2-21 聖剣抜いたら偽王女(男の娘)になったので、国難を"うんとこどっこいしょ"します
クラン・ヴァンスは没落貴族の次期当主である。
お家復興は元より、日銭を稼ぐのも精一杯。
今日も今日とてひもじい思いで家路に着く中、
怪しい老婆から、きな臭い仕事を斡旋されるが
大金に釣られて二つ返事。
依頼はアース王家の象徴である聖剣に触れること。
事は単純だが、難度は高く失敗したら死罪確定。
それでも!
家族が数年暮らせる大金のためなら命を賭ける。
王家の血筋しか抜けないはずの聖剣。
何故かクランがスポッと抜いてしまう。
見なかったことにしよう!
マニーはウェルカム、面倒はノーセンキュー。
しかし、ここぞとばかりに神が許さない。
王女に見つかりさあ大変。
いよいよ死罪確定か……。
ところがどっこいしょ⭐︎
どういう訳か王女に成り変わり、仮初の王位継承する事に!
渦巻く国内の権謀術数、迫る邪教徒や他国の軍勢!
狙いすませたかのような国難の連続。
そして、男の娘は伝説になるっ!
「物欲しそうな顔をしているな、坊主」
すれ違い様にお婆さんがいきなり僕を蔑んだ。ひどい。
確かに僕は超没落貴族の次期当主で、その辺の農民よりも貧しいかもしれない。育ち盛りなのに常にお腹が空いている。
ぐぅ。
ほら、今もまたお腹の虫が鳴いた。今日もいい声。
だけど母様が「誇りを失ってはなりません!」と半日に一回は言うから、僕はボロ服に似合わぬ貴族然とした振る舞いを心掛けているんだ。
その僕に向かってなんて失礼な!
服装から魔術師だと思う。怪しい魔術を売りつけるために皆にそう言っているのかもしれない。
「前金で金貨3枚の仕事が-」
「是非やらせてください」
脳神経が僕の許可を待たずに、食い気味に返答する。金貨3枚あれば家族が半年は暮らせる。その魅力に貴族のプライドは天秤にかけるまでもない。
邪神が〜世界の破滅が〜とか聞こえてきたけど脳は処理しない。
カタストロフィよりマニィ!
そして僕は約束通り金貨3枚を手に入れて、お婆さんから怪しい儀式を施された後、人生最大の危機を迎えている。
依頼内容はアース神殿に侵入し、王位継承に使用される聖剣に触れてこいというものだった。やる事は単純だけども、障害は多いし見つかれば死罪は免れない超危険な仕事だ。
だけど断れば首謀者として衛兵に突き出すとお婆さんに脅されたし、成功報酬は金貨100枚。命を賭ける価値はある。金は命より重い……場合もある!
アース王家の聖剣といえば、誰もが知っている。岩盤に突き刺さっており、王家の血筋の者しか抜くことができない。神殿は剣が突き刺さっている場所に建てたもので、そこを中心に国が栄えた長い歴史がある。
王位を継承する祭事として、新しい王が聖剣を引き抜きその正当性と威光を人々に示す。
そういう逸話には僕のように賢い人間が眉唾で必ず疑いの目を向ける。
本当に王家しか抜けないのぉ?
そんなことは王家は百も承知。煩い連中を黙らせる策をしっかり用意している。当年に国に大きく貢献した人物を招き、その栄誉を称えて聖剣の抜刀に挑戦させる。成功すれば高い地位を与えられる事になっているが、未だに成功者はいない。
うまくできている。
挑戦する者は誉になるし、王家は聖剣の威厳を知らしめる事ができ一石二鳥だ。
そして、今年の祭典が今日行われた。
忍び込むことは難しくても、合法的に中に入り誰もいなくなるまで隠れているのは、さほど難しくなかった。そんなはずないという意識が皆にあるし、祭典の後は当然ながら酒席も用意されるので、守る方の気も緩んでいるからだ。
酒席も終わり、誰しも寝静まったと思われる深夜、僕は身を丸くして隠れていた椅子の下からそっと起き上がる。
漆黒の世界かと思っていたけど、それも聖剣の成せる業なのか、天窓から指す月明りが聖剣を照らしていて視界はそれなりに確保できた。
誰もいない神殿は荘厳で、なんだか僕も尊い存在になった気分だ。
この瞬間、プライスレス。お金で買えない価値がある。買える物は金貨100枚で。
マスター? よく分からないフレーズが頭に浮かんだけど、のんびりはしてられない。誰かが来る可能性はゼロじゃない。
僕は早足で聖剣の前へと立つ。
聖剣の放つ神々しさに少し気圧されて、僕は唾を飲み込む。
ここで躊躇しても仕方ない。決心して恐る恐る柄に両手で触れる。
ここで質問。人間は愚かですか?
いや、主語を大きくしてはいけないな。それこそ愚かだ。
結論、僕は本当にバカ。
冷静に考えてやらない方が良い事を好奇心に負けてやってしまう。祭典時に偉そうな騎士様がどれだけ力を入れても抜けなかった姿が頭に鮮明に蘇り、僕も試してみたくなった。男の子だもん。
スポッ。
心地よいオノマトペ。
抜身の聖剣。
滴る冷や汗。
……抜けちゃったよ?
大根を引き抜くよりもよっぽど簡単だった。そんなことあるぅ?
僕はそっと聖剣を元の位置に刺した。
どんな魔法がかかっているのか分からないけど、何事もなかったように定位置に聖剣は収まる。
王位継承の度にその過程は繰り返されているのだろう。
よし、見なかったことにしよう!
