第37話 結び(エピローグ)
櫛塚洸平の最大の武器は、長年培ってきた観察力。
小中学生時代に友達がいなかった(正確には作らなかった)彼にとって授業以外の時間は苦痛以外の何ものでもなかった。
その中で始めた遊びが人間観察だった。
最初のうちは、「この人今怒ってるかな」「膝から血が出てるから転んだのかな」などとありきたりな想像ばかりしていたが、それを続けていくうちに洸平は人の行動の癖を観察するようになった。
嘘をつく時は髪を触る、イライラしてる時は爪をいじり始める、腹に殴りかかってくる時は肘の位置が少しだけ低いとこから拳が来る(※師匠の場合)。
このようなことを続けた結果、分析に時間がかかることが玉にきずだが、最適な行動の選択が可能になった。
これは余談だが、荒垣優菜との修行時代はこの観察力の真価を発揮することができずにいた。理由は単純、彼女の強さは洸平の身体能力では対応ができなかったからだ。
戦闘においてこの観察力を発揮するには自身の地力の高さが必要不可欠だ。
そして洸平の地力は、今の準階級者権斎に匹敵した。
「くっ…!滅術、」
手に持っている本の表紙面を前に掲げた。つまり
「書業無情!」
スタン効果は大体1秒くらい、眼の表示時間は分からないがおそらく1秒程度だろう。そして、
「書業無情を唱えた直後は他の滅術が使えない」
洸平は眼が視界に入らないように下を見た。洸平の目は権斎の影を注視している。
その影は右手を振りかぶりこちらには近づいてきていた。
「右上方からの通常攻撃」
本の攻撃を難なくいなし、カウンターを決めた。
権斎は距離を取り、手に持った本を開いた。
「滅術、書籍…」
「書籍鑑包…だよね、これはお前の近くでは発動できない。自分も巻き込まれるからか?」
攻撃が…読まれている!剣は私の腹に一直線に向かってきている。
「滅術、書名転送!」
間一髪被弾は回避した。あ、危なかった。もう一度…
「距離を取る…なんて考えてる?」
「!?」
転送先に先回りされた!?栞は10ヶ所設置したはず…その中からここを絞り込んだのか?
洸平の剣が再度権斎を襲った。
「滅術、書帯障壁!」
ギギギと音を立てながら剣が止められた。
発動の時、手から本を離し両手を前に掲げた。これが発動体勢だろうか。
「5つ目の滅術、アップデート完了。やっぱり、その瞬間移動、同じ栞に連続して移動できない。次に同じ栞に移動できるようになるまで大体90〜120秒といったところか?」
図星を突かれたのか、権斎の表情が少し揺れ動いた。
「まさか、それを見越して先回りしたのか…」
…これは予想外だな。
ソードは洸平の勝機は極めて低いと考えていた。しかし、今目の前にある光景は準階級者を圧倒すること洸平の姿だった。
これなら勝てる、洸平もソードも考えていた。しかし、それは慢心だったと思い知らされることになる。そして、現代の準階級者の実力を。
「櫛塚洸平君、正直私は貴方のことを舐めていました。大した実力も持たず、虎の岩借りた狐だと思っていました。しかし、貴方は私の予想よりも遥かに実力がありました。それは実際に戦った私が認めます。序論、良くても本論で片をつけるつもりでしたが、仕方ありません」
突如、権斎の魔力量が大幅に増加し、威圧感が増した。立っているだけでも体がビリビリと震えるのが分かった。まさか、今までのは本気ではなかったのか?
「結びに突入させて頂きます」
このままではまずい、俺の本能がそう警告している。一刻も早くケリをつけようとすぐさま権斎の懐へ入り込んだ。
「滅術…」
あの構えは瞬間移動!、今移動不可の栞は10ヶ所のうち8ヶ所。そしてその2か所は位置が近い、間に合う。
俺はその栞に向けて駆け出した。
「書名転送"終幕"」
しかし、権斎は俺の背後にあった栞に瞬間移動した。加えて全方位に本の眼が現れ俺の身体は拘束された。
権斎は手に持った本を俺の腹深くまでめり込ませ、俺の身体は大きく吹き飛ばされた。
「がっ…がはっ!」
口から血が溢れた、腹の方も激痛が走っている。骨が折れているかもしれない。
「な…なぜ、瞬間移動できるんだ?あの場所はまだできないはずなのに」
権斎の口調は変わらないままこう答えた。
「櫛塚洸平君の言う通り、書名転送には移動不可時間が100秒ある。しかし、結びに入ったことで、その時間が50秒に減少し、移動した時即座に半径2m以内に書業無情を発動できるようになったんだよ。君のような人間を返り討ちにするためにね」
そ…そんなことがあっていいのか。だとすると、今移動できる場所は2ヶ所ではなく…6ヶ所!?しかも、それに全て拘束魔法が付与された状態で…
「滅術、書籍鑑包"終幕"」
本の化け物が来る!俺は激痛に耐えながら体を動かした。すると、下からボコッという音が鳴ったため見てみると、そこから化け物の口が出ていた。
化け物は4方向から6方向に増えており、逃げ場が殆どなかった。間一髪魔法掴み(滅術消し)を駆使して攻撃をいなし、攻撃を仕掛けたものの、剣は再び障壁によって塞がれた。
「もし君と戦うのが数年後だったら、私は負けていたかもしれません。貴方の敗因は、経験不足です。滅術、書業無情"終幕"」
書帯障壁発動中、本は表紙と裏表紙両方が相手に向かっている。つまり、書業無情はいつでも発動可能な状態にあった。
"終幕"状態の書業無情の効果時間は1秒と変わらないが、通常状態ではできない他滅術の使用が可能になる。
「滅術、書籍鑑包」
俺は攻撃をもろに食らい、意識が朦朧とし始めた。出血も止まらない。
ここまでか、洸平にしてはよく頑張った。ソードが手助けしようと動こうとしたその時、
ガシャァン!
権斎が展開した結界が破壊されたのだ。
やがて聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「…けんちゃん、ご指導は後から、洸平の止血をしろ。それから洸平、ここまでよく堪えた。あとは私に任せろ」
「貴方、急に領域を破壊したと思ったら、どちら様ですか?」
「私は荒垣優菜。櫛塚洸平の師匠だ」




