いつものかなで
傷が開いて入院してから2週間が経ち、退院の日になった。先週、退院するまで休んでてと言われてからかなでに見舞いに来ていないので1週間ぶりにかなでに会う。病院へつくと別室に案内され、車椅子に乗ったかなでが待っていた。
「かなで、迎えに来たよ」
こちらに背を向けて座っていた彼女は俺の声を聞くと慣れた手付きで車椅子を回転させてこちらを見た。
「ありがとう、翼」
とても元気そうだった。病院に運ばれた時は精神的にかなり弱っていたが、今では落ち着いていそうだ。お互い距離をおいてよかったのかもしれない。
しばらくその部屋で待機し、外傷の担当医と心療科の担当医が別々に様態を説明していく。心療科の方は薬が出された。この薬で精神を落ち着かせているそうだ。長い説明と書類などの手続きを終え、病院を後にする。たった1週間だったが長く時を離れているよう感じた。かなでの車椅子を押していく。
「かなで、会いたかった」
ふと口に出たのは、心で収めるつもりの言葉だった。1週間お互い休もうと言い合ったのにも関わらず、寂しい気持ちでいっぱいだった。翔さんと話してからはかなでは気持ちが楽になり、前よりもずっとかなでを知れてずっとずっと会いたかった。するとかなでは車椅子を押す俺の方を見上げる。
「私も」
優しい笑顔だった。ここ最近は見られなかった笑顔。俺もつられてしまう。寂しかったが、大切な1週間だったのだ。お互いにお互いを思うがあまり互いに傷つけあっていたのだと、今更ながらに自覚する。しばらく、その小さな幸せを噛み締める。お互い沈黙のまま道を進む、嫌な沈黙ではなかった。大きな道の曲がり角で翔さんと鉢合わせした。
「よっ退院おめでとうな。間に合ってよかった。これ退院祝いだ、2人で飲んでくれ」
少し息の上がった翔さんから差し出されたものはかなでのお気に入りのコーヒー豆だった。紙袋に包まれたそれを受け取る。
「じゃあな」
お礼をいう暇もなく走りさっていく。俺が呆気に取られてていると
「翔、ありがとう!!!」
かなでが、走り去る翔さんの背に大声で向けてお礼を言っていた。腕を精一杯大きく振っている。その声を聞き、チラッとこっちを振り返り同じように翔さんも手を振り返し、曲がり角へ消えていった。
「恥ずかしかったんだね、珍しい」
紙袋に包まれるコーヒー豆を抱きながら、楽しそうに笑っている。俺はずっと呆気に取られてしまった。あんな仕草を見たことがなかった、友達同士でしか見られないそんな仕草。翔さんが羨ましい。そして、照れ隠しだと分かってしまうこともすごいと思った、付き合いが長いのは目に見えない絆があるんだなと勝手に感慨にふける。
「翼、つばさーーー、おーーい」
俺はぼーっとしてしまっていたらしい、かなでの呼び声でこちらに戻ってくる。
「ごめん、ごめん、かなで。ついつい感慨にふけっちゃって。翔さんいいなーって」
羨ましいと思ったことは本当だった、でもつい口が滑った。これじゃ嫉妬してるみたいじゃないか。長い年月で作られた関係性も羨ましい、俺にはまだまだ程遠い。
「翼はあの人が知らない私をたくさん知ってるよ、それじゃダメ?」
幼い言葉使い。そういえば、子供の頃できなかったことをして進もうとしていると言っていた。薬で精神を安定させている分、それが強くでいるのだろう、と考え込む。
「翼??」
「ごめん、ごめん、大丈夫だよ」
かなでを安心させるために顔の方に回り込む。俺の顔を見ると無邪気に笑っていた。こんなかなでも悪くない。とてもかわいい。
「翼、愛してる」
見合っていた顔に突然キスをされ、耳まで赤くしてしまった。そんな様子をみて無邪気に笑う。いたずらっ子のようで微笑ましい。俺も仕返しと言わんばかりにキスをした。目と目があい笑い合う。
「俺も愛してるよ」
愛の言葉を伝えて再び車椅子を押し、帰路についた。
「かなで、おかえり」
「ただいま、翼」
