8.「たのしそう」
「えー、意外、しき何でも出来そうなイメージあるのに」
「……まぁ、やった事無いだけで、やろうと思えば出来ると思うけど」
「うわっ、出たぁー」
修学旅行2日目。
元々冬の修学旅行なんて山登りも海水浴も出来ないんだし、出来ることと言えば遺産とかの見学か…スキーだ。
という事で、1年の修学旅行は実質スキー旅行で、今は初心者と中・上級者に分かれた所だ。
僕は勉強とかで忙しかったし、…そもそも弟がスキーに興味が無かったから時間があっても行かなかっただろうけど、とにかくスキーをするのは今日が初めてだった。
「じゃあ俺らあっちだから、また後でなー」
「じゃねー」
「……ん、」
友達と別れて初心者列に入ると意外と少なかった。
うちの学校は比較的活発な奴が多い印象だったし、やっぱりそういう奴らはスキーくらいはした事あるんだなぁとぼんやり思った。
「……あっ」
もう癖になってるのか、無意識に彼女の影を探して見回すと、後ろの方に見つけられた。
さすがにスキーはした事無いだろうし、同じ初心者コースに居るのは予想通りだった。
…と言うか、安心した。
あの華奢さで軽々と滑るのを想像出来ない。
途中で折れてしまいそうで。
「小野寺じゃん、一緒に滑ろー」
…見つけたとして、別に彼女とどうこうする訳でも無いし、初心者コースにいた友達と何となく集まって、いつもよりは少数の《《だま》》ができる。
ちょっと心配だったけど、僕が出来ることは無いから、友達とちょくちょく会話しながら講師の人の教えるのを聞いていた。
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「あー、つかれたぁ…」
「お、お前らおかえりー」
「しき、どーだった?」
「…まぁ、滑れるようになったよ」
スキーの時間を終えて、同じコースを滑っていた友達と一緒に、先に着いていた別のコースの友達と合流する。
何時間か教えられた結果、結構滑れるようになって、明日には初心者コースでなくても良さそうなくらいにはなった。
その間にれいちゃんが滑っているのを見かけられなかったので、彼女がどうなったかはよく分からなかったけれど。
「マジ?!えー、しき、こっちのコース来なよー」
「まぁ…一応考えとくよ」
「え、まじ?しき来る?!」
わちゃわちゃし始めてた頃、やっとその暖房の効いた部屋の隅にれいちゃんを見つける。
(……あっ)
れいちゃんは、スキー場を見渡せる窓から外を覗きながら、昨日僕があげたジュースを片手に持っていた。
それを見ていると何だかとても嬉しくなってしまって、心がそわそわする。
…これは、彼女が僕の『特別』だからなんだろうか。
とにかく、ちゃんと僕が、僕の居ない彼女の空間にもちゃんと影響を与えられていることが分かって、僕がずっと追い付けずに追いかけてるだけじゃないんだって、それを表してるように感じてとても気分が良かった。
「…しき?」
「えっ、……なに?」
「いや、ぼーっとしてたから…何見てたの?」
友達の1人がそんなことを言って、僕の見ていた方を覗き込む。
「あー…ゲレンデの向こうの方で人転んだ瞬間見ちゃって、大丈夫かなーって」
「まじかー、…うちの学校のやつじゃないよな?怪我で明日無しになったりするのだけは勘弁…」
「怪我してたとしてもさすがに中止までは無いんじゃない?」
「えー、でもありそうで怖ー」
適当に言い訳をすると、またそんな感じの会話になる。
わざわざ言わないけれど、そんな心配をするなら天気の心配をした方が良い。
何せ天気予報がかなり怪しかったから、最悪大雪になって雨の日のスケジュールさえできるか微妙になる場合だってある。
…いや、あいつらにとってはそっちの方が…宿舎で遊べる方もそれはそれで楽しいイベントかもしれないけれど。
「班員揃ったら班長、報告しろー」
先生の声に、僕はハッとして班員を集めようとする。
…が、大体みんな輪の中に居たので、他の人が足りない人を集めてる間に、
「…れいちゃん、集合だよ」
