抑えていた想い
舞踏会の後、ミレイユは再び静かな日常に戻った。だが、あの夜の出来事が胸に重くのしかかっていた。特にレオンの言葉――「俺は、ミレイユを守る」――その一言が、何度も心の中で響いていた。
あの日、レオンの眼差しはまるで彼女を守る盾のようだった。無言の強さ、そして、決して揺るがない意志。それを感じた瞬間、ミレイユは自分の中で何かが変わったのを確かに感じていた。以前のように、レオンにただ甘えたり、頼ったりすることはできない。彼はもう、彼女を守るべき存在から、彼女と並び立つべき存在になったのだ。
「ミレイユ、元気か?」
次の日、いつものようにレオンが家に訪ねてきた。彼の無口な挨拶が、ミレイユには心地よい。彼がただそこにいるだけで、何も言わなくても、自然と心が落ち着く。
「うん、元気よ」
ミレイユは微笑みながら答え、レオンにお茶を差し出した。
レオンはそのお茶を受け取ると、黙って一口飲んだ。しばらくの間、二人はお互いに言葉を交わさず、静かな時間を過ごした。
だが、その沈黙を破ったのはレオンの声だった。
「俺、あの時、ちょっと言い過ぎたかもしれない」
その言葉に、ミレイユは驚いた。レオンが自分から言葉を発することは少なく、ましてや自分を心配させたことを口にするなんて珍しいことだったからだ。
「どうして?」
ミレイユは心配そうに尋ねる。
レオンは少し考え込み、目を伏せた。
「お前、アランとのことを気にしてるだろう。だから、俺があんな風に言ってしまったことを……お前を困らせてしまったんじゃないかと思って」
その言葉に、ミレイユは胸が少し温かくなるのを感じた。レオンは、彼女の気持ちを本当に気にかけているのだ。だが、それでも――
「レオン、あの時、私はあなたの言葉が嬉しかったわ」
ミレイユは静かに答えた。
「でも、私はもう、アランに何かを感じることはないと思う」
「でも、あいつが来るたびに、お前が気まずそうにしてるのが分かる」
レオンは、ミレイユの目を見つめながら言った。
「俺はそれが嫌だった。俺が、もっとお前を守れたら……と思って」
その言葉に、ミレイユは心の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。レオンが自分のためにそんなことを考えてくれていたことが、胸を締めつける。
「レオン……」
ミレイユは静かに呼び、彼を見つめた。
「私は、あなたがいてくれて、本当に安心している」
その言葉は、ミレイユの心の中に溜まった感情を吐き出すようなものだった。長い間、心の奥底にしまい込んでいた思いを、ついに口に出したのだ。
だが、その時、突然、玄関の扉が開く音が聞こえた。
「ミレイユ、ちょっといいか?」
その声に、二人は思わず振り返る。扉の前に立っていたのは――アランだった。
その顔には、かつてのような自信がみなぎっていた。だが、ミレイユの心はすでに冷静だった。アランが現れたことで、何かが動揺することはもはやない。
「アラン、どうしてここに?」
ミレイユは冷静に尋ねた。
「ちょっと、話がしたくて」
アランは軽く肩をすくめながら言った。
「君のことを、ずっと気にしていたんだ」
その言葉に、ミレイユは少し眉をひそめた。アランが自分に何を言いたいのか、全く分からなかった。だが、その時、レオンが立ち上がり、アランに向かって一歩踏み出した。
「お前が、ここに来る理由は分かっている」
レオンは冷徹な目でアランを見つめ言った。
「ミレイユに近づくな。俺が許さない」
その言葉に、アランは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「レオン、君も変わったな。昔はもっと素直だったのに」
アランはあえて挑発するように言った。
「ミレイユのことを、そんなに守るなんて、どうしたんだ?」
その言葉に、レオンの目が鋭く光った。しかし、ミレイユは冷静にその場を見守ることにした。これが、彼女の心の中で終わったことを意味するのだと、アランがどんなに挑発しても、もう動揺することはないと確信していた。
「私のことを、もう放っておいて」
ミレイユは静かに言った。その一言が、会話を切り裂くように響いた。
アランはしばらく黙っていたが、最終的に肩をすくめて言った。
「分かったよ。君がそう言うなら、もうこれ以上は言わない」
それを聞いたレオンは、ようやく少しだけ安堵したように肩の力を抜いた。
「さっさと帰れ」レオンの声には、もう怒りもなかった。ただ、冷徹な一言だけが、アランに向けられていた。
アランは一度ミレイユを見つめ、最後に一言、「じゃあな」とだけ言い残し、部屋を出て行った。
ミレイユは、その後しばらく黙っていた。アランが去った後、レオンが再び彼女の隣に戻ってきた。
「ミレイユ……」
彼女はただ静かに、レオンの手を取った。言葉は必要ない。ただ、彼の手のひらを感じることで、すべてが伝わったような気がした。
「ありがとう」
ミレイユは静かに言った。
そして、レオンはゆっくりと、しかし確かに答えた。
「俺は、ずっとお前を守る」
その言葉に、ミレイユの胸は温かく満たされ、ようやく、心の奥底に抱えていた不安が少しずつ消えていくのを感じた。