信号変われ!
道が交わる四つ辻などに立ち止まってはいけない。そういう場所には不吉なものがやってくることがあるから。
と、視える人はそんなふうに言う。
それは道と川であっても同じかもしれない。
むしろ、水がある分、川の方がより危険かもしれないのだ。
* * *
少し先の信号が赤に変わった。
前には3台ほどの車が止まっていて、俺の車はちょうど橋の真上で止まった。橋は大型車1.5台分くらいの長さだ。
川というか、用水路なのかもしれない。両岸を間知ブロックで固めてあり、真っ直ぐなので水路の上を跨ぐ橋が何本も見通せた。生活道路が川(というか水路というか)を横切る橋なんだろう。
あまりにも川の真芯に車が止まってしまったので、俺はなんだか落ち着かない。
川に沿った「気の流れ」のようなものにさらされているような気分だ。
ここの信号、長いんだよな。早く信号変わってほしいな・・・。
そんなことを思いながら運転席の右側を見て、真っ直ぐに見通せる川を眺めていると・・・。
遠くから、何か灰色のものが川を遡ってこちらに向かってくるのが見えた。
津波?
いや、違う。何か灰色のモヤみたいな塊だ。
それが、橋さえも呑み込むようにして、こちらに向かってくる。
かなりのスピードだ。
車でいえば、40キロ以上は出ているだろう。
たまたま橋を渡っていた人が、そのモヤに呑み込まれて消えるのが見えた。
なんだ? あれ・・・。
津波が川を遡るみたいに、先端がゴボゴボと沸き立っていて、それでいてそれは水ではない何かだ。
呑み込まれた人は、どんなふうに消えた?
いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
その灰色の何かは、ものすごい勢いで俺の方に近づいてきているのだ。
前にはベンツが止まっていて、後ろには軽トラが止まっている。
俺の車は、前にも後ろにも動かせない。
灰色のそれはもう、100メートルほど先まで来ている。スピードは弛まない。先端のモヤは地獄の釜のようにゴボゴボと沸き立っている。
ヤバいよ、これ!
何かわからんが、絶対にヤバい!
信号!
信号、変わってくれ!
早く!
早く! 信号、変わってくれぇ!
ここの信号の長さを、これほど苛立たしいと思ったことはない。
あれは、絶対ヤバいものだ!
全身が総毛立つ。
信号、変われぇ———!
灰色の何かが、70メートルほどに迫った時、前方の信号が青になった。
よし!
よし!
動いて! 早く!
来てるんだよ! 変なものが・・・。
先頭の車が動き出す。
早く!
早く!
2台目のブレーキランプが消えた。
よし!
俺は運転席から、右側の川と前方を忙しく見ながら念じた。
灰色の何かとの距離は50メートルを切った。
早く!
ところが、すぐ前のベンツが動かない。ブレーキを踏んだままだ。
早く! 何やってるんだ?
左側の運転席で、運転手がややうつむいているのが見える。
寝てんのか? それともスマホでも見てんのか?
灰色の何かは30メートルまで近づいている。
何やってんだよぉ———!
灰色のモヤは、容赦無く近づいてくる。
動いてくれ! 早く! 信号、青なんだぞ!?
20メートル!
15メートル!
・・・・・・・・
俺は灰色のモヤとベンツを交互に見ながら、必死でクラクションを鳴らした。
しかし前の車は動く気配を見せない。
10メートル!
5メートル!
3メートル!
「うわあああああ!」
ところが、灰色のモヤは俺の車が止まっている橋の手前で、橋の下に潜り込むようにして消えてしまった。
「?・・・」
前に止まっていた黒塗りのベンツのドアが開いて、小指のない男が降りてきた。
了
どーだ! 怖いだろう。。(=^^=)