11話 魔物討伐部隊
「お! マリーちゃん来たのか! おーい! カイトー!! 」
訓練場に入ったマリーウェザーをいち早く見つけたのは、年嵩がいった隊員だった。
わざわざ声を張り上げてマリーウェザーに声を掛けるから数人の視線が突き刺さる。
この場にいる騎士達は、鍛え抜かれた体をしていて、女性騎士も体が引き締まっているのが遠目でもわかった。
フワフワと線の細いマリーウェザーは、騎士たちから見たら守るべき女性と認識されているのだろう。
優しい眼差しが向けられている。
逆に、鍛えているからこそわかるレティリアの均等についたしなやかな筋肉は、ワンピースを着ていても騎士にはバレているようだ。
上から下までザっと見られ値踏みされる。
毎日魔物を捌いているのだ、全身に筋肉は付く。
「マリー! 」
ちょうど打ち合いが終わったらしい本作の主人公は腕で額の汗を拭ってからマリーウェザーを呼んだ。
爽やかな笑みで手を振る短髪の黒髪から汗が飛び散る姿はまさしくかっこいい主人公なのだろう。
「マリー! 来てくれたんだな!! 1週間ぶりだ! 」
まるで熱血騎士。
走りよってきてマリーウェザーを笑顔で見る彼の目にはレティリアは映っていない。完全に無視だ。
「うん!! 今日は休みだから少しだけ」
「そっか、じゃあ仕事あがったらデートしよう?! 」
「え? やだなカイト。ほら、今日は友達も一緒だから」
腕を引かれて前に出される。
騎士の訓練中、犬のようにまるで尻尾を振る主人公と、それをいなすヒロイン。
の、横にいるワンピース姿のレティリア。
完全にアウェーである。
そういうのは私が居ない時にして、心からそう思った。
カイトがレティリアを見ると、カイトのじっとりとした眼差しに眉を顰める。
初対面なのに、随分と態度が悪い。
それはレティリアにも言えるのだが。
そんなレティリアの後ろに人の気配があり振り向くと、レティリアによく似た髪色の男性が至近距離で立ち見下ろしてくる。
「…………あ」
「どうして此処に? 」
穏やかな問いかけは優しい笑みを浮かべる男性からだった。
甘やかな香りが漂い、本当に騎士の修練場かと思うが、彼は魔物討伐部隊の副隊長。
実力者だった。
レティリアが何かを言いかけようと口を開いた時だった。
修練場にいる騎士の1人が声を上げる。
「副隊長!! 」
「全員整列!! 」
流石にマリーウェザーの前にいたカイトも慌てて整列をする。
ポン、とレティリアの頭を叩いてから、前に歩いて行き、話し出す後ろ姿を眺める。
「今日は第1部隊との合同練習となった。第1部隊が来たらすぐに訓練が開始するから…………」
ふわりと笑う姿は儚く優しげだが、騎士達は硬い表情で微動だにしない。 どうやら恐怖の対象らしい。
「…………うん、みんな揃ってるね。今日の訓練は第1部隊との合同になったから……無様な姿は見せないように」
「はいっ!! 」
カイトはキラキラとした眼差しを副隊長に向けている。
怖い、だが尊敬する副隊長のようだ。
全員の眼差しが鋭くなり、それぞれ走り出す。
防具や武器を装備する姿をレティリアは見ていた。
「………………赤熊の爪にシャドーバットの翼と骨、ホーンラビットの足と毛皮……」
ブツブツと言うと、副隊長はクスリと笑った。
「良くシャドーバットの骨がわかったね、使ってる量少ないのに」
「シャドーバットの翼を使ってる割にしなやかだから、骨を使って柔軟性を出してるなって」
「うん、正解。…………ねぇレティ、こんな場所に来るのにその可愛いワンピースは駄目だよ、悪目立ちしちゃうから。騎士にちょっかい掛けられたら僕ぶっ飛ばしたくなっちゃう」
「物騒だな。でも、仕方ないよ。今日ここに来るって知らなかったから」
「…………知らなかったの? 」
いつの間にかレティリアの隣に来て話をしている副隊長にマリーウェザーは目を白黒している。
「……マリー、君何も言わないでレティを連れてきたの? 」
