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2-11 私は鬼退治なんていたしません!

いたって普通の女子高生、高坂静音(たかさかしずね)は、今まで経験したことがない非日常へと、巻き込まれてしまった。非日常に巻き込んだ張本人の花蓮(かれん)は悪びれもせず静音に鬼退治をさせるように仕向け……。


 オレンジの光に包まれた城址公園は、不自然なほど人の気配がなかった。夕方とは言え、まだ日は沈みきってはいない。普段なら散策する人や犬の散歩に訪れる人がいる時間帯だ。


 真っ直ぐ伸びる砂利道には、松の木の影が長く落ちている。私はその影を踏みながら人っ子一人いない道を黙って歩いた。聞こえるのは私が踏みしめるジャリジャリとした足音だけ。


 空に浮かぶ雲は淡い朱に染められてゆっくり流れている。空だけ見れば平和な夕方の景色なのに。


 私は思わず右手を見た。そこに握られているのは、日本刀という実に物騒で、そして現代に似つかわしくない代物。磨き上げられた刃に私のやるせない顔が映った。


 何で私がこんな目にと思うと、ため息しか出ない。別に私は日本刀マニアではないし、仮にマニアであってもこんなモノを持ち歩いて城址公園を彷徨う趣味はない。警察に見つかって銃刀法違反で捕まったらどうしてくれよう。私の高校生活が終わってしまうではないか。


 不思議と日本刀を持ってうろついて警察に遭遇したことはないけれど。それ以前に人と遭遇しない。現に公園内に人は全くいない。何かの力が働いているみたいに。


 どれほど歩いただろう。目の前に古めかしい門が現れた。くぐり抜けようとしたところで、背後にずしりと重い何かが降ってきた感触がした。一呼吸して、私は振り向く。


 そこには三メートルはある大きな人型が立っていた。鈍色の肌に長い白い牙と、頭部に二本生えた角。不自然なほどに見開かれた全てが真っ黒な瞳が、こちらをじっと見つめている。そこに好意は感じられない。あるとすれば敵意だろう。


 人はこの目の前の存在を何と呼ぶか。


「鬼さんこちら手の鳴る方へ!」


 私は駆け出し、門を駆け抜ける。あの人型、鬼も大気を揺らしながら追ってくる。私は開けた場所にたどり着いたところで止まった。鬼は構わずこちらへ突進でもしたいのか止まらない。


「さっさとかかって来なさい!」


 吹いた風でまとわりつく髪を払って、私は鬼が目の前まで迫った瞬間に刀を横方向へ大きく振った。意味のなさない言葉を発する鬼の胴体が真っ二つに切れ、地面に崩れ落ちる。鬼は岩のようにぴくりとも動かなくなった。


「お疲れ様、静音(しずね)ちゃん」


 どこからともなく現れた茶色のブレザーを着た少女は、散歩でもするみたいに優雅に歩いてきて、墨で奇っ怪な字がつづられた御札を鬼の胴体と足に貼り付けた。鬼はたちまち灰になり、風に吹かれて消えてしまった。


「その便利な御札、私がいなくても使えるんでしょう。人を巻き込んでおきながら楽ばかりして、いいわね。私がわざわざ切り倒す労力いらないよね」


 先週から気になっていたことを敢えて嫌味っぽく言ってやった。鎖骨の下あたりで切り揃えた亜麻色の髪と白いリボンをはためかせた彼女、花蓮(かれん)はふてぶてしい笑みを浮かべている。


「鬼を倒せないと御札は使えないんですよ。説明してなかったかしら。私は刀が使えませんし、静音ちゃんがいてこそ、私が役に立つのです。この御札はあくまでもこと切れた鬼にしか使えませんからね。黄泉(あちら)への転送装置みたいなものですから」


 品のいい顔立ちでにこにこしながら話されても、私は納得など出来ない。何度こんなことをしても、ただの女子高生の私が鬼退治なんて意味が分からない。


「私みたいな平凡な女子高生を雇うより、もっと屈強な兵士みたいな人を探して雇ったらどう?」


 鬼退治するなら女子高生より、強い傭兵みたいな男性の方が適役というものだ。


「それは私の趣味ではないので」


「趣味って何よ!? 趣味で鬼退治する人をあんたは選んだわけ!?」


 花蓮は音もなくこちらへ近づくと、すっと真っ白な手を私の頬へと伸ばした。私を見上げる瞳は、名前から連想されるような可憐さで、でもけして誰にも屈しない強かさを滲ませている。


