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2-03 魔王城直前で魔王軍に寝返りましたが、ゆるしてくださいますよね、勇者様?

 異世界に聖女として召喚された星良セイラは、勇者から魔王討伐が終わったら元の世界に帰ることができると伝えられていた。

 元の世界に帰るためなら何でもやるつもりで、聖女としての務めを全うしていた星良。

 だが、魔王城まで残り少しといったところで、勇者と仲間たちの衝撃的な会話を聞いてしまう。


 もう家に戻れない。それを知ったセイラの選んだ道とは――?

 口から血を吐いた男が、私にもたれかかってきた。

 彼の胸から大量の血が溢れて、私の体を濡らした。


 その向こうで、勇者は勝ち誇った笑みを浮かべていた。


 どうしてこんなことに。

 私はただ、家に帰りたかっただけなのに。


 *


 仕切られたテントの向こうから、語らう三人の声が聞こえてくる。私がもう寝たと思っているのか、それとも目的の場所まであと少しで油断しているのか。

 三人が話しているのは私のことのようだ。それもクスクス笑いながら嘲るような言葉で。


「まあ、殿下も意地悪な方ですね」

「ああ、傑作だろ。いつもそうだ。あの女は平気で地面に頭をすりつける。どうやら土下座というあいつの元いた世界の謝罪方法らしいが、あの惨めな姿を見ると気分がよくなるんだ」

「あらあら、本当に意地悪な方。聖女様(・・・)も憐れですわ」


 この国の王太子であるフィンレーの言葉に、魔導士の女が鼻につく声色でさらに笑いを誘う。


「それにしても、本当に約束したのか?」 


 新たに聞こえてきたのは野太い男の声だった。騎士の男だ。


「何のことだ?」

「魔王を討伐をした後、本当に聖女を元居た世界に帰すのか?」

「ああ、なんだそんなことか。――あれは、嘘だ」


 嘘、という言葉がやけに脳裏を響き、私の体がこわばっていく。


「聖女の力は貴重だ。魔王討伐が終わっても、王国のために一生尽くしてもらわなければ困る。それなのに、帰すわけがないだろう? そもそも方法もないからな」

「――え」


 乾いた声は私のだった。口を塞ぐのを忘れていたが、小さすぎてテントの中の三人には聞こえなかったようだ。

 徐々に意味を理解した私は、ぐっと唇を噛む。血の味が口内に広がったが構わなかった。


 ――嘘、だったんだ。

 あの男――フィンレーは、確かに約束してくれた。

 魔王を討伐したら、私を元の世界に帰してくれるって。

 

 そのために私はこれまで耐えてきた。

 いつか家に帰れるのなら今の境遇ぐらい苦でもないと。

 耐えて耐えて耐えて耐えて――。

 耐えてきたのに。


「――嘘、だったんだ」


 いったい、私は何のために、戦ってきたのだろうか。


 *


 学校の帰り道、突如アスファルトに幾何学模様の魔法陣が現れた。

 それにより、私は異世界――ノクルトゥーニア王国にやってきた。

 異世界召喚というやつだ。


「成功したぞ!」「聖女様だ!」


 召喚されたのは白亜の大理石で囲まれた、幻想的な空間だった。そこは神殿の地下にあたるところにある、神聖な空間でもあった。 

 召喚された当初は混乱していて、見慣れない西洋人のような顔立ちの人々を前に、慌てふためいていたのを覚えている。 

 どうにか周りの人たちの力を借りて、神殿での過酷な訓練を終えると、私は魔王討伐を目指す勇者メンバーの一人になった。

 

 勇者、王太子フィンレー。

 騎士団長の息子にして、怪力を誇る騎士。

 数々の強力な攻撃魔法を操る魅惑の天才魔導士。

 そして、異世界から召喚された、聖魔力を持つ聖女である私、星良(セイラ)


 これに荷物運びや雑用係の青年を加えて、私たちは五人で旅を続けてきた。


 そしてとうとう、魔王城目前にある、深い森の入口に辿り着いたのだ。

 ここから魔王城までは森を抜けなければならず、さらに魔物も強力になる。

 だからその前に休息をとるべく、今日は早めに休むことになった。


 勇者であり王太子でもあるフィンレーはテントを、それ以外は地面などに布を引いて眠りについた。――つもりだったのだけれど、異世界に来てから私の眠りは浅くなっていた。泥のように眠れる時もあれば、一時間ごとに目を覚ますときもある。

