2-19 復讐者、不完全燃焼
エドは復讐者だ。
故郷の家族や友人たちの仇を討つために、寿命を削り、魔族に片目を代償として支払った。
持てる手段の全てを用いて、エドは自身を鍛え上げたのだ。
それなのに。
仇は、エドではない誰かによって、あっさりと討たれた。
憔悴するエドに、ニーナと名乗る少女が手を差し伸べる。
「八つ当たり、しませんか?」
仇の横取りは許さない!
復讐失敗者の八つ当たり冒険譚、スタート!
「貴方の十年が無駄じゃなかったことを、証明しましょうよ」
俺は復讐者だ。
今から十年前、俺の故郷はある盗賊が率いる一団に滅ぼされた。
""焼討""と呼ばれる外道は、家々や人々を区別することなく、掠奪を済ませた村を灰も残さず焼き尽くす。
俺――エドが生き残ったのは、単なる運だった。
掠奪が行われているその最中、偶然にも街へと出掛けていて。
帰って来た頃には、村は既に焼き尽くされていた。
両親も、弟も、幼馴染も、友人も。
誰一人、そこには残ってはいなかった。
全てを失った俺は、""焼討""への復讐だけを糧として生きて来た。身を削り、心を擦り減らし、魂を研ぎ澄ます。自分という存在を、一人の人間を殺すためだけに鍛え上げた。
それなのに。
王都の大広場。
そこに飾られるのは、塩漬けになった顔色の悪い晒し首。
騒めく聴衆の声が、いやに鮮明に聞こえる。
「これが、あの""焼討""の首か」
◆
討ち取られた有名な賊の首が飾られるのは、主に見せしめが理由だ。
賊に身を落とせばこうなる、という最も分かり易い防犯である。他にも民の安寧のためという理由もあるが、見せしめに比べれば軽い理由だ。
ただ、この""焼討""に関しては、後者の方が理由としては大きいかもしれない。それほどに、""焼討""という存在は、地方の人々を脅かしてきた。
もう二度と、この屑に誰かが怯える必要はない。
首を取ったのは、最近名をよく聞く、紫電とか呼ばれている男らしい。まだ若いそうだが、各地で人を助けて回っているらしい。きっと素晴らしい人物なのだろう。
「あぁ、良い話だ」
だから、不細工に歪んだ仇の顔を、残された右目で見つめて、俺は大広場を離れることにした。
王都は賑やかだ。
""焼き討ち""を探す都合で田舎を彷徨いていた俺には、どこを見ても新鮮に思える。見て回れば、少しくらいは気も晴れる筈だ。
そう考え、出店を冷やかしながらふらふらと歩いていると、一組の親子が騒いでいた。
「ねぇ、これ買って!」
「ダメ!」
平和な光景。家族が生きていた頃を思い出した。
そんな感傷は。
「もう、悪い子にしてると""焼き討ち""が来るよ!」
そんな台詞で吹き飛んだ。
「くっ、ははっ!」
そうか。""焼き討ち""が来るのか。
いやはや、まさか子供への脅し文句に使われているとは。存外、奴は人気者だったらしい。
でも、そうだな。
「今日は、夜更かしでもしてみるか」
◆
「お兄さん……それくらいにしときなよ」
酒場の店主にそう言われ、俺は店を出た。
まあ、店で一番強い酒を浴びるように呑んでいたら、そう言いたくもなるのかもしれない。
仕方ないだろう。酒なんて今まで碌に呑まなかったのだ。良し悪しなんて判らないし、そもそも美味いものが欲しくて呑んだわけでもない。
「おぇぇ……」
とはいえ、馬鹿みたいに呑み過ぎた。
道の端に、さっきまで金貨の価値があった液体が撒き散らされる。真っ先に勿体無いと考える辺り、どうも田舎生まれの貧乏性は死ぬまで変わらないようだ。
「頭痛ぇ」
世の中の人間たちは、何が楽しくてこんなものを呑むのだろうか。
ごろりと寝転がって、夜空を見上げる。
「……何だよ、来ねえじゃん」
ゲロをぶち撒けて、人も通る道に寝転ぶ夜更かし男。
こんな悪い奴もそういないだろうに。
あんな子供じゃなく、俺のところに来てくれないと。
「あ―……」
死ぬか。
ふと、そう思った。
別に、死ぬのが嫌なわけじゃない。
どうせあの村で死んでいたのを、今の今まで先送りにしていただけだ。修行の過程で相当に寿命も削ったし、何もなくたってあと十年も経てば死ぬだろう。
""焼き討ち""が死んだなら、先送りにする理由もない。
ただ、ここで死ぬのは、さっきの店主や衛兵に迷惑かもしれない。うん、流石に死んだ後にまで迷惑を掛けるわけにはいかない。適当に王都を出て、森の奥にでも入って、その後死のう。
そう考えをまとめて、気付いた。
「何か用か?」
見上げる先で夜空を遮るのは、一人の少女だった。
「金ならさっき大体使ったが」
「スリだと思われたんですか?」
「残った分なら持って行っても良いぞ」
「スリだと思われてるんですか」
「その代わり、二度とこういうことはするなよ」
「スリじゃないんですよ」
呆れたように、少女が溜息を吐いた。
「倒れてるから心配したのに、その様子なら大丈夫そうですね」
