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2-08 奈落の宿 ~煩悩まみれの怨霊娘を、セレブ霊能者が搾り取る~

 コロナ過によって、何と二十名もの住人が集団感染で命を落としたという、いわくつきの建物がある。三畳一間・計二十室のアパートで、現在は民泊として、主に外国人利用者の間で人気になっている。

 リーズナブルさに反し、宿泊客の大半は、いかにも裕福そうな女性だ。都心の高級ホストクラブや女性向け風俗店と、この民泊との間でタクシーが頻繁に往来している事から、周囲では様々な憶測が飛び交っている。

 もっとも有力な説は、この場所がいわゆるパワースポットとして、金運を呼び込むのではないかという物なのだが、事実は、噂の遙かに斜め上をいく物だった。

 セレブな宿泊客は霊能者で、民泊に巣くう怨霊を使役しているというのである。


 とある日の朝。

 出勤した僕は、朝礼の場で、会社の廃業が決定した事を知らされた。

 もっとも退職金は大幅に割り増しで、会社都合退職なので雇用保険もすぐに出る。それなりに蓄えはあるし、返済中のローンもない。

 両親は既に亡く、持ち家の他、遺産もそれなりに受け継いだ。つましく生活していれば一生喰えるだろうが、無職は社会的に辛い物がある。

 何か、堅くて比較的楽な商売をという事で思いついたのが、一般の住宅に、有料で宿泊客を受け入れる〝民泊〟だった。海外からの日本観光ブームで、観光地や大都市の宿泊需要は逼迫している。

 この辺りは観光の魅力に乏しいベッドタウンだが、空港から政令指定都市へ繋がっている私鉄の沿線という利点がある。民泊を開業するには有望な穴場だろう。

 なるべく初期投資を抑えたいので、程度のいい中古物件を探す事にした。

 駅の周辺を廻ってみると、しばらく歩き回ったところで、〝売物件〟の張り紙がある、二階建てのアパートらしき建物が目に入った。壁の具合から、築十年以内の様に見える。

 玄関ドアの枚数は、一/二階とも十枚ずつある。感覚が狭いし、建物の大きさから考えると多すぎる様に思う。


「三畳間って奴かな……」


 一間三畳の、最低限寝るだけの為の、狭い間取りのアパートだ。高度成長期、住居が逼迫した時代の都市部には珍しくなかったそうだ。

 長期の不況で、家賃を少しでも抑える為に復活しつつあるとは聞いた事があるが、都心から外れたこんな場所にもあるとは思わなかった。

 だが、住まいではなく宿泊場所として考えると、カプセルホテルよりは幾分か快適かも知れない。駅からは徒歩五分程で、充分に近い。両隣にコインランドリーとコンビニがあるのも便利だ。

 その足で、張り紙に書かれていた不動産屋……黄泉(よみ)不動産へ向かう事にした。



 黄泉不動産は地元の中堅業者で、評判はまあまあだ。近年はどこも大手業者が進出しているが、地域事情に通じた地元の不動産業者の方が信頼出来ると考える人は根強くいる。

 店頭には、目当ての物件情報が張り出されていた。中古アパートの売り情報は他にも数件掲示されていたが、それと比べると随分と安い。

 受付にいたのは、ヘヴィメタルバンドのTシャツに、ケミカルウォッシュのデニムパンツという装いの、僕と歳が同じ位の女性だった。小/中学校とも学区が違うので面識はなかったのだが、経営者の跡取り娘という事である。

 服装で少し訝しんだが、従業員というより、家業を手伝う店番の家族とでも考えれば、一応は納得がいく。外観に反し口調は丁寧で、不動産業務に必要な資格もあるという事だった。

 黄泉嬢に詳しい話を聞いてみると、元の所有者は駅前にあった風俗店で、あの建物は女性従業員寮だったらしい。一昨年に倒産し、先日、債権処理で競売にかけられたのを、黄泉不動産が落札したのだという。

 こちらの予想通り、二十室ある部屋は全て三畳間。エアコン以外、ガスもTV配線もない。シャワー/トイレユニットは各部屋にあるが、温水は電気という事だ。

 

