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15話 街中でエンカウント


 じわじわと暑さで汗が吹き出てくる。

 サンサンと照らす太陽を恨めしく見ているが、上からも下からの照り返しも柔らかくなる訳ではない。

 

 この国は冬が短く夏が長い国だから、ほぼ暑さとの戦いである。

 短い冬の時期に降る雪が恋しく感じるのは仕方ないだろう。

 まだ今は季節で言ったら初夏であり、涼しくなるにはまだまだ先なのに、暑さでダウンしそうだ。

 この暑さに魔物の肉の腐敗も進むのだからレティリアは唸るしかない。

 

 汗を指先で飛ばしてため息を吐く。

 サンダルを履くレディリアは素足が出ているのだが、もう日に焼けそうだ。

 もはや日焼け止めの概念とは……と言いたい。

 前世よりもスキンケアは充実していない為、市販品では色々と残念なお肌になりがちなのだ。

 その為、定期購入している様々な魔物の部位を混ぜ合わせ、唯一出来るレベルの低い錬金術で化粧水や乳液、美容液といったスキンケアを自作している。

 魔物が好きで、解体が好きでといった可愛らしい一般女子から掛け離れていたとしても、やはり乙女心は捨てていない。

 ツヤツヤな髪は好きだし、お肌はスベスベでいたい。

 22歳、これからピークを迎えて下り坂になるのだ。

 お手入れ大事……と下手なりに錬金術でがんばる。

 お陰で29歳になる兄は年齢よりも若々しくツヤツヤしている。


「…………日焼け止めも作るか」


 ポツリと呟くと、下を見ていた為に前にいる人に気付かず、背中にポフリとぶつかった。

 低い鼻が潰れる! と鼻を抑えて見上げると、年配の男性が振り返ってレティリアを見下ろす。

 少し草臥れた容姿の男性は、数日前に見た白い服を身に着けていた。回復専用の魔術師である。

 緩い服を着ている筈なのにうっすらと筋肉がちゃんとあるんだなと一瞬で分析してしまう。

 ひょろひょろの痩せてるヒーラーが多いと偏見を持っているレティリアは、珍しい人だ……とまじまじと体を見てから顔を見た。

 このうっすら筋肉な男は、第3師団所属の回復術師の中でも有名な人。

 そしてあの日、レティリアが目を奪われた人。


「………………ごめんなさい、前見てなかったです」


「いや、怪我はないかい? 」


「大丈夫……です」


 レティリアはビックリして片言になりながらも謝ると、見た目とは反して穏やかに返事を返してくれる。

 少し長めの黒髪、ボサッとしたウェーブヘアを無造作に結んでいるその人は回復魔術師の中でも古株の人。

 自ら戦場に切り込み回復をしながら魔物すら討伐する化け物じみた人だと噂だ。

 それは、義兄のユリウスも言っている。

 多分、事実。


「ユリウスの妹だよね」


「はい……レティリアです」


「レティリア? あぁ、あの解体で有名な人と同じ名前だね」


「……よく言われる」


 これは、自己紹介の時のテンプレである。

 男女どちらにも使われる名前だからこその逃げ道だ。

 まだ高校生だった私達は、感覚で名前を付けていたから女性の名前を男性に、逆に男性の名前を女性につけたりして笑っていた。


「俺はヴェルクレア、治癒術師……は、知ってるかな?」


「うん、洗濯大変そうな服着てるね」


「ふはっ……洗浄魔法かけてるよ」


「あれ、染み抜きも出来るの?」


「出来る出来る」

 

 思わず吹き出して片手で口元を覆うヴェルクレアは思いの外朗らかだ。

 帰還の時中央広場で見たヴェルクレアは、顔をしかめていることが多いのでどちらかというと硬質で取っ付きにくい人なのかと思っていた。

 だが、今目の前に居るヴェルクレアにそんな雰囲気はなく目を細めて笑う姿に、おや? と首を傾げた。


「なんだい? 」


「いや……なんか、貴方笑うんだね」


「ええ? そりゃ笑うよ。なんで? 」


「だって、帰還の時は眉間に皺寄せて目つきも悪かったから」


 少しも言葉を選ぶことなく言うレティリアに、ヴェルクレアは苦笑した。


「………………あー、ごめんね。外回りのあとはピリピリしててね。怪我人も多いし、魔物も多数だったり、ランク高いの出たら疲れに注意力散漫になってら更に怪我をする可能性があるだろ? 終わって力が抜けるヤツらが無事に帰り着くまで……な」