いつもの挨拶のキスをする。また一緒にいられるのだと嬉しく思う。家についてからは、お互い隣あってずっといた。手を繋いだり、肩寄りかかったり、会えなかったのはわずか1週間と言いつつ、2人して寂しかったのだ。
夕食の時間になり、いつもの通りご飯を作って出した。また無理しないといいが……
「いただきます」
一口は小さいが前よりか箸の進みはいい。ゆっくりと噛み、美味しそうに食べていた。その姿をみてほっと息をつく。
「翼、いつもありがとう」
ずっと見ていたことに気づいたのだろう、こちらをみて優しい顔つきでお礼を言ってくる。俺はいつもこの顔にドキドキしてしまう。支部から異動してきたときに全員に前で挨拶したあと、役職につく人の自己紹介をしたときにこの笑顔で笑いかけられ、俺はかなでに恋をした。その時の顔だった。何度君に恋をすれば、いいんだろう。
「いいえ、無理しないでゆっくり食べて」
ドキドキしていることを察されないように、笑顔で負けじと答える。その顔をみて、かなではまた嬉しそうにニコニコしている、これはバレてる。なんで表情読むのがうまいかな……照れ笑いをして、食事の続きをした。
料理はすべて完食してくれた。無理していないか心配になるが、面会をしていない期間に改善されたのかもしれない。
「ごちそうさまでした。美味しかった、ありがとう翼」
そういえば、食事を美味しいと言われたのは初めてな気がする。精神的にやられていたから味を感じていなかったのかもしれない。
「最近、ようやく味覚が戻ってきたの。前退院したときは全然味が分からなくて、ただただ食べなきゃいけないから口に入れてて。せっかく翼が手間ひまかけて作ってくれてたのに身体は食事を拒否するし、味も分からなくて、たくさん残しちゃってごめんね」
「いやいや、気にしてない。美味しく食べれるようになってよかった」
やはり味を感じていなかった、それだったら食事をしたくないのも当たり前だ。おまけに身体が弱って食べたくなったのだ、無理もない。
食事を片付け、風呂に入り、寝れる準備をしたあとはまた2人でソファに腰掛けてくっついていた。入院中も合わせたら2週間こうして甘えることはできなかった。かなでが俺にゆっくり抱きつく。抱きつかれたあとはずっと頭を撫でた。かわいいな、胸にある頭を撫でながらそう思う。しばらくするとかなでの寝息が聞こえ始めた。少し寝てていいよ、かなで。
2人してソファで寝落ちしてしまい、目覚めたの夜中だった。俺の胸の中で寝るかなでを起こさないように抱え、ベッドに運び俺も一緒に床についた。
ーーー
かなでの傷が開いたこともあり、リハビリも週4日ほどあったのが2日に減らされた。かなで本人は大丈夫と言っていたが、医療ミスと思っている病院側はよしとは言えないだろう。リハビリが少なくなった分、自宅でそれを補おうと色々一人でしようとしていた。食事が終われば何とか食器だけでも運ぼうと立って運ぼうとしたり、車椅子からゆっくり立って俺のほうに歩いて来ようとしたり、とこっちがハラハラしてしまう。食器を俺が片付け歩くのを補助してやったり、俺に向かってこようとするときはできるだけ距離は縮めてすぐ来れるようにしたりしてあげた。かなでは無茶をする。回数を減らされて焦っているのはわかるが、俺が見ていないところで色々して、転んでいたり倒れていたりするとこを何度も見てしまった。1人で起き上がれない体制で倒れてしまうと床に倒れたままいて、それでも何とか起き上がろうと無茶をするところを見てしまい急いで補助したこともあった。きっとそれを何度もやっていて知らない間に膝にアザがたくさんできている。何度か注意はしたが一向に一人でやろうとしてしまう、これはちゃんと話し合おう。
「かなで、今日話し合いたいことがある」
見当がつくのか肩を跳ね上がらせる。俺は怒ってるんだ、なんで一人で無茶するんだ。
「かなで、見当ついてるんでしょ?俺の顔見てないもん、わかるよ。」
