心の選択
アランの目が一瞬、冷たく瞬いた。リシェルはその表情を見逃さず、微かに唇を噛んでから、すぐに表情を引き締めた。
「そうですか……」
アランが低い声でつぶやく。
「でも、友達としても、君には少しだけでも許してほしいと思っていたんだ」
ミレイユは冷静にその言葉を受け止め、心の中で微かにため息をついた。それでも、表情を崩すことなく、静かに答えた。
「あなたが選んだ道を、私はもう追わない」
ミレイユはその言葉に強い意志を込めて告げた。
「だから、私も自分の道を歩むわ」
その一言に、アランの瞳にわずかな驚きの色が浮かぶ。それでも、彼はすぐに冷静さを取り戻し、深く頷くと、少しだけ肩をすくめてみせた。
「そうか……」
その後、アランは一歩後ろに下がり、リシェルの手を取った。リシェルはその時、微かに不満そうな表情を浮かべたが、すぐにそれを隠し、ミレイユに向かって再び微笑みを見せる。
「ミレイユ様、私たちは本当に幸せですから」
リシェルは、表向きの笑顔を崩さずに言った。
「あなたも、どうか幸せになってくださいね」
その言葉の裏には、確かに挑発的な意味が込められていると感じたが、ミレイユはその挑発に乗ることなく、穏やかに微笑んだ。
「ありがとう」とだけ答え、視線をアランから外した。
その時、レオンがミレイユの隣に立ち、静かに彼女の手を握りしめる。彼の手は強く、温かかった。ミレイユはその手のぬくもりに心を落ち着け、少しだけ肩の力を抜いた。
「帰ろう」
レオンが優しく言った。
その言葉に、ミレイユはうなずき、二人はその場を後にした。
舞踏会の喧騒から一歩外れた瞬間、ミレイユは心から安堵の息を漏らす。まだ少しだけ、心の中でアランのことが引っかかっていたが、レオンがいることで、少しずつその重荷が軽くなっていくのを感じていた。
二人はしばらく無言で歩き続けた。誰もが知る華やかな舞踏会の喧騒が、後ろに遠ざかるたびに、ミレイユの心もまた少しずつ軽くなっていく。やがて、二人は庭園にたどり着いた。月明かりの下で、静かな夜風が二人の間を吹き抜ける。
「レオン、ありがとう」
ミレイユはふと口を開いた。
「今日は、ずっと不安で、怖くて……」
「わかっている」
レオンは静かに答える。
「でも、お前はもう一人で立てる。俺がそばにいなくても、お前は強い」
その言葉に、ミレイユはしばらく黙っていた。確かに、レオンの支えがあったからこそ、今の自分がいるのだと実感する。その一言一言に、あたたかさを感じながら、心の中にじわりと広がる感情を抑えきれずにいた。
「レオン、私……。」
その時、レオンがふと彼女の手を引き、軽く振り向いた。月明かりに照らされたその顔には、いつもの無表情な面影がありながらも、どこか真剣な色が浮かんでいた。
「お前が怖いのはわかる。けど、俺はお前に言っただろう。お前が幸せになるように、俺が守るって」
その言葉に、ミレイユはその胸がぎゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。レオンの言葉は、いつも無意識に彼女の心を強く引き寄せる。
「でも、私はもう、誰かに選ばれるのを待つのはやめた」
ミレイユは顔を上げ、レオンをじっと見つめながら言った。
「私が選んでいいんだって、思うようになったから」
その言葉に、レオンは一瞬だけ微笑んだ。その笑顔には、どこか安堵の色が浮かんでいた。
「俺が言いたかったのは、それだ」
レオンは少し照れくさそうに言った。
「俺も、ずっとお前を選んできた。でも、それでいいんだ」
その瞬間、ミレイユの胸に温かいものが広がった。彼の言葉が、彼女の心にしっかりと響いた。
「レオン……」
その言葉と共に、二人はふと視線が交差した。月明かりの下、あたりは静寂に包まれている。しばらくそのまま立ちすくんでいたが、レオンが軽く手を伸ばし、ミレイユの髪を優しく撫でた。
「俺は、お前が選んだ道を、ずっと歩いていくよ」
レオンの声は、今まで以上に深く力強く感じられた。
ミレイユは目を閉じ、そっとその手のひらを感じた。心の中にぽっと灯った温かい光を、無意識に胸に抱きしめながら、静かに頷いた。
「私も……」
そして、二人はしばらく黙ってその場に立ち、夜の静けさの中でお互いの存在を確かめ合った。
――これが、私が選んだ道。
ミレイユはその確信を胸に、レオンと共に歩き出した。社交界の喧騒から遠く離れた静かな庭園で、二人の未来が少しずつ形を成していく。