2話 解体と新人ギルド
ここは、世界的に魔物や魔獣といった人間に害を成す物が蔓延っている世界。
数千年昔に、魔獣たちに蹂躙され妖精やエルフといった他種族は滅んだらしい。
1番軟弱で怯える人間は、怯えるからこそ居住区の周りに頑強な壁を作り安住の地を作り出す。
それは1箇所ではなく、世界各地に存在して少しずつ人口を増やしていった。
村から町に、町から街へと規模を拡大させ発展させる。
後に王がたち、1つの国となった。
力の弱い人間達は多数で力を合わせて魔物を撃ち、次第に強く魔物ですら恐れる存在となる。
対抗出来る力を持ち、討伐されれば遺体は連れていかれる。
魔物たちから見たら、人間の方がよっぽど魔物らしい生き物だろう。
だって、その体は有効利用されるのだから。
「…………それが、この世界の歴史よね」
「まあ、そうだね。妖精だったり、精霊に人魚。ドワーフとか、実物は見た事ないけとうっすらと体に残る血は確かに継承されているんだよ……ね! 」
炎属性が付与された分厚い手袋をはめて、人を簡単に殺せそうな巨大な出刃包丁を片手に、作業台の上に上がった。
身体強化をして自分の何十倍もあるブリザードドラゴンの首をいとも簡単に切り落として見せる。
顎と首のちょうど境目で、喉にある1番大切な鱗のギリギリ上。
そこを真っ直ぐに出刃包丁を押し入れたのだ。
ぎゅぎゅ……と肉厚が抵抗して中々出刃包丁が入り込まないが、レティリアは唇を舐めて目を細める。
ブリザードドラゴンの上にいるレティリアは足を踏ん張り上体を倒して腕に、体全体に力を込める。
ノコギリのようにゴリゴリすると皮も肉も骨も痛めてしまうため、どの魔物も一撃で首なり足なり切り落とすのが基本だ。
レティリアは一気にドスン! と音を立てて体と首を離してしまう。
ゴロリ……とゆっくり動いたブリザードドラゴンの頭は作業台から転げ落ちて新人が固まる近くに転がっていった。
「ひぃ!! 」
「あ、見学ちょうど此処? そっか、申し訳ない所を見せちゃったかな」
「いや、いい勉強になる。レティリアは今日も相変わらずだな」
「相変わらず捌いてるよ。今日は特Aなんで張り切るよね」
「確かに、テンションがいつもより高い」
「そうでしょー、そうでしょー」
ビックリさせてごめんねと手を振ってからブリザードドラゴンの頭を回収したレティリアは作業台に戻して、死後硬直した口に手を当てて思いっきり上下に引っ張る。
ガコン!と顎が外れて口を大きく開いたブリザードドラゴンの口の中を確認した。
「………………うん、毒袋はない通常個体。でも、牙はだいぶ綺麗」
1本にだけ欠けは見られるが、全て象牙色の質のいい牙だった。
大きな牙に器具をあてて、笑いながら折るレティリアを新人が身震いして見ていた。
「か……解体ってこんなに凄まじいんですね」
「こんな小柄な子が……凄い」
「彼女はレティリアです。名前くらいは聞き馴染みありますか」
「あ……あの人が……」
指導係のギルド職員の言葉に、5人の研修生が目を丸くしていた。
レティリア。
彼女はちょっと名の知れた解体屋である。
小柄ながら最上級の特S級まで解体が可能で、その知識量や繊細な解体は誰もが唸る技術を誇る。
レティリアに解体をして欲しいと指名する人は多く、その技術と知識量を持って手の内に抱き込もうとする人は後を絶たない。
長年培われていた知識と技術、身体強化の賜物である。
「本当に見事よねぇ」
「頑張ってるからね」
ポニーテールにしているブルーグレーの髪が揺れる。
セミロングの髪は解体に邪魔だが、レティリア曰く、唯一の女性らしさの髪だけは綺麗にケアをして伸ばしている。
そんな小さなどこにでもいるような女が、作業着やエプロンに返り血を浴びて笑顔を浮かべている。
新人ギルド員は、業務を知るために最初に様々な部署を周り見学する。
その時、毎回レティリアを見たギルド員は外見に驚くのだ。
可愛く笑う血まみれの女が、ブリザードドラゴンの首筋、その下の体に向かって手袋のままスーとなでる。
「…………うん、いいね滑らかで柔らかくしなる綺麗な皮になる。極上品」
細く長い包丁を持って、落とした首の皮と肉ギリギリに差し込む。
長い包丁全てを使って、広く長く皮を綺麗に剥がしていく。
そこには一片の肉片すら付いていなかった。
見事な皮の美しさに、見ていた女性の同僚が息を吐く。
