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2-18 学園政争

私立成鷹学園

5000人の生徒数を誇るマンモス高であり、また、部活動が盛んな学校でもあった。

そんな学校の一生徒である桂木晴斗はクラスの中心人物である月下朱莉から放課後に呼び出された。


告白かと期待していた晴斗だったが、残念ながら告白ではなく面倒な頼み事をされてしまった。


頼み事を手伝うことにした晴斗は学園内での政争に身を投じることとなるのであった。

『金が欲しい』

 それは資本主義社会に生きるものならば誰もが一度はそう願ったことだろう。

 ではその手段まで考えるとどうだろうか?自分が手を汚して大金が手に入るとして、それを許容する者となるとその数は一気に減るだろう。しかしそんな綺麗事が言えるのは一定の金額までだ。手に入る金額の桁が一つ上がるたびに人は平気で自らの手を汚すようになる。その集大成が政治であり、人は億の金が入るとなれば平気で手を汚す。そのことで苦しむのは富裕層(自分たち)ではなく一般人(貧乏人)であるからだ。

「つまり選挙を勝ち抜くためには金をばら撒いて、その金を利権や裏金で回収するってのが基本的な仕組みな訳だ」

 偉そうにそんな講釈を同級生に話すこの男は桂木晴斗。中高一貫のマンモス校に通う、少し一般的とは言い難い男子生徒である。

「私もそれは分かるよ。けどそれがそのまま詰んでるっていうのはどういうことなの?」

 偉そうな同級生に腹を立てる様子もなく純粋に疑問をもつこの少女は月下朱莉。少々成績と顔が平均よりも良いだけの一般的と言える高校生だ。

 さて、なぜ晴斗はこんな説明を朱莉にしているのか、話はしばし遡る。


 ⭐︎


 晴斗は浮かれていた。現在はすでに放課後。普段ならとっくに友達と一緒に帰っている時間ではあるがこの日は学校に残っていた。クラスメイトである月下朱莉に呼び出されていたからだ。この年頃の男なんてものは単純で『毎朝挨拶を交わしている』『ラインでハートマークが使われた』そんな程度のことで「あいつ、もしかして俺のこと好きなのかも」なんて妄想してしまうものだ。まして彼女すらいたことのない男が可愛いクラスメイトの女の子に「放課後、二人きりで話したいことがあるの」なんて言われれば期待に胸を膨らませるのは半ば必然といえる。

 教室の掃除はとっくに終わっており、既に教室に残っているのは晴斗しかいない。一人で教室に残っていると周囲に注意しながら朱莉が教室に入ってくる。

「ごめん、待った?」

「いや、大丈夫だ。宿題をしながら待ってたからな」

 晴斗はこう言ってこそいるが宿題に身は全く入っていなかった。別段モテるわけでもない男がクラスメイトの美少女に呼び出されたのだ。無理もない。

「実は桂木くんにお願いしたいことがあるんだけど、大丈夫かな?」

「頼み?まあ大丈夫だぞ」

 ここで晴斗は意識を切り替える。これは色恋絡みの話ではないと理解したからだ。

 さて、大丈夫とは言ったものの晴斗の心中は穏やかではなかった。月下朱莉の交友範囲から考えればわざわざ晴斗を呼び出すような頼み事というのは通常では考えられないからだ。

 クラスの中心人物の一人である彼女には晴斗よりも優秀で、気軽に頼み事をできるような関係の友人が大勢いる。加えて、面倒ごとであればさして親しくもない自分に頼んでも断られるだけだということは分かりきっているはずだ。

 そうなると晴斗を呼び出すようなことというのは限られてくる。教師からの頼まれごと、つまりは断れない類のものか、晴斗自身が何か気付かないうちに問題でも起こしていたか。とにかく面倒事の予感しかしない。

「えっとね、私さ生徒会の選挙に出るつもりなんだけど、桂木くんに手伝ってもらえないかお願いしたくて……」

 しかし、彼女のその発言は晴斗の予想とは異なっていた。間違いなく面倒ごとではあったが、あくまで頼み事であり、断るという選択肢も晴斗にはあった。

「生徒会の選挙?俺に応援演説でもして欲しいのか?はっきり言ってもっと適任がいると思うぞ」

「いやー、それはないかな。桂木くんも知ってるでしょ。この学校の選挙についてのことは。あれは、普通にやっても勝てないってことも」


 ""私立成鷹学園""

 中高一貫コースと高校からの外部受験コースがあり、生徒数は中高合わせて五千人を超える日本有数のマンモス校である。この学校では部活動が盛んであり、生徒の約半数がなんらかの部活動に所属している。と、ここまでは部活動が盛んという特徴こそあれ普通のマンモス校と変わりない。しかしこの学校最大の特徴はその選挙システムにある。

