第30話 習うより受けよ(物理)
「洸平、魔力の維持はしていただろうな?」
「はい、言われた通り…寝る前にだけでしたが、ちゃんと放出してました」
「…放出?」
ソードが不思議そうに首を傾げた。無理もない、ソードは俺がやっているところを見たことがない(まだ不動教授のとこで寝泊まり中)のだから。
「こいつのちょびっとしかねぇ魔力に放出もクソもないだろ笑」
「ソード、黙ろっか」
全く違った。ただ俺を馬鹿にしていただけだったようだ。うるせえな、そんなこと俺が一番分かってるんだよ。
「以前も言ったと思うが、魔力が少ない者は魔法を打つことはできない。しかし魔力が多いからといって魔法を必ずしも打てるとは限らない」
この世界には、魔力を持つ人はたくさんいるが、魔法を使う人はあまり多くない。そこが魔法の不思議なところである。
魔法はイメージとよく言われているが、どうやらそれを踏まえた上で魔力を正しく構築して初めて発動できるものらしい(魔法基礎論より)。
ソードがまさしくその典型的な例で、彼は魔力は膨大にあるにも関わらず、魔法が一切使えないらしい。
…え?師匠から逃げた時のあの水魔法は何かって?あいつの飲みかけの水をうまいことばら撒いただけみたいだ。
それを聞いた師匠は結構ブチ切れてたけど。
「そこでだ、先人は魔力を纏わせる技術を編み出した。洸平、お前には今からそれを習得してもらう」
「あ?それ簡単なことじゃねえか?」
「魔族と人間は違うんだよ。洸平にとってはお前達で言う『気合い』を拳や剣に纏わせろと言っているようなものだからな」
「あーそういうことか、確かにその解釈はあながち間違いじゃねえかもしれないな」
「あのー俺のこと置いていかないでください?」
いつもならすぐに実践に移すことができたというのに、ソードのせいでどうも時間がかかる。というか二人、元々敵対してたんだよな?
「そうだな、じゃあ洸平、いきなり纏わせろというのは難しいだろうからな…受けろ」
「あっ」
終わった。師匠が言う『受けろ』という言葉は
ドゴッ!
「これが普通の打撃。そして」
ドゴッ!!
「これが魔力を纏わせた打撃。どうだ、威力が違うだろう?」
いわゆる力技だ。実際に受けてみた方が分かるという何とも脳筋な理論で、今までも受けてきた。
魔法の受けはまだいいのだ。熱い、冷たい、痛いといっても一瞬だけだから。
ただ拳となると、痛いし、その痛みがしばらく体にこびりつくのだ。骨が折れない程度に調整はしてくれているが、痛いものは痛い。
「…はい、そうでずね…痛かったです」
その様子を見ていたソードはこう思った。
あいつ絶対分かってないだろ、痛みでそれどころじゃないだろう。まあ魔力纏いぐらいなら俺でも教えられる。もしアラユーが教え下手ならこっそり教えてあげよう。
なんだかんだで洸平のことを気にかけるソードであった。
しかし、その心配は杞憂だった。あの殴り稽古?の後は方法を丁寧に説明をして、余計な口出しをせず、必要な部分だけを補うといった修行が続いた。
なんだか、不動の教え方に似ているな。兄妹か何かか?いや名字が違うから違うか。
夕日が沈もうとした時、アラユーが声をかけた
「よし、今日はこの辺にしておこう。夕食の準備をする。まだしたかったらしてもいいが、無理はするなよ?おいソード、洸平をよろしくな」
「え?こいつまだ」
「洸平は自分が満足するまでずっとやり続ける奴だ。真夜中になろうとな。私もまだ話したいことがあるから、20時までには戻るようにしててくれ」
アラユーは小声で俺にそう言った。なるほど、こいつは没頭タイプか、良いこともあるが悪いことでもある。
洸平、修行が始まってずっと動いているが、その体力はどこから出てくる?つーか水くらい飲め。脱水症状になっても知らねえぞ?
俺はとりあえず洸平に水を飲ませ、休憩させた。
「なあ、ソードはどんな感じでやってるんだ?」
「魔力を纏うというやつか?アラユーの説明とほぼ同じだぞ?」
「魔力を全身で感じるってやつ?それがよく分かんないんだよな、出た!って思ってもすぐに魔力が分散しちゃうからなぁ、やっぱ魔力が少ないからかなぁ」
「それもあるかもしれないが…そうだ、良いことを思いついた」
ソードが何かを思い浮かんだようで、急いで師匠の家に戻った。そしてすぐに何かを持って戻ってきた。手には…座布団?
「お前一回『無』になってみろ」
「…は?」
大学ではあんなに腑に落ちる教え方、指導ばかりだったのに、これに関しては意味不明すぎて、開いた方が塞がらなかった。
―とある場所―
「もう4年が経過してしまいました。いかがなさいましょう?」
「もういい、お前達に期待した私が馬鹿だったよ。君達はもう用済みだ。やりなさい」
「おっお待ちください!どうかご慈悲を…ギャァァァ!!」
蝋燭の火のみがついている部屋に、多くの元部下が断末魔をあげ、骨もなく消えた。床に散らばった血を避けながら
「どうでしょう、満足いただけましたか?」
「こんなゴミ、いくら食っても不味い。やはりお前の娘を食らいたい。おおよその居場所は掴んでおるのだろう?なぜ動かない?」
「人間というのは慎重なのです。あと少し証拠が集まった暁には、娘を贈呈致します。ですから、もう少しだけお待ちください」
「その言葉は何度も聞いた。わしも我慢の限界だ、1ヶ月だ、あと1ヶ月経っても見つからないなら、お前を食べる。良いな?」
「…承知致しました。私の娘について、この冬崎勲にお任せください」
月の光に照らされた二つの影は、邪悪に揺れ動いた。




