第33話 弱者
先に言っておこう。今から話すことは、私のなんともくだらない昔話だ。
今から約12年前、私は影夢学院大学に入学した。入学理由は、入ることができる大学が他になかったためという、極めて愚かな理由だ。
「優奈ちゃーん!ちょっと剣技教えてくれない?全然できないのよ〜」
私は誰とでも友達になれるほど人付き合いは得意ではなかったが、さくらとだけは友達と言える程の関係にはなった。私は、女性の中なら一番成績が良かった自覚がある。しかし、講義になれば、
「信楽君、君は本当に素晴らしい才能を持っている。もう教えることはない。もう単位を与えよう」
「これまでの魔力量、魔力操作精度、私ですら習得に困難だったと言うのに、もう習得したのか。これは文句なしの単位所得よ!」
「いやー信楽君の戦闘スタイルはずば抜けている。これは良い隊員になるに違いありませんね」
「彼ができないことと言ってもせいぜい回復魔法ぐらいではないでしょうか?今までも多くの生徒、隊員を見てきましたが、あれほどの天才は見たことがない」
教授達の間では、信楽るかの話題で持ちきりだった。私はその男が憎かった。私だけではない、そのように考えていた生徒も多くいたらしい。
しかし、認めざるを得なかった。それほどに彼は突出していたのだから。
その証拠に、彼は卒業試験を受ける資格をわずか1年と少しで得ることとなり、その卒業試験(魔族を想定したゴーレムを討伐する実技試験)も、開始わずか8秒で受かってしまうというなど、数々の伝説を残し卒業した。
私とさくらは彼に1年半遅れで卒業試験を通り、滅魔隊へ所属した。
私は当時の階級者の単独討伐など、着実に成果をあげていった。その成果が認められ滅魔隊に所属して2年後に絶対者に任命された。
いつしか裏で『魔導士泣かせの悪夢』などと呼ばれるようになったが、絶対者となった後も、拭いきれない気持ちがこびりついたままだった。
そんな日々が続き、今から4年前の、霧が濃い日だった。いつも通り任務に出て、魔族を討伐していた。
目標を達成したから撤収しようとした時、突如目の前から感じたことのないオーラを感じとった。
目の前に現れたのは、階級者のもう一段階上の階級である、『方針者』が立っていた。
初めての感覚だった。圧倒的強者に体がすくんでしまった。だが、人々を守るためにも、後輩のために、絶対者として、その場から逃げることは許されない。
しかし、長くは持たなかった。私の攻撃も、魔法も、エンブレムも何もかもが奴には通用しなかった。よりによってその方針者は魔法を使用しなかったため、『魔法掴み』も腐ってしまった。
終わった、私は覚悟を決めた。
すると、上空から何かが降ってきた。私と方針者はその方向を見ると、霧の中から現れたのは、信楽るかだった。
その後は一瞬だった。終始その方針者を圧倒、まるで何をするのか分かっているかのような綺麗な動きだった。つい見惚れていると、方針者の攻撃の矛先が突如私に向かった。
体力の限界もあり、動けずにいた私をるかは庇った。
その時には方針者の姿はなく、逃がしてしまった。
「大丈夫かい優菜君?君でさえ太刀打ちできなかい相手だったのか…こりゃ参っちゃうね。急いで治療をしよう、清野君が向かってるらしいから」
嘘吐き、るかは無傷だ。何が参っちゃうねだ、そんなこと、思ってもないくせに。
こんなことを考えても無駄だと分かっていた。分かっていたが、この時は止められなかった。
「お前はいいよな…何の努力もしないで、そのありふれた才能を武器に、わずか19歳にして絶対者、その2年後には人類最強まで登り詰めた」
痛む体を堪えながら、るかの肩を掴んで叫んだ
「お前には分からないのだろう!?才能ない者の気持ちなど!さっきのお前の言葉は、私を気遣っているのかもしれないが…辛いんだ、辛いんだよ」
私はその場に崩れ落ちた。るかは無言で私の背中をさすりながら、その場に座りこんだ。
神の悪戯か、その様子を避難していた親子に見られた。父親と手を繋いでいた子供が私の方を指差しながら
「パパ〜、あのお姉ちゃんどうしたの?」
「あのお姉さんはみんなを守るために戦ったんだよ。みんなのヒーローと言えど、休まなきゃいけないでしょ?」
「でもお姉ちゃん泣いてる、強くてかっこいいヒーローは泣いたりしないもん!だからあのお姉ちゃんは強くてかっこいいヒーローなんかじゃないもん!」
「コラっ!なんてこと言うの!」
純粋な子供の言葉によって、私の自尊心が壊れる音が聞こえた。
私は、弱者だ。勝手に嫉妬をして、勝手に八つ当たりをして、勝手に泣いて、他者に気を遣わせて、方針者に有効打すら与えられない。
私は精神面も、身体面でも、何もかもが成熟していない残念な人間なのだ。
後日、私は除隊届を提出した。隊長にかなり反対された。さくらにも反対された。
しかし、私の意思は固かった。このような弱者は必要ないのだからな。
「…どうだ、くだらないだろう?歳のせいでも、怪我のせいでもない。私の自分勝手な理由だ。私は逃げただけだ」
言葉を失った。いや正確にはなんで言葉をかければいいか分からなかった。
師匠の心は今も深く傷ついているに違いない。だが、今この状況で励ましてはいけないと思う。
部屋に重い空気が流れた。
「…確かにくだらねぇな」
ここでも口を開いたのはソードだった。




