【1】
「菜実、マスクに口紅ついてる? ピンクの」
あたしたちにとっては大学最後のゴールデンウィークに、一番仲のいい友達と会ってランチした帰りだった。
あたしの言葉に、並んで歩いてた彼女が慌てて口元に手をやる。マスクは花粉症らしいわ。大変だよね。
……実はあたしも杉花粉はヤバくて実家にいた頃は苦労もしたけど、北海道は杉が少ないんだって。こっち来て、実はそれが一番嬉しかったかもしれないな〜。
「あ、取れた。汚れじゃなくて、……桜?」
「は? 何?」
「だから花びら」
あたしの名前だと思った? 「さくら」だけどイントネーション違うのに。
はらはらと宙を舞って落ちる、淡いピンクの一片。
「えー、いつから付けてたんだろ? まあ、今あちこちで花びら飛んでるもんね~」
本州の真ん中、「一応関東地方」からやってきたあたしには、五月の今に桜が咲いてる状況に最初はどうしても違和感が拭えなかった。
流石に四年目ともなるとどうにか慣れたけど。
「マスクしてなかったらさ、口に入ったりしたよね。薄くて小さいから息吸った拍子にさぁ」
「見た目は風流でも汚いよね」
たまたま通った公園の桜並木の下で笑い合いながらも、地面に落ちた無数の花びらが気になった。
このあたりでは有名な撮影スポットだから三脚構えてるカメラマンも何人かいるけど、レンズはみんな上を向いてる。当たり前よね。
「さくら、明日サークルで花見兼ねてジンギスカンするんだけど来る?」
菜実の誘いにあたしは首を振って否定する。
「……うーん、ありがたいけどやっぱ部外者だしね〜。どうしても気ぃ遣っちゃいそうだからさあ。もちろんあたしの問題だから、菜実とかサークルの人達は関係ないよ!」
「そんなの気にしなくていいのに。……まあ楽しめないなら意味ないもんね」
菜実が本心から好意で言ってくれてるくらいわかってるよ。メンバーがそれぞれ友達連れてくるのも珍しくないのも知ってるわ。
──本当のことは言えないの。ごめん。
「しっかしいつも思うけど、ホントに肉焼きながら花見てるわけ?」
「いや、桜はただのダシだから!」
話を逸らしたあたしに、繕うことさえせず堂々とした彼女の言葉に妙に納得させられた。
あくまでも「ジンギスカン」がメインってわけね。
無意識に視線を落とす。
道を覆う花びらが綺麗なのは最初だけなんだ。
ピンクの絨毯があっという間に色あせて、踏みつけられて……、見るも無残な状態になる。ただのごみに成り下がる。
どこにいても、毎年繰り返されるその光景。
途切れずにお喋りしながらも、頭の片隅で考えてしまう。
高校生だったあの日から、あたしは「花見」なんてしたことなかったわ。
それでも、この季節に外を歩けばいやでも目に飛び込んでくるピンク。
菜実にとって桜と結びついてるのはジンギスカン? じゃあ、あたしには……。
桜。──さくら。