再び交わる運命
「君は、まだあの時のことを引きずっているのか?」
その言葉が、ミレイユの心に深く突き刺さった。アランの声は、冷たく、そして無神経だった。
目の前に立つ彼の姿は、あの日と何も変わっていなかった。金色の髪がきらきらと光り、青い瞳はいつもと同じように高慢で、遠くからでもすぐに彼だとわかる。
だが、そんな彼の姿に、もうミレイユの心は動かされない。
婚約破棄から数ヶ月――長い時間が経ち、心の中の痛みは少しずつ癒えた。あの日、涙も見せずに去って行った彼のことを、今はただ懐かしく思い出すことしかできない。
それでも、彼が言う言葉ひとつひとつが、胸に重くのしかかる。
「引きずっていないわ」
ミレイユは静かに、しかし確信を込めて答える。その言葉に、アランは少し驚いたような顔をしたが、すぐにその表情を隠した。
「そうか。なら、もう一度やり直すこともできるかもしれないな」
その言葉が、またしてもミレイユの心に引っかかった。
やり直す? それは一体どういう意味だろう。婚約破棄の時、彼が告げた言葉を思い出す。
「君のような地味な令嬢より、もっと相応しい相手がいる」
その言葉を、ミレイユは今でも覚えている。それがどれだけ彼女を傷つけたかを、アランは理解していないのだろうか。
「それは無理よ」
ミレイユはそう言って、顔を背けた。彼の顔を直視することができない。
そして、その瞬間、背後から感じる熱い視線に気づく。ミレイユの目が自然とそちらへと向かう。
レオンが、彼女を見守るように立っていた。
彼の顔には、いつもの無表情が浮かんでいる。しかし、その目は深く、鋭く、今まで見たことのない感情を抱えているように感じた。
「レオン…」
思わず声を漏らすと、彼がゆっくりと歩み寄ってきた。
「ミレイユ、行こう」
その一言だけで、ミレイユはその場を離れる決心をした。アランの言葉も、リシェルの視線も、もう何も彼女を引き留めることはなかった。
「待ってくれ、ミレイユ!」
アランの声が背後で響くが、ミレイユは振り返ることなく、そのまま歩みを進める。
レオンの手が、そっと彼女の腕を包み込んだ。手のひらから伝わる温もりに、ミレイユの心は少しだけ軽くなる。
外に出ると、薄明るい空が広がっていた。風が頬を撫で、ミレイユは深呼吸をする。
「ありがとう、レオン」
彼の温かい手が、優しく彼女を引っ張りながら、ゆっくりと歩き出す。あの日からずっと、彼がミレイユの心の支えとなってくれていた。
だが、今、彼の手を握ったその瞬間、ミレイユは気づく。
彼の手が、ずっと自分を守ろうとしていたことに。自分が何度も傷ついて泣いていた時、彼は何も言わずに寄り添ってくれていたことに。
「レオン…」
思わず彼を見上げると、彼の目は遠くを見つめていた。目元にわずかな陰りが浮かび、少しだけ眉をひそめている。
「ミレイユ、俺はもう我慢できない」
その言葉に、ミレイユの心臓が激しく跳ね上がった。
レオンが、突然立ち止まり、彼女をしっかりと見つめる。
「君は、俺のものだ」
その一言が、ミレイユの心に深く響いた。
それは、ただの強い言葉ではなかった。彼の目に宿る真剣な光、それがミレイユの心を突き刺す。
「レオン…」
言葉を失ったミレイユを、彼はじっと見つめていた。沈黙が続く中、レオンの手が、再びミレイユの頬に触れる。
「俺は、最初から君を好きだった」
その言葉は、ミレイユの心に火を灯すようなものだった。自分が気づいていなかったその感情、長い間隠してきた本当の気持ちが、今、はっきりとした形となって現れた。
「でも、あの時…君が婚約破棄されたとき、俺はどれだけ悔しかったか」
レオンの言葉が続く。ミレイユはその言葉に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「俺は、君が幸せになってほしい。だけど、俺だけが君を守るんだ」
その言葉が、ミレイユの心にまっすぐに届く。過去の痛みを、彼と一緒に乗り越えることができる――そんな確信が、胸に湧き上がった。
「レオン…」
その瞬間、彼女は思わず手を伸ばし、彼の胸に顔を埋めた。彼の温もりに包まれながら、涙が静かに流れ落ちる。
「ありがとう、レオン。私は、もう、迷わない」
彼の手が優しく彼女を抱きしめ、そのまま少しの間、二人だけの時間が静かに流れていった。
その夜、ミレイユはレオンと一緒に過ごした。彼と共に過ごす時間が、どれほど幸せで、心が温かくなるのかを実感していた。
そして、明日から始まる新しい日々に対する、わずかな不安も、今はもう感じていなかった。
何もかもが変わる――これから先、どんな試練が待ち受けていようとも、彼と一緒なら乗り越えられる。
ミレイユは、心の中で決意を新たにした。彼と共に歩む未来を、自分の手でつかみ取るのだと。