公正世界(仮説)
T男はオカルト系のWEBライターだった。都市伝説や陰謀論を収集し、取材し、文にするのが仕事。最初は副業感覚でやっていたが、最近はこういったものがブームで依頼も多い。T男は元々片足が悪く、他にも心臓や肺に持病もあった。フルタイムで会社に通うよりは、今の仕事が合うという事情もあった。
そんな中、こんな噂を聞いた。
WEB上で新興宗教が生まれたらしい。新興宗教といっても教祖もなく、集団で集まる事もない。WEB上の公式サイトにメールアドレスとハンドルネームを登録すると入信完了。
教えもシンプル。「良い事をしたら良い結果が返ってくる。悪い事をしたら悪い結果が返ってくる」というシンプルなもので、それ以外の教えも一つもない。公式サイトに登録したら、各々この教えを実践するのみで、既存の宗教のようなルールや献金なども一切なかった。公式サイトの掲示板にはこの教えを実践した結果などが書き込まれていたが、これも自由で強制ではない。
この宗教の名前は公正世界仮説教というらしい。宗教に懐疑的な日本人にも受け入れやすく、実際この教え通りにしたら幸せになった人もいるという噂もあり、無神論者も多く入信しているらしい。
「ほぉ、これは気になるな。サイト考案者に会って取材したい」
T男このサイトの考案者に会ってみる事にした。意外な事に若い女性だ。髪の毛も染め、メイクもきちんとしていた。どちらといえば美人。こんなサイトを考案した事が上手く結びつかないが、名前はA子という(プライバシー保護の為、実名ではない)。
「なぜこんなサイトを?」
某コーヒーチェーン店での取材だった。周りは騒がしいが、A子はまっすぐな視線を向け熱心に語っている。
「良い事をした人には良い事を。悪い事をした悪い事を。そういう優しい世界を作りたいんです。どうして罪のないアフリカの子供が飢えているんです? 私はこの世を変えたい」
熱っぽく語るA子を眺めながら、頭の中に「宗教みたい」という言葉が浮かぶが、T男は口にしない事にした。
そういえばテロを起こした新興宗教の末端信者にも取材したことがあったが、A子と似たような事を言っていた。真面目で正義感はあるのだろうが、何か違和感が。
「ところでT男さんって脚が悪いんですか?」
「ま、まあな」
あまり突っ込まれたく無い事を言われた。
「それはT男さんの普段の行いが悪い結果です。悪い事をしたから、悪い事が起きたんです」
「へえ」
T男は内心イラっとしたが、流した。
「だから良い事をしましょう。アフリカの子供に募金して、シングルマザーや子供たちのために子供食堂をやって、道端のゴミも拾いましょう。この努力は報われますから、さあ!」
A子に公正世界仮説教のしつこい勧誘を受けたが、さすがに走って逃げた。
後日、A子は交通事故に遭ったらしい。SNSでそんな噂が流れていた。
公正世界仮説教の信者達は、A子が悪い事をしたからそうなったと決めつけていた。
A子への誹謗中傷は激化し、噂に尾鰭がつき、保険金目当てで虚言を繰り返しているとも言われていた。
「いや、そんなの因果関係不明だろ? よっぽど自分達が清く正しいと思ってるんだな……」
T男は片足を見つめながら呟くが、公正世界仮説教の信者達はA子を叩き続けていた。