「あ……すぐにお暇するつもりで……」
「何も言わなかったの? 」
「は、はい……」
はぁ……と息を吐き出してマリーウェザーを見た。
「あのね、基本的に入場証明書は本人のみ。そして普通は先触れを出して返事が来てから来るものだよ。どうしても付き添いが欲しいなら先触れで伝えるべき事だね。入場証明書はその時の気分で使うものじゃないから」
「す……すみませ……」
しゅんとするマリーウェザー。
だが、副隊長の言ってることはもっともである。
いきなり来ても大丈夫なのかとレティリアも確認したが、いつもの事ですよ! と言われた。
いつも、勝手に入っているということだ。
レティリアも連絡してないのか聞いたが、大丈夫としか言わなかった。
「…………大丈夫じゃないじゃん」
「レティ? 」
「なんでもない。邪魔してごめんね」
「いいよ、可愛いレティのためだからね」
ふわりと笑う副隊長に頬を撫でられると、騎士達やマリーウェザーは目を見開いていた。
綺麗な副隊長は強く仲間たちを引き連れる存在で、優しいが無駄に甘やかす事はしない。
だからこそ、レティリアに優しい副隊長に驚いている。
「…………あ、あの子肩車の子だ」
「じゃあ、副隊長を見てたのか!! 」
小声でボソボソと話す様子に、笑顔の副隊長が騎士たちにゆっくり顔を向けると、慌てて一斉に動き出した。
それと同時に真っ白な法衣を着た人が3人練習場に入ってくる。
カイトが一瞬ピリッと目付きを鋭くさせたのをレティリアはたまたま見てしまった。
「真っ白」
「うん、ヒーラーさん達いっつも真っ白だよね」
「洗濯大変そう」
思わず出た感想に、マリーウェザーが吹き出す。
綺麗なシミひとつない法衣、どうやって洗濯してるんだろう……と眺めていると先頭を歩く人が不意にこちらを見た。
「あ、今日はリオネルだ」
「リオネル? 」
「うん。ヒーラーの少し後ろにいる……カイトの双子の弟なんですよ」
「………………弟」
たしかによく似ている。
肩より少しだけ長い髪は緩やかに波打っていて、濃い紫色の瞳が怪しく光っている。
カイト……正式名称はカイト・カリオネス。
その弟のリオネル・カリオネスも、たしかに本作に出てくるが、あまり出番の多くないキャラだった。
それよりも、副隊長の方がよっぽど出てくる。
ふわりと揺れる髪に触れて、結んでいない髪を簡単に纏めた時、髪ゴムを忘れたのだろう。ぺたぺたと手首を触ってからため息を吐いて手を離した。
パラリと肩に髪が戻ったのを見て、ふむ……と顎に手を当てた。
「レティ? 」
「ちょっとだけ、お話をしに行きたい」
「……………………だれ? 」
一段低くなった副隊長の声に微動だにせず、指を指した先にはリオネル。
うん? と首を傾げてリオネルを見ている副隊長の隣でリボンを外すと、副隊長はクスリと笑った。
「流石仕事人」
ポンと肩を叩かれてから副隊長が歩き出したのでその後を着いていくレティリアとマリーウェザー。
マリーウェザーは首を傾げながら2人を見ているが、何となく話しにくい雰囲気に口を閉じた。
「リオネル、少しいい? 」
「ユリウス副隊長なんですか? 」
「ちょっとこの子が君に用があってね」
「………………俺に? 」
副隊長、ユリウスと同じくらいの身長だろうか、レティリアよりだいぶ高い身長の相手を見上げる。少し眉間に皺がよっていて、歓迎されていないのがわかる。
しかし、ティティーリアは構わず茶色のリボンを差し出した。
「とうぞ、髪を纏めて。茶色だからそんなに目立たないし、今日1日は我慢してね」
「…………え? いや……大丈夫ですよ」
「だめだよ。髪を結ばずに仕事中に意識が行くようなら、そんな頭、丸坊主にするべき。それが嫌ならちゃんと結んで」
「ぶっ……飛躍したね」
隣から笑い声が漏れて、レティリアと似た髪色が揺れる。
「笑わないで、お節介なのはわかってるけど、命のやり取りをする人なら万全の体制で挑むべき」
「レティみたいに? 」