かなでは俺と目を合わないようにしていた。きっと悪いことをしている自覚はあるのだろう。なんで俺を頼ってくれないんだよ。
「あの、なんのこと?」
「しらばっくれないでくれ、君が一人で色々しようとして歩こうとすることだ。確かに前より立って歩けるようになったかもしれないけど、まだ全然ちゃんと立っては歩けない。なのに一人で色々やろうとして転んだり、倒れたりしてアザだらけじゃないか。この前だって倒れ込んで起き上がれずにもがいてた。なんで無茶するの?」
「ごめんなさい」
ようやくこちらを見て謝ってきた。謝罪が欲しくて怒ってるんじゃない、なんで俺の視界に入らないとこで色々しようとするんだ。
「最近は自分で食器片そうとしないから自分で無理に立って歩くようなことやめてくれたのかと思ってた。でも、俺が見えないとこで歩こうとしていたよね?そのアザが何よりの証拠だ。俺を頼ってよ」
かなでは顔を俯いたままだった。きつく言い過ぎたか?いやでもこれくらい言わないとアザ以外の大きな怪我をするかもしれない。
「翼、ごめんなさい。でも、あなた頼っちゃうと迷惑になっちゃうから。すぐに私のところに補助しに来るし、家事の色々の手を止めてしまうのが嫌で………リハビリも少ないからせめて自分でって思ってたの。ごめんなさい」
「俺には迷惑かけていいって散々言ったろ?俺の見えないとこで無茶しないでよ。今はアザだけだからいいけど、大きな怪我をしたらどうするんだ?また君が怪我をするところ俺は見たくない」
「ごめんなさい。でも、あなたに色々してもらってるのにこれ以上してもらったら負担になってしまう。」
「負担にならないよ。むしろ一人で色々しようとするほうが心臓に悪い。俺が手が空いてたらリハビリも手伝うから、気軽に声かけてよ」
あまりこう言いたくはないが、迷惑かけないように一人で色々することが俺には迷惑になっている。でも、かなでは人の頼り方がわからない人だ、これだったら迷惑をかけずに済むと自分なりに考えた結果の行動だろう。それが目に届かないところで自分ですると言うのが中々に物騒で怖いが……今までも誰かに見えないようにとやってきた癖なんだろう。今回ばかりはバレなかったらいいという問題じゃない。
「本当にごめんなさい。余計に迷惑かけてしまったね。これからちゃんと声かける」
俯きがち謝ってくる。ごめん、俺も強く言い過ぎた。かなでの悪い癖なんだ、隠さないでいいのに。
「ごめん、俺も強く言い過ぎた。俺にはちゃんと頼って。かなでの身体に傷が増えるの俺嫌だよ」
声のトーンを戻し、優しく顔の輪郭を撫でる。
「うん、ちゃんと頼るから。本当にごめんなさい」
俺の顔をようやく見てくれる。「反省した顔というのはこんな顔」というようなごめんなさいを体現した顔付き。そんな顔を初めて見るが、あまり長くその表情でいてほしくない。顔に当てていた指を首の方までスライドさせる。撫でられるのがくすぐったいのか少し
微笑んでいた。
ーーー
一度ちゃんと頼ってと話してからは無理して動き回ることも無くなった。お陰で膝にたくさんあったアザは今ではきれいになくなっている。頼るときのかなではぎこちなく、それはそれで可愛かったが本人に言うと怒られそうなので俺の中の秘密にしておこうと思う。傷が開いて半月過ぎた頃、ようやくリハビリも元の週4回に戻った。回数が戻ってよろこんでいたのはかなでだった。そして半月でかなでの精神面はものすごく改善された。もう薬もいらないとこの前言われたのだ。前と変わらない笑顔で、話し方で、それでも甘え方は精神が弱っていた頃と変わらず可愛らしいままで、俺はすごくすごく嬉しかった。かなで自身も父上と呼ばなくなり、あの人とは別で私は私とちゃんと思うようになれていた。それが本当に嬉しかった。食事も普通に取れるようになり、今では徐々に体型が戻ってきつつある。あとはかなでがずっと歩きたいと言っている夢が叶うのを待つばかりだ。
「かなで、おはよう」
変わらない、いつもの挨拶。この毎朝の挨拶が俺は大好きだ。
