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第62話 冬崎みる

 二人の話によると、三人で俺と同様早めの夕食を摂るために食堂に向かっていた。それぞれ注文を済ませ食事中、とある人物が三人の席に現れた。


「やあ、そこの学生諸君。少し話をしてもいいかな?」


冬崎財閥総帥の冬崎勲が数人のボディーガードと共に話しかけてきたのだ。

食堂にはまだ人がそこまでいなかったが、かなりの注目を浴びた。


「冬崎勲さん、一体私達にどのようなご用件で?私の姉達ならまだ仕事中ですよ」


「ん?おぉ!清野姉妹の三女さんじゃないか!彼女達にはよく世話になっているが、今回の要件はそれではない。用があるのは、そこの君だ」


冬崎勲が指を指した方向には、クラッシュがいた。クラッシュと冬崎勲が話す所を俺達は見たことがない。まるで慣れ親しんだかのように不可解な話を始めた。


「そこの君、いや私が愛する()よ帰るぞ」


「何のことでしょうか、僕の名前はクラッシュ。あなたの娘ではありません」


「なぜそんなことを言うんだ?親が自分の娘を見間違えるわけないだろう?」


「仮にそうだとしても、顔はこれで見えないはずなのに、どうして僕が娘だと思うんですか?」


「なぁに、簡単なことだ。確かに顔こそ見えないが、歩き方、手の形、そして身体のライン。何より私が付けた()()()が手首にしっかりと付いているではないか」


クラッシュが隠すように手首を押さえた。確かに何か痕が残っている。黒く細長い痕がくっきりと。

クラッシュの身体がわずかに震え始めた。


「これは…その…講義で付けた怪我の痕で…」


「…私の娘は都合が悪くなるとそうやって服の裾を弄る癖があった。ここまで合致するのは、果たして偶然なのかな?」


俺も千尋もこの会話についていくことができなかった。気になる所は山ほどある、ただそれ以上に情報量な多すぎた。

何も出来ずにただ話を聞いていると、冬崎勲が声を荒げた。


「もういい!今すぐその穢らわしい袋を取りなさい!()()ぅぅぅぅ!!!」


バチンと袋と皮膚が叩かれる音が食堂中に響き渡り、クラッシュもその威力に床に倒れ込んだ。そして、今まで見たことがなかったクラッシュの素顔が露わになった。


「あ!あんたあの時の!」


「え…君本当にクラッシュ…なのか?」


「おぉ…おぉ!やっと会えたな、私の愛する娘よ…って何だその叩かれたような痕は?一体誰にやられたと言うんだ!?」


…は?今なんて言った?誰に叩かれたかって言った?

さっき自分でやったことを忘れたと言うのだろうか?そうでなければ、この男、冬崎勲は多重人格者なのだろうか?


「あぁ、久々に感じる娘の温もり、おかしいな、以前はもう少し胸があったように感じたが…あぁそうか、お前達のような身の程をわきまえないカス共に胸を押さえつけられているのだな!?だったら私が外してやろう!」


この場面だけを切り取れば、久々に再開した感動的な父と娘のやり取り…いやだとしても内容が気持ち悪すぎる。千尋も嗚咽を出し気持ち悪そうにしていた。

クラッシュはあれだけのことを言われて何とも思わないのか?クラッシュの顔は、どこか人生を諦めたような、一周回って清々しい表情をしているように見えた。


「さあ、せっかくの機会だ。このカス共に()()()()()()挨拶をするがいい。今は服を持ち合わせていないから、特別にその服装での挨拶を許可しよう」


そう言うとクラッシュは、服についた埃を手で振り落とした後、まるで人が入れ替わったかのように、上品な挨拶を始めた。


「お初にお目に掛かります。(わたくし)は冬崎財閥総帥、冬崎勲の一人娘の"冬崎みる"と申します。以後お見知り置きを」



「あれはもう別人よ声もいつもと違って高音だったわ。まあ少し低めではあったけど、不思議な感じがしたわ」


「それで…その後は?」


「このまま連れて帰ろうとした冬崎勲だったけど、荷物を整理したいからって一度寮に戻ったはず。だから…って洸平!?」


俺は寮の方は向かった。佐久間の話を全部聞く前に勝手に足が動いていた。

なぜそうなったのかは俺も分かっていない。

ただ今を逃すと取り返しのつかないことになる、それだけは分かる。

 寮の前に着くと、入り口の前には細長い車と何人かの黒服の男達、そして冬崎勲がいた。


「流石に正面から行くのは無理そうだな。見てみろ、他の奴らも追い払われてる。別のところから入るぞ」


俺は冬崎勲達にバレないように非常口から寮の中に入り込んだ。

俺とバトラーはクラッシュの部屋に急いで入った。


「クラッシュ!」


ドアを開けるとそこには、綺麗な銀髪の髪を持ち、整った顔を持った、「お人形さんみたいね」と言われても差し支えのないような女性が立っていた。

師匠やさくらさんもかなりの美貌を持っていたが、それを遥かに上回る美貌の持ち主だった。


「えーと…どちら様でしょうか?」


他人行儀に聞いてきたクラッシュに俺は我に帰った。


「どちら様じゃねぇよ。クラッシュなんだろ?」


「クラッシュ?いいえ、私は冬崎みると申します。もしかしてここはあなたの部屋だったでしょうか?でしたら今すぐここから出ていくので…」


「そうやって片足だけ爪先で立つ立ち方、それはクラッシュの立ち方だ。それに…」


俺は一度言葉を切り、ゲームカセットを見せつけた。目の前の女性がそれを目で追ったのを確認し、ハッキリとこう言った。


「ほら、クラッシュならこれを見たらすぐに食いつくぐらいのゲーム好きだ。もし冬崎みるなら、こんなものをするわけないからな」


やがて、観念したかのように目の前の女性は話し始めた。袋はないが、姿がクラッシュと重なった。


「…僕を止めに来たの?だったら無駄だよ。僕は…僕の意思で帰るんだから」


「俺とクラッシュが出会って間もないころ、君は自分のためにここに来たって言った。それって、自分の家から逃げるためなんじゃない?以前冬崎勲が食堂に来た時、その人だけは見ないようにしたようにしてたよね?」


クラッシュは言葉に詰まった。どうやら図星みたいだ。すると、クラッシュはわなわなと肩を振るわせながら、俺の肩を掴んだ。


「あなたには分からないでしょう!財閥の娘として生まれて、あの父の恐ろしさを…洸平に分かるわけがないだろ!洸平のそういうところが嫌いなのよ!」


その発言は、冬崎みるとクラッシュが混在していた。ここまで感情的なクラッシュを初めて見た。そして、涙を浮かべたまま、クラッシュは部屋を逃げるように出ていった。

俺は急いで後を追おうとしたが、部屋を出た時すでにクラッシュの姿はなかった。

クラッシュがいつも使っていた机の上には、クラッシュの個性ともいえる袋が丁寧に置かれていた。まるでクラッシュという人物と決別したかのように。






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