「ええ、そうです。趣味です。だって屈強な男性が刀を振るっても普通すぎて面白みがないじゃないですか」


「面白みなんて優先する事態じゃないでしょう!? より強い人間を選ぶべきだと思わないの!?」


「静音ちゃんみたいに黒い絹のような長い髪にセーラー服を着た少女が戦う方が絵になりませんか? 私、そういう漫画好きなんですよね」


「こんな危ないことを、そんなくだらない理由で私にさせてるの、あんたは!」


「ええ、そうです。私の理想にぴったりの人間を探しに探して見つけたのが静音ちゃんですからね。見目麗しい人間が鬼を退治する浪漫にありつけて、私は幸せ者ですね……。なんてね」

 

 食えない笑みを貼り付けて、花蓮は私から離れると城址公園の奥へと向かって歩き出した。


「さぁ、静音ちゃん、まだ一仕事ありますよ。鬼が増えたらこの街も街に住む人も衰退するんです。それを阻止できるのは静音ちゃんだけですよ」


 くだらない理由で私を選んでおいて、私にしか出来ないなどと笑わせてくれる。本当に悪趣味な女。


「今は貴女しかいないんです。趣味で静音ちゃんを選びはしましたが、数多の人の中から刀が選んだのは静音ちゃんしかいなかったのですから」


 立ち止まり私を見つめる花蓮は懇願するかのように瞳を潤ませている。演技なのか本気なのか。


「街を守ってください。今は静音ちゃんにしか出来ないのです」


 刀を放り捨てて帰れたらいいのに。こんなことを言われて、渋々従うしかない。


 私は生まれ育った街が好きだ。それを人質に取る花蓮に正直腹は立つけれど、私以外出来ないならこの仕事を私は完遂するしかないのだろう。


「本当、卑怯者ね。花蓮は」


「街が平穏になるなら、卑怯者にでも何でもなりましょうか」


 私は花蓮に聞こえるようにわざとため息をついて、彼女の後を進んだ。理不尽だけれど、あんな得体の知れない鬼を街に放つ訳にはいかないから。


 お掘りにかかる橋を渡り、更に奥へと進む。赤い葉を風に揺らす桜の木の合間から、小さな天守閣が見えた。ただの夕方の散歩なら、この景色も美しく見えたのだろう。今は胸騒ぎがする。


「いますね……」


 花蓮がつぶやくと同時に、巨大な気配が降ったように近寄ってきた。振り返れば、先程と同じような鬼が二体ものそりのそりと歩いてくる。


「はぁ……。面倒くさい」


 私は刀を構えた。生まれてこの方、刀なんて使ってきたことはない。剣道すら経験はない。だけど、この刀を持つと自然と体が動く。花蓮に言わせると『刀が静音ちゃんを選んだ』かららしい。理屈は知らない。


「左の鬼は私が引きつけますから、その隙に」

  

 花蓮は何か(つぶて)らしきものを鬼に向かって投げた。花蓮に気を取られた鬼はそのまま彼女の方へ向かって行く。


 私は残された方の鬼と対峙する。私は鬼に向かって駆け出し、体が動くままに、刀を真横に薙いだ。鬼はそのまま崩れ落ちる。

 

 体を反転させて、今度は花蓮を追う鬼の背中に向けて刀を振り下ろした。真っ直ぐに線を描いて傷を作り、鬼の動きが止まる。後はさっきと同じように鬼を上下に切り倒す。


「静音ちゃんは、本当に手際がいいですね。やっぱり私が見込んだとおり、素質があります」


「褒められても嬉しくないんだけど。こんな素質いらないし」


「世の中の役には立ってるじゃないですか。令和の桃太郎だと思って」


「桃太郎になった覚えはない」


 花蓮は倒れている鬼に御札を貼って、跡形もなく片付けた。


「いつまで、これは続くの?」


「鬼がいなくなるまで、ですね。平和を取り戻すために鬼退治よろしくお願いしますね、静音ちゃん」


「はぁ……」


 これから私の生活には学校の文化祭があるし、クリスマスだって、お正月だってあるのに。何でそこに鬼退治なんて、理不尽すぎる。


 私は精一杯花蓮を恨みがましく睨んだけれど、微笑まれてあしらわれるだけだった。


 

 

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