「…………本当に綺麗」
「いぇい」
ブリザードドラゴンの上に座って皮を見せる無邪気な笑顔に同僚は苦笑した。
特A級のドラゴンに座って剥がした皮を手に満面の笑みだなんて、と苦笑する。
剥がした為に肉が見えて血が滴っている。それだって、大量出血させずに最小限に抑えてはいるが、新人には厳しい光景だろう。
吐き気に苦しまれて新人は口に手を当てる。
しかし、貴重なシーンだからと指導係は離れない。
その後も順調に皮を剥ぎ爪を折り、肉を部位ごとに切り落とす。
骨までも分けたティティーリアは、僅か1時間で全ての解体を終わらせた。
「おつかれ」
「お疲れ様です、ジルシーも案内お疲れ様」
「ああ…………見事な個体だったな」
「まだ若いブリザードドラゴンだったね。オスの個体で、成体。なったばかりの全体的に柔らかな子だったよ」
「希少じゃないか。レティリアが担当で良かったな」
「いやぁ、先輩方今別の個体捌いてるから…………最近B級くらいが多かったから、やりがいあったよ」
「今日のは魔物討伐隊だったからな」
「あー、なるほど」
ふむふむ、と頷きながら手袋を脱いで足元にある籠に投げ捨てる。
解体台の隣にはホース付きの水道が着いていて、バシャバシャと手を洗いエプロンも外して一緒に洗った。
そんなレティリアを、吐き気の落ち着いた新人ギルド員が見ている。
分厚い作業着に、エプロンで体の厚みをだいぶ増やしていた事に初めて知った新人達はまた目を丸くした。
その状態でも細かったのに、今は小枝の様で折れてしまいそうだ。
だが、細い腕や足には筋肉がある程度綺麗に乗っていて小さな手が印象的である。
「………………んー、ちょっと休憩してきまーす」
「はーい」
作業台を綺麗にして、解体が終わったブリザードドラゴンを運んでいく職員に声をかけるレティリア。
解体は集中力と気力、体力が必要だから、各自休憩をこまめに取るように定められていた。
ジルシーと新人ギルド員に頑張ってと声を掛けて、作業着のファスナーを開けながら離れて行った。
「どうだ、レティリアを見た感想は」
「あんな……小さくて細い子だと思いませんでした」
「あんなでかいブリザードドラゴンも初めて見たし……なにより女の子だったんですね、レティリアって」
呆然と言いった新人ギルド員がたまたま見た別の作業台でちょうど剥がした皮には肉が張り付いていた。
レティリアの剥がした皮とはまるで別物で、また目を丸くする。
「あれが普通だ。この後仕上げで肉片を剥がすんだが、レティリアの肉片を付けずに剥がすのは変態的な技術だ。あいつの後の仕上げはほぼ手を出さずにすむと、仕上げ班は感嘆している」
「変態……」
「すごい……」
「そんなに凄い人を今まで見た事がありません」
「そりゃあな、解体は裏方だ。一切表には出ない。美しく解体するレティリアの名前は有名だが、あいつの姿を知るのはギルド員しかいないくらいだからな……無闇矢鱈にあいつの事を外に漏らすなよ」
「え……? 」
「王城から魔物討伐隊、魔道具部門に至るまで魔物の素材を使う全ての場所からあいつの知識や技術は求められている。無理矢理の誘いは無いが、あいつ自身が行きたい場所を新しく見つけた場合以外、レティリアはギルドの解体職員として守る必要があるからな」
彼女の技術や経験、知識。その全てが武器になるのだ。
大金をはたいても、彼女を囲い込みたい人は履いて捨てる程にいる。
あの小さくて声にあまり抑揚のない小さな女性は、そこまで重要視される人なんだと目を見開く。
「…………はい」
この新人見学には、レティリアを見せて注意喚起し、他者に情報を漏らさないように注意をするのも業務内容に含まれている。
その努力も、この1年で崩されてしまうのだが。
そんなレティリアは休憩室で脱いだ作業着を洗い用の籠に入れてラフな服装で椅子に座った。
魔物の解体には素材として血液も使うから、1解体につき着替えが定められている。
「……………………あー、ね。なるほどね」
椅子の背もたれに寄りかかり、1度髪を解いた。
セミロングのブルーグレーがサラリと背中に流れてスポーティな服の上に流れる。
「なるほどなるほど……」
1人納得して、ミルクたっぷりなカフェオレを飲む。
「リレー小説か!! 」
ダン! とコップを置いたレティリアは、頭を抱えて「ああぁぁぁ……」と呻いたのだった。