と、声を掛けに行った。
れいちゃんは僕の方を見てからゆっくり立ち上がって、ジュースのペットボトルをリュックのポケットに差し込んで、「よっ…」と言いながら背負った。
やっぱり至近距離で立ち上がられると、かなりの身長差で思わず圧倒されてしまう。
高いと言っても女子の中で一番くらいで、男女で見ればそうでも無いんだろうけど、クラスの男子の中で一番の低身長の僕からすればそれはかなりの差だった。
「……行こ」
「うん」
無意識に手を引こうとしてしまうが、みんな居ることを思い出して慌てて手を引っ込める。
れいちゃんはちゃんと手を引かなくても普通に着いてきてくれて、ほっとするのと同時に、なぜか少し残念なような、不思議な気持ちにもなる。
けれど、それが何故か考える暇なんて与えずに、僕は先生に班員が揃った事の報告に行く。
それを考えてしまうと、『特別』と言うには何か具体的になってしまう気がしたから。
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「うわっ、もう2日目終わるじゃん…」
宿舎に戻るバスの中でふと、前の席の友達の声が耳に入る。
確かにそうだけど、そうじゃない。
昨日と違って時間はあるんだし、昨日出来なかった事とか、レクリエーションの時間とかもあるから、終わった気になってる場合じゃない。
…とは言っても、みんなさすがにクタクタで、車内は喋り声はしても遠くの席に大きな声で話しかけるような奴も出ないで結構静かだ。
れいちゃんも初日の車酔いが余程応えたのか、寝ずに外の方を肘をついて見ていた。
別に良いけれど、そんな体制じゃ首が寝違えそうだ。
「…しき」
「なに?」
「グミ食う?」
「…え、持ってきてたの?」
「あは、良いじゃん。配ってんの。」
ぼんやりと考えていたら、突然前の友達からそんな事を言われて、「はい」と、グミが何粒か小分けになっているものを1つ渡してきた。
「…ありがとう」
「んー、」
僕が受け取ってお礼を言うと、友達は満足そうに戻って行く。
そして、声が気になったのか、いつの間にかれいちゃんがこっちの辺りを見てる事に気付く。
「…食べる?」
僕が一応コソッと聞くと、れいちゃんはちょっとだけぎょっとした顔をして、
「…いい……」
と呟いた。
前ジュースをあげた時もあんまり嬉しそうな顔をしなかったし、人の好意とか、そういうのに素直に甘えるのが苦手なんだろうか。
「…そう?」
「……うん」
会話が途絶えて、少ししんとする。
僕は、そういう生きづらい所をまた目の当たりにして放っておくのもなんだか出来なくて、グミの袋を開けて、
「れいちゃん、口開けて、あー」
と声を掛けた。
「?……あー…わっ、」
れいちゃんなら何も考えずに口開けちゃうだろうな…と思っていると案の定口を開けられて、僕はすぐさま手に取った一粒を投げ入れる。
あまりにもちゃんと思った通りに入って、れいちゃんも声に出して明らかに驚いたようにするから、面白くなってしまって、思わず「あははっ」と笑ってしまって、慌てて口を抑える。
「……!」
そのままれいちゃんの方を見ると、れいちゃんは意外にも…普通に笑っていた。
…別に今まで笑った顔を見たことない訳では無かったし、れいちゃんは楽しい事があれば普通に笑う人だけれど…正面からちゃんと、こんな近くで僕に向けられた笑顔を見るのは初めてな気がして、…そして、その笑顔で…他人の笑顔でこんなにも心揺さぶられて、体中が悲鳴をあげるほどいっぱいいっぱいになるなんて。
今までこんな事無かった。
他人の笑顔とか、喜ぶ顔でほっとすることはあったけれど…悲しむ顔とか、失望される顔とかでもなくて、こんなに他人の表情に気持ちが動かされる事って…あったんだ。
ただ笑顔を向けられてるだけなのにこんなんになってしまって、僕が彼女に感じる『特別』は、家族とかのそれをゆうに超えているのでは無いかと思ってしまう程で。
その後の帰りのバスの中で僕は、顔の熱いのを隠すので精一杯だった。