 昨日は泥のような眠りだったからか、今日は全然寝付けなかった。

 うたた寝をしていた私は、ふと話し声で目を覚ました。

 その声を頼りに近づくと、フィンレーのいるテントの中が騒がしかった。どうやら魔王に勝つことを確信している様子で、浮かれているみたいだった。


 そして聞いてしまったのだ。

 私はもう家に帰れないのだということを。


 この世界に来てからずっと家に帰りたいと思っていた。

 家族に会いたい。友達と話したい。

 この世界で私はひとりだったから。


 神殿では聖女のように崇められたが、そこから一歩出ると異世界人である私は異物のように扱われた。

 聖女という地位は盤石ではなく、力が無ければ野に放たれていただろうというのはフィンレーの言葉だ。

 聖女の務めを全うすれば家に帰してやると。王国にはその術があると、彼は誇らしそうに私を見下した目をして言った。


 だからなんでもやった。

 防御魔法は聖女の務めだから戦いのなかで神経を研ぎ澄まさなければいけなかった。

 回復も聖女の務めだ。特にフィンレーが怪我をしたらどんなに小さな怪我だろうが治癒しなければいけなかった。

 一秒でも遅れると怒られて、謝ることを強要される。ただ頭を下げるだけだとため息を吐き、「おまえの誠意はその程度か」と冷たい言葉を吐かれた。だから私は地面に頭をすりつけることを選んだ。

 最初の頃は屈辱に思っていたその行為も、数をこなすと慣れてくる。だけど同時に、何か大事なものがすり減っているようにも感じていた。

 地面に頭をつけた私を見ると、フィンレーはいつも満足そうな顔をした。王太子として何不自由なく暮らしてきて、たまたま勇者の素質があっただけの人間に過ぎないのに、彼にとって自分以外の人間は見下す対象でしかないのだろう。


 私は家に帰れるのなら、それでもよかった。

 だけど帰れないのだとしたら、私はいったいこれからどうすればいいのだろうか。


「セイラ様?」


 静かな声に驚いて振り返ると、そこには雑用係の青年がいた。

 エリオットという名前の青年は、私と同じでフィンレーやほかの仲間たちから蔑まれ、雑に扱われることに甘んじている。

 だけど私は知っていた。彼がたまに激しい感情を抑えるように瞳に力を入れてフィンレーたちをにらんでいることを。私にもたまにそういう目を向けてきた。厳しく咎めるような、憐れむような視線。

 その視線を、今も眼鏡の向こうから感じる。


「……ごめんなさい」

「謝る必要はありませんよ。ここだと中に話し声が聞こえてしまうかもしれないので、場所を変えましょう」


 落ち着いた声に頷く。


 移動したのは、テントから離れた森の中だった。

 魔物が出たらどうしようと考えていたけれど、「入口辺りなら何もでませんよ」とエリオットが教えてくれた。

 足を止めたエリオットが振り返る。

 ビクッと縮こまって震えていると、彼の静かな声が聞こえてきた。


「――この国に聖女が召喚されたと聞いて、俺は期待していました」

「っ、ごめんなさい」

「あなたが謝る必要はありませんよ。あなたは何も悪くない。悪いのは、聖女の重要性をきちんと理解していない、この国――いや、あの愚かな勇者だ」


 静かだったエリオットの声色に、鋭さが交じる。


「だからこそ、あなたを――いや、君を冷遇したのだろう。その結果が何をもたらすのか、少し考えればわかるだろうに。信頼関係のない一方的な抑圧により築き上げられた仲間は、容易く崩壊するものだ。――このようにな」


 空気が変わった気がした。

 顔を上げると、そこにいたのは眼鏡の気弱そうな青年ではなかった。

 真っ赤な髪に、血のような真紅の瞳の男。


 ぞっと、背筋を悪寒が駆け上がった。


「だれ?」


 辛うじて出た言葉に、男が反応する。


「俺か? ――魔王だ。そう呼ばれている」

「まおう?」

「ああ、君たち勇者パーティーが殺すことになる、敵の親玉だ」

「っ!?」


 まさか、ここで魔王に会うなんて……。

 いや、でもさっきまでここにいたのは、エリオットだったはず。もしかして。


「聖女が召喚されたと知って、俺は勇者とその仲間を殺すために、姿を偽って王国に潜入していた」

「……殺す?」


 私は今からこの男に殺されるのだろうか。


「――本来はな。でも、予定を変更することにした」

「……私を、私たちを、どうしたいの?」

「その選択権は俺にはない。あるのは君だ、セイラ」

「え?」

「魔王軍に入らないか?」

「……っ!」


 予想していなかった誘いに言葉を失っていると、魔王が続けた。


「魔王軍に入っても、君は元の世界に帰ることはできないだろう。この世界に召喚された時点で、君が元の世界に帰る道は断たれているのだから」


 わかっていたことだった。だけどこうやって改めて元の世界に帰れないことを告げられると、目の前が真っ暗になる。


「だけど、復讐することならできる。この王国に。あの勇者気取りの愚かな男に」


 復讐。怖ろしい言葉なのに、それはまるで甘言のようだった。

 これまでされた仕打ちが脳裏をよぎる。

 勇者、フィンレー。あの男だけは、許せない。

 私を見下し、蔑み、こき使ったくせに、嘘を吐いていた男。

 唯一の希望はもう消えてしまっている。

 それなら、あの男に復讐してもいいのだろうか。


「俺の手を取った瞬間、君はもう王国の敵だ。それでもいいのなら、俺の手を取れ、セイラ」


 ゾッとするほど、怖ろしくも美しい真紅の瞳が、私の答えを待っていた。






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