未来の始まり
その日、社交界での舞踏会が開かれる日がやってきた。ミレイユは久しぶりに、社交界の華やかな世界に足を踏み入れることとなった。数ヶ月前には考えられなかったことだ。あの時、社交界から距離を置いていた自分が、こうしてまたその中心に立つことになるなんて。
「あなたは、どんな気持ちでここに来たの?」
レオンの低い声が耳元で響く。彼は彼女の隣に、いつも通り無言で歩いていたが、その態度には確固たる決意が感じられた。
ミレイユは一瞬、言葉を詰まらせたが、すぐに答える。
「正直、少し緊張しているけれど――でも、怖くない」
彼女はそう言って、レオンの手をしっかりと握り返した。
「あなたが隣にいるから大丈夫」
レオンは微笑んだ。彼女がそう言ってくれることが、何よりも心強かった。
舞踏会の会場に足を踏み入れると、華やかなドレスに身を包んだ貴族たちが一堂に会し、音楽が鳴り響いていた。どこか遠い世界のように感じられたが、今のミレイユにとっては、どこか安心できる場所でもあった。
「こちらにいらっしゃるのは、ミレイユ・クラウゼ嬢とレオン・ヴァルト様ですね。」
そんな声が聞こえ、ミレイユは少し驚いた。誰かが彼女とレオンに注目している。
振り向くと、アランが立っていた。その顔は、かつての婚約者としての優雅さを欠かすことなく、冷たい微笑みを浮かべている。その隣には、リシェルも微笑んで立っていた。彼女の目には明らかな挑戦的な光が宿っている。
「お久しぶりですね、ミレイユ。レオン様も」
アランが落ち着いた声で言うと、リシェルも軽くお辞儀をした。
「久しぶりです」
ミレイユは冷静に返事をしたが、その心は少しだけ緊張していた。
アランが少し目を細めて言った。
「私たちが再び婚約を決めたこと、お祝いを言うべきかどうか、迷っていたんだ。ああ、ミレイユ、あなたに祝福してもらいたかったな」
その言葉に、ミレイユは内心で少しだけ吐き気を覚えた。アランの無神経さは、以前と変わっていない。だが、彼女は冷静さを保とうと努め、しっかりと彼を見返した。
「おめでとうございます」
ミレイユは、心の中で吐き出した言葉をそのまま口にした。
「幸せになってください」
その言葉にアランは少し意外そうな顔をしたが、すぐに何事もないかのように微笑んだ。
「ありがとう、ミレイユ。それと、もしよければ、私たちのことを認めてくれると嬉しいんだが」
リシェルが微笑みながら言った。
「あなたも、私たちの幸せを祝福してくれると嬉しいですわ、ミレイユ」
その言葉の裏にある意味を、ミレイユはしっかりと感じ取った。リシェルは、彼女がどんな気持ちでいるのかを試すように、挑発的な目で見つめている。
その時、ミレイユの隣に立っていたレオンが、静かに一歩前に出た。
「ミレイユは、俺のものだ」
レオンの声は、他の誰にも聞こえるくらい、はっきりとした力強さを持っていた。
その言葉に、会場の空気が一瞬止まったように感じられた。
アランがその言葉に反応して微笑む。
「そうか、レオンもあれから変わったんだな。でも、ミレイユはもう、俺の過去の――」
「過去でも、未来でもない」
レオンは冷静に言い返した。
「俺の隣にいるのは、ミレイユだ」
その言葉に、リシェルが少し顔を歪めた。彼女の目には、強い怒りのようなものがにじんでいた。だが、ミレイユはその怒りを感じるよりも、レオンの言葉に心から安堵していた。
「ミレイユ」
レオンが静かに彼女の名前を呼び、彼女はその声に応えるように見上げた。
「大丈夫」
ミレイユは彼に微笑んで答えた。
「私、あなたの側にいる」
その瞬間、アランとリシェルの表情が微妙に変わった。彼らがどれだけ彼女を試そうとしても、もうミレイユは揺らがない。レオンと共にいることが、何よりも大切だと心から感じていた。
「そうか」
アランは何とも言えない笑みを浮かべたが、その目には、どこか悔しさが見え隠れしていた。
「それじゃ、俺たちはこれで」
レオンが一歩踏み出すと、ミレイユもその手をしっかりと握り返した。
会場を後にする二人の背中に、アランとリシェルはその場で見送るしかなかった。彼らが何を思っているのかは分からなかったが、ミレイユにとってはもうどうでもよかった。
「さあ、行こう」
レオンが低く言った。
「これからは、二人で歩んでいこう」
「うん」
ミレイユは静かに頷き、レオンの手を握り返した。その手の温もりを感じながら、二人は社交界の賑やかな喧騒を背に、歩みを進めた。
これからの未来が、どんなに不確かであろうとも、彼女はもう迷わなかった。自分で選んだ道を、彼と一緒に歩む覚悟ができていた。
そして、春の風が二人を優しく包み込む中、ミレイユは心の中で強く誓った。自分が選んだこの道を、決して後悔しないように――