揺れる心
夜の静寂が二人を包み込む中、ミレイユはレオンの手をしっかりと握りしめながら歩き続けた。彼のぬくもりが、心の中に深い安心感を与えてくれる。それでも、心のどこかで不安がちらついていた。
「レオン、本当にこれでいいのかしら?」
思わず口に出してしまったその言葉に、レオンは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに静かに答える。
「何がだ?」
「私は、あなたに選ばれたことで本当に幸せだけど…それでも、まだアランのことが完全に頭から消えたわけではないの」
ミレイユは自分の気持ちを整理するために、少し立ち止まると、星空を見上げた。今、目の前にいるレオンは間違いなく彼女にとってかけがえのない存在だが、どうしてもアランとの過去がついて回る。
「アランと過ごした時間が、私にとって無駄だったわけではないから…」
その言葉は、レオンにとっても痛かったかもしれない。しかし、彼は静かに彼女を見つめ、深呼吸を一つしてから答えた。
「お前がどれだけ苦しんだか、俺だって知っている。お前がアランを完全に忘れるなんて無理だと思う。でも、俺はお前が選んだ道を支える」
ミレイユはその言葉に胸を打たれた。自分を選んでくれたレオンの強さに、少しだけ自分が不安だったことが恥ずかしくなった。しかし、その一方で、彼に対して感じる温かさと、彼と共にいたいという想いがますます強くなっていった。
「ありがとう、レオン」
「気にするな。俺は、お前が笑顔でいられるなら、それだけで満足だ」
その言葉が、ミレイユの心に深く響いた。レオンの優しさは、彼女がどれだけ辛い時でも、静かに支えてくれる。そのことに、彼女は心から感謝していた。
だが、心のどこかで、アランの存在が完全に消えることはなかった。彼がいなくなったことに対する喪失感が、時折心の中でこみ上げてくるのだ。
「でも、もう二度とあんな思いはしたくない」
ミレイユは、静かに呟いた。その言葉には、過去の傷が深く刻まれていることがわかる。彼女はもう二度と、誰かに傷つけられることが怖いのだ。だからこそ、レオンのような存在がいてくれることが、どれほど大きな支えであるかを改めて感じていた。
レオンはその言葉を聞き、しばらく黙っていたが、やがてゆっくりと答えた。
「お前が怖がることはない。俺が、絶対に守ってやる」
その一言に、ミレイユは無意識に目を細めた。レオンの言葉には、確固たる決意と彼女を守りたいという強い意志が込められていた。その言葉が、彼女の心をすっと温かく包み込む。
「私、あなたと一緒にいたい。これからも、ずっと」
「俺もだ」
その瞬間、ミレイユはレオンの目の中に、確かな愛情を見て取った。彼は、無口で不器用だが、その気持ちは嘘偽りなく彼女に伝わってきた。
二人はそのまま、ゆっくりと歩みを再開した。まだ道のりは長いが、彼女はレオンと共に歩む未来を信じることができるようになった。
しかし、夜空の下に静かに響く足音の向こうには、まだ彼女の前に立ちはだかる壁があった。それは、アランという存在だ。
「ミレイユ、君は本当に幸せになれるのか?」
アランの言葉が、耳の奥で反響する。あの時、アランは何を言おうとしていたのか、今でも彼女の胸にはその問いが残っていた。
『僕が君を再び選んでやる』
アランのその言葉には、まだ心の中に何かが残っているような気がした。だが、今、ミレイユは確かに感じていた。彼女が選ぶべき道は、もう一度アランのもとに戻ることではない。
彼女の手を引いてくれるのは、他でもないレオンだということが、はっきりとわかっている。
「私は、今の自分が一番大事」
その確かな気持ちを、ミレイユは心の中で強く抱きしめた。過去を乗り越え、今の自分を大切にしていくことが、何よりも大切だと感じた。
レオンは、そんな彼女の気持ちに気づいているのだろうか。
ふと見上げた空に、また一つ星が瞬いた。それはまるで、二人の未来を照らす小さな灯火のように、彼女の心に光をもたらす。