「おはよう」
今日はかなでからキスを返された。この毎朝の挨拶は一緒にできても、明日はかなでの側に1日いられなくなるんだよな……俺は長い1ヶ月の休暇が終わり、明日から登営しなくてはいけない。
「1ヶ月長いようで短かったね」
優しい笑顔でかなでに言われる。近くに入れないことを寂しく思う。俺にとっては大事な1ヶ月だった、かなでにとってもそうだったと思ってる。かなでの過去に触れて、たくさんの辛いことを知ったけど、お陰でこんなに近くにかなでを感じれる。かなでがあの騒動で生死を彷徨ったがこうして生きてて、歩くことはできないが、かなでの大切な人や思い、そして何より心の傷を知れて分け合えた。それが一番嬉しい。その反面、1ヶ月も一緒にいたのだ、離れてしまうことが本当に寂しい。
「そうだね、かなでと離れるの寂しいよ」
今思っていることを口に出し、かなでに抱きつく。
「はは、私は家にいるから大丈夫。私もリハビリ頑張るね」
優しく腕を回されてお互いに抱き合う。温かいな、弱っていたかなでを知っているからこそ噛み締めてしまう。
「ごめん、かなで。朝ごはんにしよ。」
いそいそとかなでの側を離れて、リビングへ行く。明日登営したくないな………かなでは顔を洗いにいったようで、姿は見えなくなっていた。こうやって分かりやすく落ち込むからかなでに気を使わせちゃうのに……昔から俺は犬みたいと言われてしまう、そんなに感情分かりやすいかな…。
「翼」
呼ばれると同時に腹のところに手を回される。俺が食器を並べてリビングの机で固まっていたところだった。
「元気だして、確かに1日いられないけど、あなたが帰ってきたら私がちゃんといるよ?」
無邪気な声色で抱きついたまま話される。
「しょんぼりしてるよ?翼」
お腹にあるかなでの手を握る。そう言われてしまうと落ち込んでるのは確かだ。おまけに休みに入る前は合同訓練の中を抜け出し、次の日登営したと思ったら1ヶ月間休みをもらうという支部上がりの問題児として見られるだろう。
「かなでがいるのはわかってるんだけど、行きたくないな………」
「嫌なことあった私に愚痴こぼしていいから。私のために1ヶ月も休んでくれてありがとう。そしてごめんなさい。私のせいで行きづらくなってるよね」
背中に額をつけたのだろう、かなでの温かさをより強く感じる。
「そんなことない!!行きづらくはないけど……ううん、嘘。行きづらさはあるけど、同僚に会いたいんだ。あいつには迷惑かけたしちゃんと話そうと思って。かなでのことも、信用できるやつなんだ」
「そう、よかった」
するっとかなでの手が離れて、俺はかなでの方に向き直る。
「その同僚はライトっていうんだ、かなでのこと話してもいいかな?もちろん過去のことは言うつもりはない。ただちゃんと生きてて付き合っててそれで休みをもらったってちゃんと言いたいんだ。俺が騎士団を飛び出したり、翔さん会いに行くときも場所を教えてもらったり色々と世話になってるんだ。あの、そのライトも君を心配してたから」
口に手を持っていき嬉しそうに笑った。最近この笑い方も元に戻ったのだと仕草を目で追ってしまった。
「そんな慌てて話さなくていいよ、素敵な同僚さんね。話して大丈夫だよ、ちゃんと顔見せてあげて」
車椅子を漕いでいつもの定位置に移動し、自分の席へと座りなおす。。
「せっかく翼が用意してくれたご飯冷めないうちに食べよ?」
ニコッと優しく笑いかける。あーその笑顔好きだ。俺が恋に落ちた時の顔だ。いつもいつもドキッとしてしまう。その顔が悟られないように俺も自分の席についた。
「「いただきます」」
2人で黙々と朝食を食べる。かなでと今は同じメニューだ、前は作り分けていたから同じのを食べていると思うとなんだか嬉しい。そんな姿をつい見てしまう。
「翼から同僚の話、初めて聞いた」
食べ進めていた手を止めて、ライトのことを聞いてくる。
