最後の審問と、選ばれる未来
王都・審問の間。
重厚な扉の向こうには、王と宰相、そして有力貴族たちが並ぶ公式の場。
その中央に、ミレイユとレオンが立っていた。
「サラズ家より告発があった。ミレイユ・クラウゼ嬢、およびレオン・ヴァルト騎士による規律違反の疑いについて――審問を行う」
王の声は厳粛で、空気が張りつめる。
リシェルは、黒の正装に身を包み、涼しげな顔で座っていた。
その口元には、勝者のような笑みが浮かんでいる。
(ふふ……さあ、高潔な令嬢の化けの皮、はがしてあげる)
一方、ミレイユは恐怖を押し殺し、唇を結んでいた。
隣に立つレオンの温もりだけが、彼女の背を支えている。
「証人として、サラズ令嬢、そしてベレスタイン家嫡男・アラン殿も招かれている。では、まず――告発者の意見を」
王の言葉に応じて、リシェルが立ち上がる。
「私たち貴族が騎士に求めるのは、公正で忠誠ある態度です。しかしこの二人は、私的な関係を利用してその立場を歪めた。
特に、クラウゼ嬢はレオン殿に個人的な護衛を命じ、それを貴族社会での立場回復に利用しておりました」
冷ややかな言葉に、周囲がざわついた。
「……私的護衛は、必ずしも禁止ではないはずです」
ミレイユが静かに反論する。
「私たちは、あくまで身の安全のために必要な範囲で……」
「ですが、その必要は、誰が決めるのです?」
リシェルが切り返す。
「恋人だからでは、理由になりません。そうですよね? ミレイユ・クラウゼさん」
その声には、あのとき舞踏会で見せた仮面の奥の、刺すような毒が込められていた。
「……」
ミレイユは何も言い返せなかった。
けれどその沈黙を、レオンが破る。
「俺からも、話をさせていただきたい」
ざわめきの中、レオンは前に出た。
「確かに、私はミレイユ嬢の傍を守っていた。しかしそれは私的な欲望ではない。元々、彼女は一方的な婚約破棄により危険な立場にあった。当時、ミレイユ嬢の名誉が損なわれ、行く先々で陰口や悪意の視線にさらされていたんだ」
レオンは、一人ひとりの貴族を見回しながら言葉を続けた。
「誰も助けようとしなかった。ただ黙って傍観していた。
その中で、俺だけは――見て見ぬふりはできなかった」
その声に、場が静まり返る。
「俺は、クラウゼ家の人間でも、社交界の一員でもない。ただの騎士です。
でも……ミレイユは俺にとって、守るべきただ一人だった。
公私の区別などと仰るなら、こう言いましょう。
私は彼女を守ると誓った。ただの任務としてではない。――心から、愛する者として」
「……!」
ミレイユの目が見開かれる。
会場も一瞬、凍りついたように動きを止めた。
王の瞳が、じっとレオンを見つめている。
「……誓うのか? その想いを、騎士としての名誉をかけて?」
「はい。たとえこの場で罰を受けても、俺は後悔しません。
この命が尽きるまで、ミレイユを守ると、ここに誓います」
それは、誰の心にも届く、まっすぐな言葉だった。
やがて――王は小さくうなずいた。
「よかろう。騎士ヴァルトの忠誠は、王としても認めよう。また、クラウゼ嬢に対する不当な誹謗についても、再度の審査を命じる。この件、告発は棄却とする」
「……っ!」
リシェルが、初めて顔を歪めた。
だが、すでに遅かった。
ミレイユは、すぐ隣で立つレオンを見つめ――
静かに、そして、はっきりと言った。
「……私は、かつて選ばれるのを待つだけの人間でした。でも今は違う。私は、レオンを選ぶ。彼が誰にどう言われても、私は彼の傍に立つわ」
その瞬間、王の厳しい表情がやわらいだ。
「それでこそ、クラウゼ伯の娘だ。――堂々たる答えだ」
その言葉とともに、審問の間に拍手が起こる。
すべてが終わった――そう、思えた。
外へ出た瞬間、ミレイユはレオンに向き直った。
「ねえ、レオン」
「ん?」
「さっきの、愛する者としてって……」
「……嘘じゃない」
彼は、照れくさそうに目を伏せて、ぽつりとつぶやいた。
「本気で、そう思ってる。だから……お前が選んでくれたこと、何より嬉しかった」
ミレイユは、ゆっくりと歩み寄り、彼の胸元に顔をうずめる。
「……私もよ。ありがとう、レオン」
そうしてふたりは、春の光の中へと歩き出した。
これが、彼女が自分で選んだ未来――
その第一歩だった。