第11話 絶対者
今日の講義が全て終わり、俺とクラッシュは食堂に来ていた。剛と佐久間(百鬼剛が「名前で呼べ!」としつこかったので名前で呼び始めた)は少しトレーニングを、千尋は姉に話があるとのことだった。
幸いにも思ったよりも食堂は混んでおらず、割と早く注文することができた。食事が乗ったお盆を持ち、窓際の席へ座った。
「「いただきます」」
互いに言って食べ始めた。そして、昼から思っていた疑問をクラッシュにぶつけた。
「それ、絶対食べづらいでしょ」
ご存知の通り、クラッシュは常時頭に茶色の袋を被っている。それは講義の時も、食事の時も、寝る時も、入浴時…はクラッシュ、いつも遅い時間に入るから分からないがおそらく被ったままなのではないだろうか。
「食べづらいよ、もちろん」
じゃあなぜ外さない?クラッシュは普通に話せば比較的まともな人間だが、この時だけは、全く理解できなくなる。もう袋に関して深く考えることはやめよう。
「…そうか。じゃあさ、昨日の風呂だいぶ遅い時間に入りに行ってたけど、それはどうして?」
寮の風呂は共同だ。ホテルの入浴場のような場所が各階にある。寮に住む人間のほとんどはここを利用する。
「だって、他の人に裸は見られたくないし、何より人がゴチャゴチャいる時よりは一人で入りたいんだよね。だからかなり遅めに入るようにしてる」
うん、めっちゃまとも。これに関しては共感できる。なぜ頭の袋だけが…。
すると、突如食堂が静まり返った。しかしすぐにざわつき始めた。周りの人の視線を追うと、どうやら入り口付近に二人の老人が立っていた。
二人が食堂に入ると、学生達は一斉にその老人の道を開け始めた。その様子はまるで参勤交代の殿様と百姓のようだった。
「クラッシュ、あの二人は有名人か何かなのかな?」
「洸平、二人のこと知らないの?右の方は鳳凰財閥の総帥、鳳凰清史郎。左の方は冬崎財閥の総帥、冬崎勲。蔵ヶ峰財閥の総帥はいないね、今言った財閥はこの影夢学院大学の支援をしているよ」
「そんなお偉いさんがどうしてこんな場所に?」
「…分からない。ただ僕たちと一緒でご飯を食べに来ただけなんじゃない」
財閥総帥の二人は食堂のおばさんと親しげに話をしていた。食事を受け取ると、空いてる席に座り、食事を始めた。
このような場所で超大物と出くわすとは、かなり運がいい。これは何か良いことがあるのかもしれないと思った。
食事を終え、部屋に戻った俺とクラッシュは食堂での雑談を再開した。
「洸平はもうすっかり有名人だね。さっきは少なかったけど、周りの人結構後輩のこと見てたよ」
「あぁ、多分俺以外の視線もあっただろう…ね」
俺以外に視線を集めそうな人間を俺は知っているし、なんなら今目の前にいる。袋を被った得体の知れないやつが普通にご飯を食べているというだけで、注目を集めるには十分すぎるくらいだ。
しばらく話していると、今度は学生あるあるの教授(先生)の話になった。
「俺はるかさんが一番強いと思う。…あんな人だけど、オーラが違う」
「俺は不動さんだと思うけど、あの人何でもできそうじゃない?」
「確かに、でも不動教授、基本無表情だがら怒ってるのかよく分からないからちょっと怖いんだよな」
「ね、分かる。でも、絶対者の貫禄といえば多少納得いくかもね」
「クラッシュ、絶対者って何?」
「洸平そんなことも知らずここに来たの?」
呆れた声でクラッシュが答えると、説明し始めた。
「絶対者、それは滅魔隊が誇る最高戦力のことだよ。実力がある選ばれた8人のみが名乗ることができる称号で、少なくとも今日出会った教授はみんな絶対者。あと、君の師匠の荒垣優菜さんも元絶対者だったんだよ」
師匠が元絶対者?確かにかなり常人離れしていると思っていたが、言われてみれば納得する。…あれ?ということは、俺は
「元絶対者から3年間も修行させてもらってたのか?」
「そういうことだね。洸平がおかしいのも、『魔法掴み』を使えるのも辻褄が合う」
なんて贅沢なのだろうか。引退したとはいえ元絶対者、あの日、どうして師匠は俺のことを拾ってくれたのだろうか。
疑問が残る夜であった。師匠からもらったペンダントも月に照らされ、怪しげに光り輝いた。
不動塁は大学の片隅にある小屋へ行っていた。明日の講義で使用する魔族を捕獲するためだ。
不動は小屋の戸に手をかけたが、既に鍵が掛かっていた。
「もう20時を過ぎていたか、仕方がない。まあ今日ではなくても当日で良いことだ」
そう呟いて不動は踵を返した。