 とは言っても漫画などにありがちな生徒会に極端な権力があるわけではない。生徒会の仕事など部活動のグラウンドや体育館の使用時間や部費の決議、また部費で購入したものを認可するかと言った程度だ。しかしそれでも多少の融通が効くことは事実であるし、なによりこの学校の規模だと部費の額もバカにならない。部活動の規模にもよるが平均的な学校での部費は年4万円程度である。しかしそれはあくまで平均的な学校の場合だ。生徒数が一般的な高校の10倍以上の成鷹学園では当然部費も10倍以上となる。加えて、成鷹学園の中でも特に大手の部活動では在籍数が中高合わせて200人を超えるような部活動も存在する。そんな大規模な部になると部費だけで数十万に達することも珍しくはない。

 故に各部活動の、特に大手の部活動になればなるほどいかに部費を増やし、支出を経費として計上させるかということが重要になる。つまり部活動側は生徒会に融通をきかせたい。だからこそ部活動側は組織票というメリットを生徒会長候補に渡す。

 逆に言えば生徒会長になるには部活動、特に大手からの組織票が重要となるわけだ。


「それで、カネはいくらあるんだ?」

 そしてその組織票を獲得する一番簡単な方法が『カネ』である。

「ゼロだよ」

「はぁ!?」

「難しいことなのは分かってる。だから桂木くんに頼んでるの。4年前、一切の裏金を使わずに対抗馬を追い詰めたあなたに」


 ⭐︎


「取り敢えず、話は分かった。あくまで理解したという意味だけだけどな」

 晴斗は納得のいっていない状態で話を続ける。

「しかし実際問題として裏金無しだと出来ることが限られるぞ。方針とかはあるのか?」

「うーん、そうだね。裏金は使わない、受け取らない。裏工作はしても出来るだけ公平になるように生徒会を運営したい。これが私の考えてる方針かな」

(裏金を使わないどころか受け取らないか。しかしそうなると本当に面倒なのは裏切りだな)

 当選後、朱莉が裏金を受け取らないこと自体は簡単だ。しかしそれを他の生徒会の人間にも求めるとなると非常に難しい。金の誘惑というものは非常に強い。しかも生徒会側のやることと言えば多少怪しい支出の経費を認めるか部費の増額の提案をするだけ。これでは同じ生徒会であっても不正の加担に気付けるとは限らない。

 だからこそ、裏金を受け取らない方針であるならば生徒会のメンツは絶対に信頼できる人間で固めなければならない。

「メンバーは決まっているのか?」

「まだ決まってないよ。私と桂木くんだけ。まだ時間もあるし、桂木くんの戦略次第では必要な人材も変わってくるだろうし」

「まあ、それもそうか」

 そう言うと晴斗は改めて考え直す。

「しかし今の状況は厳しいな。ほぼ詰んでると言ってもいい」

「ほぼ詰み?どうして?」

「この学校の選挙ってのは金で票を買って利権や裏金で回収するからな。裏金がないと票の確保が厳しいんだ」

「私もそれは分かるよ。でもそれが詰んでるってどういうこと?大手の部活動でも1つの部活動あたり部員数は200から300人程度でしょ?だったら全校生徒の人数からすると4から6%程度ってことだよね?絶対に覆せないってほどでもないと思うんだけど……」

 極端な話ではあるが、全校生徒の51%以上が獲得できれば生徒会長になれるわけだ。しかし実際のところ毎年4〜5人程度は立候補者がいる。そのため獲得票は30%程度が必要になる。大手部活動はある程度各候補者に分散するので実際の票数で言えば組織票で引っ張れるのは300票程度と言ったところである。その程度ならばやり方次第で巻き返せる。そう考えての発言だった。しかしその考えは晴斗に否定されてしまう。

「いや、それは少し違う。選挙で重要なのは全校生徒の数じゃなくて投票した人間のうちの何%を獲得できるか、なんだ」

 そう、それこそがこの学校の生徒会選挙における最大の落とし穴なのだ。この学校の選挙は投票率が非常に悪い。普通の学校であれば無効票などそれほど多くはない。しかしこの学校は別だ。投票用紙こそ当日配られるが、実際に職員室の前まで行って投票しなければならない。その上当日の朝から昼休み終了時までしか投票を受け付けていないという非常に面倒な投票形式をとっている。朱莉のような真面目な学生はきちんと投票しているが全員がそうというわけではない。

「この学校での選挙の投票率は大体50%前後だ。つまり実際に票を入れさせるのは全校生徒の15%でいいんだよ。だから実際に必要な票数で言うと750票ってところだな」

「750……確かにその数だと300票はかなり大きいね……」

 朱莉は改めて自分の置かれた厳しさを認識し直す。

「ああ、はっきり言って無謀だ。もし本当に今の生徒会選挙で裏金を使わずに当選しようとしたら、それこそ僅かな確率を何度もくぐり抜けるような奇跡が必要だ」

「それでも!!私には、生徒会を正さなきゃならない理由があるの。だからお願いします。力を貸してください」

 朱莉は素直に頭を下げる。高校生にとって同級生に正面から頭を下げられて敬語で頼まれごとをされるなんてことは滅多にないだろう。実際に、晴斗も初めてのことだった。

「あー、もう、分かったよ。ただし、上手くいく保証はできねーぞ」

 だからだろうか。絆されてしまい、ほんの少しだけやる気になった晴斗は、朱莉の選挙を手伝うことを決めたのだった。

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