

 まさに時間との勝負、手袋を掴みゴーグルを鷲掴んで解体場に滑り込んだティティーリアは、極限にまで目を見開いたあと、膝から崩れ落ち、泣きそうに顔を歪ませた。


「うわぁぁぁ……酷いよぉぉぉ」


「遅かったな後輩よ! バジリスクは俺が貰った!! 」


 はーっはっはっはっはっ!! と腰に手を置き高笑いをする男性を憎々しげに見る。

 2体いたバジリスクは大型魔物用の巨大な作業台に寝かされていて、その前には既に2人の先輩が陣取っていたのだ。


「後輩に譲る優しい心はないの?! 」


「あるか!ばぁぁぁぁぁか!! 2年ぶりだぞバジリスク!! 」


「また2年待つんだな」


「2年後の確約なんてないじゃないかー!! 」


 大人気ない2人の先輩に泣き言を言うレティリアだったが、この2人の腕も変態的に上手い。

 そこはふざけていても最上級に近い解体屋さんである。

 特Aや特Sを捌ける人は同じくらいの力量を持っているのだ。

 

 悔しいぃ!! と歯ぎしりして自らの膝を叩くレティリアを笑って見る先輩達。

 彼らにしてみれば、多くの知識と類まれなる指先の感覚の鋭さに感嘆するくらいなのだが、それは意地でも言わない、先輩の矜恃である。

 そして、バジリスクは譲らない。絶対にだ。


「レティ、俺も間に合わなかった」


「ヴォーグ先輩……」


 くっ……と涙を拭う動作をするヴォーグと呼ばれた解体の先輩にレティリアも同じく涙を拭う真似をする。

 

「「……………………ちら」」


「そんな示し合わせても変わらねーからな」


「大人しくDでも捌いてろ。てか、定時だろ! 帰れ!!」


「そこはせめてBにして! 」


 ひーん! と言いながら別の作業台へと移動していくレティリアをバジリスクをゲットした2人の先輩は顔を見合せて笑った。

 帰らねぇのかよ、と言いながら。






 バジリスクは、特S級の魔物である。

 特Aですら久しぶりって所を特Sなど年単位で出会わない。

 特にバジリスクは好戦的で、出会った人間を石化させて食べる為討伐数はあまり多くないのだ。

 

 ギルドにあまり運ばれて来ない高難易度の魔物は、別に個体数が少ない訳では無い。

 ただ純粋に討伐出来ずに冒険者が全滅する事が多いので持ち込まれないだけだ。


 そして、バジリスクが特Sの理由は死んでからも目には石化の効果があるからだ。


 レティリアは悲しく小型用の作業台を使いやすくしていると、おずおずと新人二人が近付いてきた。


「あ……あの」


「はい? 」


「これ、教えてください!!」


 出されたのは小さな兎だった。

 魔物とも取れないような、街にいる子供が罠をはって捕獲できる食用のウサギである。

 銅2の練習用兎を見せられて、レティリアはチラリとバジリスクを見る。


 方や特Sのバジリスク、方や初心者用練習の銅2。

 レティリアは泣く泣く作業台に乗せられた兎の剥ぎ方を教えるのだった。これも立派な仕事である。

 

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