なんと。スリではなく親切だったらしい。
「そりゃあ悪かったな。お礼にお小遣いをやろう」
「子供扱いしないでください。というか、どれだけお金渡したいんですか。汚いお金じゃないでしょうね」
「馬鹿言え。薄汚い賊を捕まえて得た綺麗なお金だぞ」
「汚い判定が出ないぎりぎりのお金じゃないですか」
「そんなことないって。ほら見てくれよこの輝き……おぇ」
「あー! 吐かないで! 物理的に汚くなっちゃう!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいると、段々頭が楽になってきた。酒精を胃液と一緒にぶち撒けたお陰かもしれない。
「全くもう……大丈夫ですか?」
「あぁ、ありがとう。助かったよ」
「なら良いですけど。本物のスリには気を付けてくださいね」
「あ、小遣いの話だったな。ほら、持ってけ」
「要りませんって。本当、何考えてるんですか?」
その質問を、俺は適当に誤魔化せなかった。
きっと、酔っていたからだろう。
「いや、もう使わないからさ」
「……は?」
「俺、この後死ぬから、どうせなら良い人に渡しておこうと思って」
「ちょ、ちょっと待ってください」
少女は焦ったようにしゃがみ込んで、俺と視線を合わせる。
「何でそんな、つ、強く言っちゃったのは謝りますから! 色々と!」
そんな風に言われて、俺はようやく自分の失敗に気付いた。良い子なら、心配するに決まっているだろうに。
「あー……いや、冗談だ」
「……信じると思います?」
「……信じてくれない?」
「無理ですね。残念ながら」
「そうか」
理由を話せと、彼女の視線は強く語っていた。
そういえば、今回の件について、まだ誰にも話していなかった気がする。彼女を捌け口にするのは申し訳ないが、話せというなら、少しだけ愚痴らせて貰おう。
「大広場の首、見たか?」
「あぁ、""焼討""でしたっけ」
「そうそう。アイツさ、俺の故郷の仇なんだよ」
ひゅっ、と彼女が息を呑んだ音が聞こえた。
それに構わず、俺は話し続ける。
「十年、アイツを殺すために生きて来た。それ以外は全部捨てて、それだけのために」
彼女は、黙って俺の話を聞いている。
「俺が殺せなかったのは仕方ないし、紫電に文句が言いたいわけじゃない。散々恨みを買ってる奴なんだ。あんな外道、殺されるのは早ければ早いだけ良いからな」
「……」
「けど、肩透かしっていうか、不完全燃焼みたいな。なんて言うのかな」
「……」
「生きる理由が無くなったんだ。俺の知らないところで」
この希死念慮の根本はそれだ。
故郷の喪失という絶望を憎しみで上書いて、何とか前に進もうとした。その杖が、俺の預かり知らぬところでポッキリと折れてしまった。
「だから、もう良いかなって。うん、理由はそれだけだ」
言葉にして、どこかスッキリした気がする。彼女には悪いが、これだけでも話した甲斐があった。
「何ですか、それ」
勝手に達成感のようなものを得ていると、目の前から怒りに満ちた声が聞こえた。
「生きる理由を奪われておいて、何でそんな反応なんですか」
「……え」
「分かりますよ。恨む道理が無い。あってはいけない。ある意味では、恩人みたいなものですからね。逆恨みも良いところです」
不満気な顔で淡々と語る彼女に、ほんの少し苛立ちを覚えた。何を知ったような口を利いているのか、と。
「そうだ。俺の感情なんか関係ない。少しでも早く殺された方がずっと良い」
「嘘じゃないんでしょうね。でもそう思っているなら、もっと嬉しそうな顔をするでしょう」
「……何が言いたい?」
どこか煽りも混ざった言葉に、つい声が低くなる。
「八つ当たり、しませんか?」
瞬間、思考が止まった。
「よくも横取りしやがったなって。紫電をボコボコにして、お前が""焼討""を殺せたのは、偶然自分より先に出会えたからだって」
「貴方の十年が無駄じゃなかったことを、証明しましょうよ」
悪魔のような甘言が、俺の頭に染み渡った。
「……そんなやつ、最悪だろ」
「あはは。復讐者が善人だとでも思ってたんですか? 元復讐者さん」
「言ってくれる。そんな奴を唆す君は、何が目的なんだ?」
「丁度、私も紫電の仲間に用があるんです。一緒にどうですか?」
すっ、と手が差し伸べられた。
言うまでもなく、最悪な提案だ。
客観的に見て、紫電は恩人と言っても過言ではない。
これは文字通り恩を仇で返す行為に他ならない。支持する奴なんてのはただの一人も居ないだろう。
だが。
「エドだ。よろしく」
「ニーナです。少しは生きる気になりましたか?」
「あぁ、お陰様でな。折角唆してくれたんだ。付き合ってもらうぜ、ニーナ」
「態々唆したんですから、付き合ってもらわないと困ります。頼みますよ、エドさん」
俺は、彼女の手を取ったのだ。