いろいろな考えが頭を過ったけど、全てを忘れて報酬をもらうのが一番無難だ。
さて後は見つからないように、神がバカンスに行っている事を祈りながら脱出す……
「だ、誰!?」
僕の頼みはガン無視なのに、こんな時ばかり神は仕事熱心らしい。そんなんじゃモテないぞ、神。
抜刀チャレンジなんて余計な事するんじゃなかった。後悔しながら、あまり多くはない知恵を振り絞って言い訳をひねり出す。
「……今日は祭典だったので、聖剣の点検をしていたんです。怪しい者ではありません」
「そう、それはご苦労様」
こんな時間に? とか 一人で? とかの質問を恐れていたけど、あっさりと嘘が通り拍子抜けだ。人影が近づいてきてその人物が誰かを理解すると、僕は納得する。
王位継承権第一のイセリア王女だ。黄金に輝く長髪が月明かりに映える。歳は確か18くらい、僕の4つ上。年齢の割に起伏の乏しい体は、清廉さの象徴だという。それは起伏が激しい人に失礼なんじゃないかな。僕は激しい人が好きだよ! 母性だよ!
それはさておき、貴族の社交界で理解した事がある。位の高い人ほど浮世離れしている傾向があるという事だ。王女はこの国で上から数えた方が早い人だ。世間の常識は通じないだろう。
何故、王女がこんな時間にこんな所へという疑問は、命拾いしたという安堵に搔き消される。さりげなく立ち去ろう。
「点検は終わりましたので、失礼させていただきます」
「待ちなさい」
一瞬、心臓がちょっと飛び出た。右心房は確実に出たと思う。
「何か御用でしょうか?」
王女が飛び出た右心房に気づかないように願いながら聞く。
「儀式の予行演習をするから、そこにいなさい」
予行演習? なんでだろうと僕が眉根を寄せて黙っていると王女は独りでつらつらと喋り出す。
「今日の祭典を見て不安になったとか、独りで練習するのが何かありそうで怖いとか、そういうことでは決してないわ。断じて! これは日課、そう日課よ! そして、どうせなら観客がいた方が良いと思って呼び止めたの。光栄に思いなさい」
「は、はぁ」
僕は曖昧に返事をするしかなかった。今、僕の願いが叶うなら、富とか名誉あるいは翼もいらないから早く帰らせてほしい。嘘です。富は欲しいです。
王女は優雅な動きで聖剣の柄を右手で握る。切り取って絵画にできそうなほど綺麗だ。僕は思わず息を呑む。
……様子がおかしい。
一向に剣が抜ける気配がない。可憐さを置き去りにした王女の力み声が神殿に響き渡る。
「はぁはぁ……私は非力ですから流石に片手では抜けませんね」
肩で息をしている王女が独りごつ。黙っていたら何故か睨まれた。怖いので苦笑いで頷いておく。
王女が両手で柄を持ち、腰を入れて剣を引き上げようとする。その姿はまさしく大根を引っ張り出す様に似ていて、王女の威厳は欠片も無い。数秒前の感動を返して!
「まだ力が足りないわ。ちょっとお前、私を引っ張りなさい」
「そんな! 王女様に触れるなんて畏れ―」
「そういうのいいから!!」
僕が恐縮するのを一蹴し協力体制を無理やり組まされた。
王女が剣を引っ張り、僕が王女を引っ張る。
うんとこしょ、どっこいしょ。
それでも剣は抜けません。
犬や猫を助っ人で連れてくるべきかな!?
王女は手汗で滑り柄から手を離してしまう。思いっきり入れた力が一気に開放され、二人して転がった。神殿の石床が冷たくて痛い。……神罰って地味なんだな。
「……なんで」
息切れしている王女は泣きそうだ。泣かれると人が来るかもしれない。必死で慰める。
「多分、正式に王位を継承してからじゃないとダメなんですよ、しらんけど」
「お父様は継承する前から抜けたと言ってたわ」
失敗。保険をかけたのが良くなかったかな?
母様からよく考えてから喋るようにと頻繁に叱られているのを今思い出した。
止めを刺された王女は涙で視界が悪くなったのか、立ちあがろうとしてつんのめり、聖剣に突っ込む形になる。刃の部分に当たって大怪我してしまう!?
考える前に体が動き、剣を抜き王女を自分の体で止めていた。
「助かったわ……えっ嘘!?」
王女は口を開けたまま、僕が持っている聖剣を指差す。一国の主としてあるまじき、とても間抜けな顔をしている。道化師も裸足で逃げ出すかもしれない。
ただ逃げ出したいのは僕の方だ。死罪間違いなし! この状況で僕ができる事をひとつだけ。
「ごめんなさいぃぃ! ぼ、僕も騙されていたんですぅ! 被害者なんですぅ! い、命だけはお助けください!」
土下座で命乞い。王女は今度は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。表情筋が筋肉痛にならないといいけど。
「ど、どういうことなの? 説明なさい」
僕は一部始終を丁寧に解説した。全てを聞き終わった王女は、親の仇を目の前にしたような険しい表情で考え込んでいる。
はい、ギルティ。
「お前、私と同じくらいの背丈ね。体つきも華奢だし。よく見ると顔も似ているわ」
死を覚悟している僕に意味不明な事を王女は呟いた。
「お前、私になりなさい」
いつの間にか拾い上げた聖剣の切先を僕に向けながら王女はそう言い放った。





