えいちゃん
「…?うん!しあわせだったよ!」
にっこりと微笑む彼の顔を確認し、書類の はい に丸をつける。これで僕の仕事は終わり。なんて簡単な仕事だろう。不備がないことを上司に確認してもらったら、初仕事終了だ。僕は席を立ち軽い足取りで上司の元へと向かう。
「すみません、書類の確認お願いします。」
カタカタとリズムよくキーボードを押す音が止まり、ゆっくりと僕の持つ書類に目を落とす。
「君は確か新人の…。」
「あ、岸と申します。よろしくお願いします!」
「そうか…じゃああの子が君の初めてのお客様だね。」
瑛太くんの姿を確認し、軽く微笑むと書類に判子を押した。はい と僕の手元に先ほどの書類が返ってきた。
「ありがとうございます!…え?不備…ですか?」
「えぇ。不備です。」
僕は納得がいかずに書類を見つめる。氏名、受領日、必須項目…全て正しく記載されているのに一体なぜ不備なのだろうか。
「君はあの子がなぜ幸せだと感じているのか、確認したかな?」
そう問いかけるとまたカタカタとキーボードを鳴らし始めた。
そんなことマニュアルには書いていなかったのに。必要なことなのだろうかとモヤモヤした気持ちを抱えながら、彼の前へ戻る。
「えっと…瑛太くんはどうして幸せだと思ったのかな?」
「?しあわせだからだよ!ぼくはとってもしあわせだったよ!」
そうだよな。幸せに理由はないよな。僕は彼が先ほどまでいた課、彼方申請課から届いた冊子に目をやる。慎ましいながらも幸せそうに暮らしていた様子が綴られている。僕はあるページで手が止まった。
「瑛太くん…入院していたの?」
「うん!」
「ずっと?」
「うーん…おうちにかえったりしたよ!でも、びょういんのほうがおおかったかも!」
彼は産まれてからその生涯を終えるまでのほとんどの時間を、小さなベッドの上で過ごしていた。僕に医療の知識はないが、相当辛く苦しい日々だっただろう。家族に会える時間も、自由に過ごせる時間も体も、彼にはほとんどなかったのだ。
「…これじゃ…。」
幸せなんかじゃないじゃないか。僕は言葉を飲み込んだ。痩せ細った体に、終わらない吐き気と痛み。幸せとはほぼ遠い見た目と生活に、僕は言葉を選びながら彼に問いかけた。
「痛かった?」
「いたかったよ」
「辛かった?」
「つらかったよ」
「寂しかった?」
「さみしかったよ」
「もっと…」
生きたかった?とは聞いてはいけない気がした。
「ぼくね、しょうがっこういきたかったの。ほいくえんもちょっとしかいけなかった。おにごっこもしたかったんだよ。」
先ほどとは打って変わって、僕の目が潤む。そう…だよな。やりたいことたくさんあったよな。やりきれないよな。
「でもね、いつもみんなやさしくてね、ぎゅっとしてくれるの。だいすきだよって。だからね、いやなこともだいじょうぶだったよ!」
小さく鼻を啜り彼を見る。照れくさそうに微笑んでいたその顔は、ふっくらとした肉付きの良い健康そのものの見た目をしていた。愛に塗れたその姿はきっと彼自身と、彼の両親が望んだ姿なのだろう。そこには苦痛の色は一切なかった。
「やりたいこともいっぱいあったけど、ぼくはぜったいしあわせだったよ。」
「どうしてそう思うの?」
彼は自信に満ち溢れた目でまっすぐ僕を見る。
「だってね、パパとママがいってたの。だいじょうぶだよ、あいしてるよって。」