「仲間の命を守るんだから、中途半端はだめでしょ。……私は大事な命を心を込めて剥いでいくだけだから関係ないの」
後半うんうん、と力強く頷いて言うレティリアにクスリと笑う。
「リオネル、貰いなさい。私の可愛いレティは仕事について妥協は嫌いだからね」
「……はぁ……私の可愛いレティ……」
ありがとうございます……と言葉尻を濁しながら受け取ったリオネルに頭を下げた。
「お節介でごめん。あと、今後も義兄をよろしくお願いします」
「あれ、僕がよろしくされちゃうんだ? 」
くすくす笑う義兄、ユリウスはレティリアの頭を撫でた。
すると、空気となっていたマリーウェザーは、目をカッ!と見開く。
「義兄?! レティさん、ユリウス副隊長の妹なの?! 」
「義理だから血は繋がってないけどね」
それは思いの外響いて、魔物討伐隊の人達も、訓練の為に来た第1部隊も、え?と顔を向けてくる。
普段から無意識に目立っているレティリアだが、認識されてしまったことで分かりやすく顔を歪ませる。
「…………ああ、その顔はユリウス副隊長に似てる」
「…………似てます? 」
「あれ、嫌そうじゃないかい? 妹よ」
「嬉しがる年はもう過ぎたんだよ、お兄ちゃん 」
「それは残念だなぁ」
くすくす笑うユリウスは、回復魔術師の部隊長である男性に呼ばれてそのまま訓練の為に離れていった。
「気を付けておかえり、2人とも」
「はーい…………」
「はい!!」
マリーウェザーがドキドキしながら返事を返すなか、レティリアは義兄を呼んだ男性を見ていた。
草臥れた姿だが、体は鍛えていてむしろ討伐部隊よりも筋肉が綺麗に付いた体に白服を着る男性。
何故か目を引くその人を見ていると、ふと目が合った。
にこやかに手を振ったその人に無意識に手を振り返す。
そして思い出す。数日前に図書館で会った人じゃないだろうか、と。
リオネルがトン……と指先で肩を叩いてきた。
それは控えめで、気付かないくらいに優しい衝撃。
振り返ると、ちょうど風が吹きレティリアの髪とリオネルの髪、そして渡された茶色のリボンが揺れる。
「ありがとう、借ります」
「どうぞ、あげますよ」
「………………うん」
緊張した様子で返事を返したリオネルは頭を下げてから、他の回復術者達の元へ向かった。
「……すごい、リオネルがあんなに素直に……」
「え? 」
「人見知りっていうか、ちょっと女性が苦手なの」
「………………あー」
頷いて返事を返すと、マリーウェザーは、持っている籠を思い出し、あっ!! と声を上げた。
忘れてた!! と悲しい顔をするが、既に訓練は開始していて割り込むことは無理だろう。
しゅんとしながらも、持ち帰ります……と言ったマリーウェザーに苦笑を返した。
リオネル・カリオネス。
苗字のある人は貴族である。
カリオネス伯爵家の四男で、カイトは双子の兄。見た目同じだが、性格は真逆である。
兄のカイトは爽やかな見た目に笑みを乗せて、女性に優しく接する。
その為に、女性からの誘いが多いのだが、本人は平民のマリーウェザーにご執着である。
当たり障りなく対応している為、好意と取られ、間違えて見た目の似ているリオネルが突撃被害に会うことが多々あるのだ。
女性にはカイトと間違えられ何度ハニートラップをかけられた事か。
良かったのは、男友達には恵まれた事だろう。
たまたまハニートラップ中に現れる友達がさっそうと助けてくれる事数えきれない。
だから、女性が苦手なのだ。
そんな大変な状態の弟を、兄はマリーウェザーにご執着で気付いてすらいない。
「………………だから、なんていう主人公を作ったんだ、親友よ」
そう愚痴ってみても、リレー小説だから結局は自分も書いていたのだ。
親友だけのせいには出来ない。
でも、実際に近くで見たら……こんの、クッソ花畑が!! と口悪く罵り、特S級をバッサバッサと捌きたくなるのは仕方ない事だろう。
だがそれよりも、言葉を交わしてすらいない白服の男性が脳裏に焼き付いて離れなかった。