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彼方へ  作者: いちや
1日目
3/4

えいちゃん

「…?うん!しあわせだったよ!」

 にっこりと微笑む彼の顔を確認し、書類の はい に丸をつける。これで僕の仕事は終わり。なんて簡単な仕事だろう。不備がないことを上司に確認してもらったら、初仕事終了だ。僕は席を立ち軽い足取りで上司の元へと向かう。

「すみません、書類の確認お願いします。」

 カタカタとリズムよくキーボードを押す音が止まり、ゆっくりと僕の持つ書類に目を落とす。

「君は確か新人の…。」

「あ、岸と申します。よろしくお願いします!」

「そうか…じゃああの子が君の初めてのお客様だね。」

 瑛太くんの姿を確認し、軽く微笑むと書類に判子を押した。はい と僕の手元に先ほどの書類が返ってきた。

「ありがとうございます!…え?不備…ですか?」

「えぇ。不備です。」

 僕は納得がいかずに書類を見つめる。氏名、受領日、必須項目…全て正しく記載されているのに一体なぜ不備なのだろうか。

「君はあの子がなぜ幸せだと感じているのか、確認したかな?」

 そう問いかけるとまたカタカタとキーボードを鳴らし始めた。

 そんなことマニュアルには書いていなかったのに。必要なことなのだろうかとモヤモヤした気持ちを抱えながら、彼の前へ戻る。

「えっと…瑛太くんはどうして幸せだと思ったのかな?」

「?しあわせだからだよ!ぼくはとってもしあわせだったよ!」

 そうだよな。幸せに理由はないよな。僕は彼が先ほどまでいた課、彼方(かなた)申請課から届いた冊子に目をやる。慎ましいながらも幸せそうに暮らしていた様子が綴られている。僕はあるページで手が止まった。

「瑛太くん…入院していたの?」

「うん!」

「ずっと?」

「うーん…おうちにかえったりしたよ!でも、びょういんのほうがおおかったかも!」

 彼は産まれてからその生涯を終えるまでのほとんどの時間を、小さなベッドの上で過ごしていた。僕に医療の知識はないが、相当辛く苦しい日々だっただろう。家族に会える時間も、自由に過ごせる時間も体も、彼にはほとんどなかったのだ。

「…これじゃ…。」

 幸せなんかじゃないじゃないか。僕は言葉を飲み込んだ。痩せ細った体に、終わらない吐き気と痛み。幸せとはほぼ遠い見た目と生活に、僕は言葉を選びながら彼に問いかけた。

「痛かった?」

「いたかったよ」

「辛かった?」

「つらかったよ」

「寂しかった?」

「さみしかったよ」

「もっと…」

 生きたかった?とは聞いてはいけない気がした。

「ぼくね、しょうがっこういきたかったの。ほいくえんもちょっとしかいけなかった。おにごっこもしたかったんだよ。」

 先ほどとは打って変わって、僕の目が潤む。そう…だよな。やりたいことたくさんあったよな。やりきれないよな。

「でもね、いつもみんなやさしくてね、ぎゅっとしてくれるの。だいすきだよって。だからね、いやなこともだいじょうぶだったよ!」

 小さく鼻を啜り彼を見る。照れくさそうに微笑んでいたその顔は、ふっくらとした肉付きの良い健康そのものの見た目をしていた。愛に塗れたその姿はきっと彼自身と、彼の両親が望んだ姿なのだろう。そこには苦痛の色は一切なかった。

「やりたいこともいっぱいあったけど、ぼくはぜったいしあわせだったよ。」

「どうしてそう思うの?」

 彼は自信に満ち溢れた目でまっすぐ僕を見る。

「だってね、パパとママがいってたの。だいじょうぶだよ、あいしてるよって。」


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