「なるほど……誰よりも騎士だね」


「いや……うん。おじさん照れるからやめなさいね?」

 

 頭を掻きながら照れ笑いをするヒーラーのおじさんに、魔物を見ている時のような気持ちが湧き上がる。

 即ち、ときめいたのだ。

 

「………………おじさん」


「なんだい?」


「かっこいい」


「…………あー、うん。だめだよ? おじさんをからかうような事を言ったら」


「からかってな……」


 反論しようとすると、レティリアのお腹から盛大に音がなり、言葉が途切れた。


「…………お腹すいてるの?」


「………………うん」


 無表情で答えて頷くレティリアに小さく笑ったヴェルクレアは指を指した。


「何か食べようか……おじさんと一緒が嫌でなければ」


「……嫌じゃないよ」


 笑顔で促されたレティリアは、そのお誘いに乗った。そうした方が良いと思ったからだ。

 手を引かれて歩くレティリアは、服の上からでもわかる筋肉の動きにうっとりする。


「(……あそこにナイフを優しく入れて、骨に沿って削げば綺麗に捌けそう)」

 

 明らかに見る場所が違う。



 

 ふたりが来たのはギルドに近い安く早く上手いが評判の店、ティーラン。

 良く冒険者や騎士たちが集まる場所で、今も夕方だというのに酒を飲みかわす客が席を埋めて大繁盛している。

 1階と2階に分かれていて、だいたい血気盛んな者達は1階で食事を楽しみ静かに食べたい人は2階に行く。

 2階は完全に注文制で、1階はバイキングだからそこら辺も関係があるのだろう。


 最初ヴェルクレアは2階へ行こうとしたが、レティリアが頑なに1階を希望した。


「いいのかい? 騒がしいし、喧嘩に巻き込まれるかもしれないよ?」


「大丈夫。なにかあったらおじさんがいるし」


「あら、随分信頼されちゃってるなぁ」


「……それに、私いっぱい食べるから」


 声を小さくして言ったレティリアにヴェルクレアはキョトンとしてから破顔した。


「いいよ、いくらでも」


「………………言ったね? 逃がさないよ?」


 楽しそうに笑うレティリアに目を丸くしてからクスクスと笑うヴェルクレアは久しぶりに媚や打算のない純粋な笑みを見たなと笑った。

 自分の地位や名声、第3師団の見目麗しい騎士たちや場内勤務の騎士に繋ぎを計って欲しいと色を含ませて来る人が多い中、久しぶりに見た純粋な笑みに頬杖を付く。


「いや、まいったねぇ」


 媚びて来ない女性はいいね、とメニュー表を吟味するだいぶ低い頭のてっぺんを見る。

 レティリアの義兄であるユリウスとは旧知の仲で、レティリアの話は良く出ていた。

 ギルドに籍を置く職員で仕事熱心、だが、かなりの大食らいで給料の大半は食費で消えると。

 悩みに悩む姿が可愛らしいと年端もいかない女性を見る。

 現在35歳の草臥れたおじさんからみたら、一回りは下だろう。

 まるで妹がいるような疑似体験かな? と笑って一緒にメニュー表を覗き込んだ。


「何に迷ってるんだい?」


「これ……これと、これも……あと」


 メニュー表を指さす先が止まらず彷徨うレティリアに吹き出す。

 ボリューム満点のものばかりで、騎士であるヴェルクレアですら食べきれなさそうだ。


「いいよ、食べたいだけ頼んで」


「…………いいの?」


「2階のお願いを飲んでくれたからね」


「…………いっぱい食べるよ」


「おじさんこう見えて高給取りよ? 気にしないで頼みなさいって」


 頬杖をついて笑うヴェルクレアの首筋の筋肉や、半袖からでる太い腕の筋肉に浮び上がる血管を見る。

 触りたいなぁ……と思いながら、レティリアは手を上げてお店の女性を呼んだ。



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