「確かに話してなかったね。ライトはこっちに異動してきたときに話しかけてきてくれたんだ。こっちでは俺の先輩だけど、年齢がタメでさ。仲良くしてくれてるんだ、いいやつなんだよ」
「そう、長い友人だね。翼の小隊にいる子?」
「そうだね。こっちはみんな苗字呼びだから下の名前忘れちゃったな」
「今度詳しく友達の話聞かせて、あなたから騎士団での話あんまり聞かないから、様子が知れて嬉しい。支部での話もいつか聞きたいな」
「うん、今度話すよ」
ご飯を食べ終え、食器を片付ける。前までは1人で立ちあがり食器を片そうとしてしまっていたが、今ではちゃんと声をかけてくれる。食器は俺が片してやり、歩くのを手伝う。
「翼、手伝って」
「分かった」
かなでの両手を握り、歩く補助をする。前より全然歩けるようになったと思う。前は立つことすらままならなかった。以前のように普通に歩くことができるようになるのではないかと思うほど、回復が早い。そういえば、今日の午後はかなでの歩けなくなった怪我の診察がある。そこで今の状態とこれからを聞く予定だ。そのあとはかなでの母のところへ行く。
食器の片付けが終わり、午後の時間になるまでは2人でソファでくつろぐ。この時間が何より好きだった。何もすることがないとここへ2人で座って、手を繋いだり、かなでがハグしたりとたくさん甘えてくれる時間だ。明日のことをつらつら考えているとふと訓練のことを思い出す。
「俺、明日筋肉痛になりそうだな」
「1ヶ月ぶりだから?」
今は俺の胸に抱きついていて、そこからかなでが顔を見上げて聞いてくる。
「それもあるけど、訓練の内容がハードになってるんだ。メニューも増えたし、もしかしたら帰り遅くなるかもしれない」
「訓練大変なのね、そういえば私が退院してすぐも帰り遅かったね。もしかしてあの化け物のせい?」
化け物の話題を出されるとどうしても避けたい。かなでに大怪我を負わせ、歩けなくした元凶である。
「うん……まあ、そのせい」
話題を避けたいが故に歯切れが悪くなってしまう。あの化け物のせいなんだ、幸せを壊したのは。でも、あれが無かったらきっと、かなでとここまで長く、そして深い関係になれていなかった。そう思うとあの出来事は複雑だ。
「あいつかー(騎士団総出でも勝てないと思うけどな)」
かなでがボソっと独り言を言った。なんと言ったんだろうか?この距離でもような聞き取れない独り言、気になってしまう。
「かなで、今なんて言ったの?」
何の気なしに聞いてしまう。
「ううん、何でもない。訓練頑張って」
一瞬遠い目をしたのに気づいてしまった。そしてそれを悟られないよう破顔する。あの化け物の強さを知ってるのはかなで自身。きっと触れられたくないのだ、もう詮索しない。
「ありがとう、かなで。訓練頑張るよ」
ーーー
病院に行く時間になり、用意してかなでを連れて行く。
かなでの診察が終わるのを待っていると、かなでの母が偶然居た。ちょうどいい、かなでが話があると言っていたのだ。
「アイトさんお久しぶりです。かなでがあなたに今日会いに行くと言っていたので話しかけました」
肩を優しく叩き、ゆっくりと喋る。だが、かなでの母は慌てふためきカバンを漁っていた。どうやら今日は紙とペンを忘れてしまったようだ。俺は手話がわからない、かなでに教えてもらうんだった……アイトさんは手話ではないジェスチャーでごめんなさい、紙とペンを忘れてしまったのと伝えてくれた。
「アムルさーーん!いらっしゃらないですか?」
かなでの診察室の方から大きな声で俺の名を呼ぶ声がする。かなでの母に向き直りまた後でと話して、急いで診察室へ行く。
部屋へ入り椅子につく。
「かなでさんはこのままリハビリの方へ行ってもらいました。今日は短めにやるのですぐに戻られますよ。」
椅子についた途端話し始めた。いつもとは違う医師だ。
