ふたたびの再会、そして決意
舞踏会の熱気は夜の始まりとともに高まっていた。
貴族たちの華やかな笑い声と、楽団の奏でる優雅なワルツがホールを満たしている。
その中に、ミレイユとレオンは静かに立っていた。
彼女の手を取るレオンの手は、いつもより少しだけ強く、そして温かい。
「緊張してるか?」
レオンが低く尋ねた。
ミレイユは小さく頷く。
「少しだけ。でも、あなたがいるから……大丈夫」
ほんのわずかな震えも、彼の手の中で静まっていく。
それだけで、ミレイユは深く息を吐き、顔を上げた。
「行こう。逃げないって決めたから」
その言葉に、レオンが満足そうに口角を上げる。
「なら、俺が一歩後ろで支えるだけだ」
――そして、彼らはホールの中心へと歩き出した。
「まあ……」
声がした。どこかで聞き覚えのある、甘く澄んだ声。
「これは驚いたわ。まさかあなたが、また社交の場に戻ってくるなんて」
ミレイユが振り向くと、そこには完璧な微笑みを浮かべたリシェルの姿があった。
今日も、まるで舞踏会の女王のような豪華なドレスを身にまとい、周囲の注目を集めている。
だが、その目だけは――相変わらず冷たく、鋭い。
「……リシェル様。ごきげんよう」
ミレイユは丁寧に挨拶を返す。その声に、ほんの少しの緊張がにじんでいた。
「おや、ずいぶんとご立派になって。レオン様がついていらっしゃるからかしら?」
リシェルは軽く笑ったあと、すっと視線を横に向ける。
「アラン様、あなたもご覧になって?」
そう言って、もう一人の人物を呼び寄せた。
その名を聞いた瞬間、ミレイユの心がふっと冷たくなる。
「……久しぶりだな、ミレイユ」
ゆったりと歩み寄ってきたのは、かつての婚約者――アラン・ベレスタイン。
金髪に整った顔立ち、堂々たる佇まいは変わらない。だが、どこか影のようなものが、その目の奥に宿っていた。
「君がこうして出てくるとは思わなかったよ。少し……安心した」
その言葉はどこか偽善的で、ミレイユの中に眠っていた痛みを軽く引っかいた。
「ご心配なく。私は、もう過去に縛られるつもりはありません」
その言葉に、アランが一瞬だけ目を細める。
リシェルがそれを察して、すぐに割り込んできた。
「まあまあ、そんな言い方はしないで。ね? 私たち、昔は仲良くしていたじゃない」
まるで善意に満ちたふりをして、リシェルはミレイユの手に触れようとする――が、
「その手を引っ込めろ」
レオンの声が鋭く飛んだ。
場の空気がぴんと張り詰める。
リシェルが驚いたように目を見開き、アランが眉をひそめる。
「レオン様……?」
「ミレイユに必要以上の接触は許さない。――お前たちの善意が、どれほど薄っぺらいものか、俺はよく知ってる」
誰よりも冷静だったレオンが、はっきりと敵意をあらわにする。
その瞳は真っ直ぐにリシェルとアランを見据えていた。
「……俺はもう、黙って見ているつもりはない。ミレイユをこれ以上、誰にも傷つけさせない」
ミレイユの目が潤んだ。
言葉にはしなかったが、胸の奥が熱くなり、自然と彼の手を握り返していた。
リシェルは、そんな二人の様子を見て、ふっと鼻で笑った。
「ふぅん……そこまで言うなんて、ずいぶんと入れ込んでいるのね」
「そうだ。俺は、ミレイユを愛してる。――ずっと前から」
その瞬間、舞踏会の音楽さえも止まったかのように、空気が静まり返った。
貴族たちの視線が、次々とふたりに集まる。
レオンはまったく動じず、ただ真っすぐにミレイユを見つめ続ける。
「ミレイユ、もう一度聞く。お前は――俺の隣に来てくれるか?」
ミレイユは、そのまま静かに頷いた。
「うん。……私の意志で、あなたを選ぶ」
小さくとも、確かなその声は、リシェルとアランの方へ向けられた答えでもあった。
彼らがどれほど過去を引きずろうと、ミレイユはもう、未来へ進むと決めたのだ。
舞踏会の終盤、二人はそっとホールを抜け出していた。
月光が降り注ぐ中庭を歩きながら、ミレイユはレオンの隣でそっと呟く。
「……あの時、もしあなたが来てくれなかったら、私はまだずっと、傷の中にいたかもしれない」
「でも、来た」
「うん。来てくれた」
二人の視線が重なり、自然と唇が触れ合った。
それは静かで、優しく、過去を越えて未来をつなぐキス。
そして、ミレイユの中で何かが確かに変わった。
もう、誰かに選ばれるのではない。
選ぶのは――自分だ。




