【3】
バタバタという足音に驚いたように立ち止まる彼を、塾の玄関を出たところで何とか捕まえる。
「教えて! 何があったの?」
「……、……奥野の親父さんの工場、倒産して、……あいつ高校やめて家族のために働くって……、っ」
中退するの⁉ じゃあ、大学、は。
──もう、それどころじゃない、んだ。
あたしには何もできない。電話、しようにも番号も知らないってその時初めて気づいた。
でもさ、知ってたって何て言うの? 退学残念ね、でも友達だよ、って?
それを奥野くんがどう思うか、わからないけどわかる。きっとそんな言葉欲しくないってことくらいは。
あたしと男の子の間を、風に乗った桜の花びらが吹き抜ける。
春の嵐。少し離れれば、建物の中から見れば、きっと綺麗なピンクの嵐。
だけど真っただ中のあたしには、……たぶん目の前の子にも、冷たくて厳しい、身を切る嵐。
結局あたしは目指してた地元の大学には行かなかった。離れたかった。すべてから。
親とも、高校や塾の先生とも揉めた挙げ句、それまで特に興味もなかった北海道の大学に志望を変えたんだ。
その大学も、もうあと一年で卒業する。来年の今頃は会社員。
彼、はどうしてるんだろう。
結局は知らん顔して過ごしてきたあたしに、そんなこと思う権利あるのかな。
あれ以来、桜を見るたび思い出す。それだけじゃない。自分の名前さえ引き金になる。何年経っても、ずっと。
記憶の中の懐かしい彼の顔は、高校生のあの日のまま。「何もできない」を言い訳に、何もしようとはしなかったあたしだけが年を取る。
この土地では、四月はじめのあたしの誕生日と桜の季節は重ならない。そのためにわざわざ北海道を選んで、それで安心できると思ってた。
なのに結局、「ゴールデンウィーク」が気の滅入る季節になっちゃっただけだったわ。
桜が悪いんじゃない。それくらいもちろんわかってる。問題は「あたしの心」なんだから。
だけど今もあたしは桜なんて嫌い。──“さくら”も、嫌い。
~END~