「今日はいつもの医師が休みなんでね、私が診察しました。かなでさんの容態としては悪くないと言えます。歩ける可能性は今のところまだ低いですが、頑張れば可能性はあるという感じです。なので、キツいリハビリをまだまだ続けていただくことになる。今日はそれぐらいですね、本人がキツかったらリハビリをやめて車椅子生活でもいいと思います。それでは。」
話したいことは話したという感じで何処かへ去った。この様子だとちゃんと見てもらえたのか心配だな……いつもの医師はもっと診察が長いのだ今日はえらく早い。後でかなでに聞いてみるか。
診察室を出て、少し経ったあとかなでが出てきた。
顔が怒っている、あの医師に何か言われたのだろうか。
「無理に歩けるよようにならなくていいんじゃないですか?だって、私は歩けるようになりたいのに。悔しくて言い返したらリハビリの部屋連れて行かれちゃった。今日は臨時らしいけど、あの人に診てもらうの嫌だな。」
本人にそれを言ったのか、腹の立つ医者だ。
「かなでに言ったの?酷い先生だな」
「まあいいわ、次の診察のときにちゃんと見てもらうから」
さらっと流して終わりにした。だが、今週から週4日のリハビリに戻るというのに不安だ。かなでが流したから俺も流すことにする。この先生がかなでの心が傷ついてるとき担当にならなくてよかったと強く思った。
「かなで、さっきお母さんが受付のところにいた。一緒に行こう」
「本当?偶然ね、病院の話を丁度しようと思ってたから、運がいいわ」
ゆっくりと車椅子を押し、母親のところへ連れて行く。かなでとその母が半月ぶりに顔を合わす。かなでがゆっくりと手話で話す。
「お母さん、半月ぶりね。ちゃんと病院通っててよかった。前に渡した分で足りた?色々話したいから、お母さんのお家お邪魔していい?」
母親の受診が終わり、かなでを押して家を目指す。
街から1時間ほど離れた村に住んでいた。
「翼、ここまで連れてきてもらったのにごめんなんだけど、外で待っててもらっていい?」
「いいよ、突然俺も来ちゃったし、待ってるよ」
ーーー
1時間ほど経ったほど、かなでが家から出てきた。
「お母さん手術受けてくれるって、お金援助させてもらうことにしたわ。ごめんね、待たせちゃって」
「待つなんてどうってことないよ。それより、お母さんのことよかった」
またゆっくり帰路についた。
夕食を作りテーブルに並べる。今はかなでが風呂に入っているので、上がるのを待つ。
「翼、ごめん。時間かかっちゃって。私待たないで食べてていいんだよ?いつも待っててくれてるけど、冷めちゃうし、気にしないでいいのに。」
「かなでと一緒に食べたいからさ。温め直すよ」
料理を持ってキッチンへ行こうとすると、かなでに呼び止められた。
「翼、こっち来て」
声をかけられ、料理をキッチンのカウンターに置き、かなでの方へ行く。
「どうしたの?」
俺はいつも車椅子に乗るかなでに視線を合わせる。すると、頭に手を回されキスをされた。突然のことで目を見開いてしまった。
「びっくりした??」
嬉しそうにいたずらな笑顔を浮かべてる。
「いつもありがとう、翼」
俺がフリーズしていると、ニコニコしながら定位置に移動していく。ズルいな……全く。怪我をする前の彼女はあまりこういう派手な甘え方をしなかった。精神的な傷を乗り越えてからは、元々持っていただろう甘えたがりな部分を遠慮せずに出してくる。嬉しい反面ドキドキしてしまう、しかもそれを見て楽しそうに笑ってるのだ。本当に本当にズルい。俺だって君にいたずらしたい。
「ズルいな、かなで。」
不貞腐れた顔を隠さず、料理を温めていく。その様子を見て、声に出して笑っていた。このいたずらで笑ってくれるならいいか、と俺も笑ってしまう。幸せだ、本当に心が治りつつあってよかった。
ようやく、料理を並べて2人で一緒に食べる。今日は休み最終日、明日からは一緒に食べれることも少なくなってしまうだろう。噛み締めて食べよう。
「「いただきます」」
また、2人で他愛もない話をして笑い合う。ずっと続いたらいいなと願う。おかえり、いつものかなで。