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過去の痛みと、今の静寂(後編)

「本当に、行くのか?」


レオンの低い声が、ミレイユの耳に届く。窓辺に立つ彼の背中が、どこか無防備に感じられた。普段は冷静で落ち着いた彼だが、今は何かしらの感情が抑えきれずに滲み出ているように見える。


ミレイユは招待状を握りしめたまま、レオンの視線を避けるように目を伏せた。


「……行かないと、何も変わらないでしょ」


「変わる必要なんてない」


レオンの言葉に、ミレイユは一瞬、言葉を失った。彼の声には、強い決意が込められている。しかし、その中にあるのは、どこか諦めのような感情でもあった。


ミレイユは苦笑した。レオンの言うことが、まるで彼自身の心情を代弁しているかのように感じられた。


「でも、私は、ちゃんと自分で決めたかったの。どんな理由であれ、私がどうしてアランと別れたのか、それを説明するためには、どうしても彼と向き合わなければいけない。そうしないと、私自身、前に進めない」


ミレイユは自分に言い聞かせるように言った。アランとの別れは、未だに心の中で解けない結びつきがあったからこそ、きちんとした形で終わらせたかった。未練があるわけではない。それでも、心の奥で何かが残っていた。


「……でも、無理に行かなくてもいいんだよ。俺は、君が無理する必要なんてないと思う」


その言葉に、ミレイユはふと心が揺れるのを感じた。レオンはいつも、彼女を大切に思ってくれているのだと、わかっていた。しかし、今はそれを素直に受け入れられない自分がいる。


彼女はレオンを見上げた。その目に映る彼の真剣な表情を見て、少しだけ胸が痛んだ。


「レオン……ありがとう」


「行かなくていいなら、それが一番だ。君は、もう無理をしなくてもいい」


「……でも、私、どうしても自分の気持ちに決着をつけたいんだ。アランに会って、ちゃんと自分を答えたい」


レオンはしばらく黙ったまま、ミレイユを見つめていた。その眼差しに、言葉にできない何かが込められているように感じた。彼が何を思っているのか、ミレイユにはわからなかった。ただ、彼の気持ちがどこかで交わっていないような気がした。


「……行くなら、せめて気をつけてくれ」


レオンの声には、微かな諦めが混じっていた。それはまるで、彼がミレイユに対して抱えている感情が、彼女の決断に対して無力であることを示しているようだった。


その瞬間、ミレイユはふと思った。レオンの気持ちに気づかないふりをしている自分が、どれほど彼を傷つけているのだろうかと。彼の優しさを受け入れることに、なぜか怖さを感じていた。


――その時だった。


突然、ドアが開く音がした。驚いて振り向くと、そこには家族の使用人が立っていた。


「ミレイユ様、舞踏会のご案内をお持ちしました」


「舞踏会……?」


ミレイユは目を瞬かせた。使いが手に持っていたのは、またもやアランからのものだった。さらに、アランの婚約者リシェルからの手紙が添えられていた。


「これも……?」


「はい。アラン様から、リシェル様がご一緒に舞踏会での再会をお望みだということです」


使いの話を聞きながら、ミレイユの胸はだんだんと高鳴ってきた。アランからの手紙にあった言葉を、もう一度確かめる。


『リシェルも一緒にお会いしたいと言っておりました。お時間が許せば、ぜひお越しいただけますように』


その文面が、どこか微妙に皮肉めいているように感じられた。リシェルが、わざわざ手紙を添えてきた理由は、まさに自分を試すような挑戦的な意味が込められているのではないかと、ミレイユは感じていた。


「……行ってもいいんでしょうか?」


ミレイユはふと、レオンに目を向けた。彼の表情は、変わらず真剣だが、どこかその目には悔しさが浮かんでいるようにも見えた。


「君が行くなら、行けばいい。でも……」


「わかってる。でも、私は自分で決めたい」


ミレイユは、再び決意を固めた。アランとの再会を果たすことは、過去に縛られた自分を解放するための唯一の方法だったから。どんな結果が待っていようとも、それを受け入れる覚悟が必要だ。


そして、その決意が、今度はレオンの心にも一筋の疑念を呼び起こしていた。それでも、彼は何も言わずに、ただ黙って頷いた。


「気をつけろよ、ミレイユ」


彼の声には、これ以上言葉にできない感情が込められていた。ミレイユはその言葉を胸に刻みながら、深呼吸をした。


彼女の心の中で何かが変わり始めていた。アランとの再会が、彼女をどこへ導くのか。それを確かめるために、彼女は舞踏会に足を運ぶ決意を固めた。


そして、その先に待つものが、何であれ――


――彼女の運命を決定づける瞬間が、そこにあった。


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