「アパート経営をお考えでしたら、正直申しまして、あまりお薦め出来る物件ではございません。上物をご自身で取り壊す事が前提の価格です」

「間取りが狭いから?」

「それもあるのですが……」


 前所有者の風俗店が倒産したのは、この寮に住まわせていた従業員が、コロナに集団感染して、全員病死したからだという。


「それぞれの部屋で寝込んでいたのが、一日の間に相次いで亡くなったそうです。病死ですので、告知義務のある事故物件の定義からは外れるのですが……」


 コロナでの病死は多かったので、当時はニュースにもならなかったのだろう。


「寝泊まりするだけの民泊を考えているので、その辺りは大丈夫。ビジネス客とかバックパッカーの観光客が多いだろうし、リーズナブルに利用出来るかが全てでしょ」

「なるほど、民泊ですか。それでしたら、当方で受付と管理を受託する事も可能です」


 黄泉不動産の側で、宿泊客のチェックイン/チェックアウト受付、清掃等を引き受けてくれるという。僕はオーナーとして、手数料を差し引いた宿泊費を受け取れば良いだけだ。

 話はスムーズに進み、建物を内覧して問題ない事を確認した上で、僕はこの物件を購入する事にした。

 ただ、大量に死人が出ている物件である。自分が住むのではないにしろ、一応は何かしておきたい。少し考えた末、神棚を祀る事にした。

 各部屋の上部に小さな棚があったので、そこに置けば良い。外国人客なら和風のオブジェクトと思って喜ぶだろうし、日本人なら見慣れているので気にしないだろう。

 ホームセンターへ買いに行ったら存外と高かったので、リサイクルショップの中古で済ませる事にした。こういう物は気持ちなので、それで充分である。

 価格設定については、黄泉嬢と相談して、民泊は七日単位の契約とする代わり、一日当たりでは、やや安目にした。チェックアウト後の清掃頻度を少なくして、経費を抑える意図がある。

 英語併記のサイトを立ち上げて告知を始めると、程なくして予約が入り始めた。殆どが外国からの利用の様で、まずは順調な滑り出しだった。



 一年後。

 民泊の空室率は平均して二割程で推移しており、僕は不労所得で悠々自適な生活を送っていた。とは言っても、大した事をしている訳では無く、つましいインドア生活である。

 ぬるま湯に浸った日々が続く中、ふと気になったのは、宿泊客の事だ。これまで問題も起きていなかったので気にした事がなかったが、どんな人が来ているのだろうか。

 黄泉不動産に赴き、宿泊者記録を見せてもらうと、殆どが外国人で、五割ほどが六回以上のリピーターである。頻度から考えて、観光では無くビジネス目的だろうか。定宿にしてくれているなら有り難い。

 もう少し詳しく見ると、多くのリピーターに奇妙な特徴があった。女性ばかりで、さらに決済に使ったクレジットカードがプラチナかブラック…… つまり富裕層向けなのである。

 素泊まりの安宿を、セレブな女性が定宿にするのは何故か。一人や二人、変わり者や物好きがいてもおかしくはないが、こうも大勢いるからには、うちの民泊に好まれる様な特徴がある筈だ。

 常連客の名前をいくつか検索してみると、職業が祈祷師とか呪術師といった、いかにもオカルトな職業が多かった。検索で簡単に見つかったので、その筋では有名な人達なのだろうと思われる。


「割と普通っぽい人ばかりだったんですけど。外国の拝み屋さんだったなんて、私も驚きです。あ、お客様のプライバシーですから、他言無用ですよ」

「僕も一応は宿泊業者って事になるんだし、仁義はわかってるよ」


 口外しない様、黄泉嬢が釘を刺してきた。僕もその辺りはわきまえているし、うかつに話題にして、変な噂になったら面倒だ。


「それにしても、何でオカルト関連の人達が、うちの常連になるのかな。まあ、曰く付きの建物ではあるけれど…… 何か祟りとか霊障とかあったら怖いよ」

「そういう事でしたら、ちょうど今日、この方が宿泊予約を入れてて、鍵を取りに事務所へ来ますけど。お話を伺ってみます?」


 受付嬢は、宿泊名簿の中に載っている、(オウ)という名を指さした。検索結果によると台湾の道士らしい。

 雑談しながら一時間ほど待つと、鏖女史が現れた。三十代半ばの、スーツを着こなしたキャリアウーマン風の女性だ。


「またお世話になります」

「お待ちしておりました。鏖さん、こちら、お泊まりになる民泊のオーナーで、西方(にしかた) 往生(すみお)さんです」


 流暢な日本語で挨拶する鏖女史に、黄泉嬢が僕を紹介してくれた。僕は鏖女史に、建物についてのいきさつを話し、危険がないか尋ねてみた。


「端的に言いますと、あの建物には一部屋に一人ずつ、若い女性の怨霊が取り憑いています。現世への未練が相当に強いですね」

「怨霊!? しかも、二十部屋全部に一人ずつ、ですか。そ、それで、祟りとかは……」

「由緒ある年代物の神棚によって、うまく抑えられていますのでご安心を」

「その、除霊とか出来ないんですか?」

「高リスクですので、お勧めは出来ません。何しろ二十名もの怨霊ですから、失敗すれば、影響が周辺地域にも及んでしまいます」


 二十人も死んでいるだけあって、やはり、とんでもない物件だったらしい。リサイクルショップで安くあげた神棚の効能があるというから、何が幸いするか解らない。


「除霊ではないとすると、ご愛顧頂いているのは、どう言った訳でしょう?」

「現世への未練が強い怨霊は、取引して使役すれば、霊能者にとっては強力なツールです。同業者の間では、西方さんの民泊は有名ですよ」

「怨霊と取引、ですか?」

「現世に未練が強い訳ですから、欲求を満たしてやれば良い訳です。詳しくは職業上の秘密ですので、ご勘弁を」


 ともあれ、オカルト関係者の常連が多い理由がこれではっきりした。

 怨霊と言っても実害がない以上、一種の備品と考えればいい。それで常連客が多くついてくれているのだから結構な事だと、この時の僕は考えていた。

 霊能者が怨霊を使役して、一体何をしているかまで、全く想像していなかったのである。

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