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僕と彼女の歪んだ『愛』とその日々  作者: センセイ
第一章
7/50

7.「いらない」

カチャ…カチャ…

カツ、カッ


しんとした空間に二人分、食器のぶつかる音が響く。


あんなに遊んで帰ったから当然みんな食事が終わったあとで、僕とれいちゃんは他の人が入浴準備とかをしている間に、急いで夕食を食べることになった。


…きっと今頃部屋では、帰って来なかった問題児と学級委員の、あることないことなウワサで持ち切りだろう。


先生はと言うと、2人して遅れて来た事に色々聞きたそうにしていたけれど、忙しくてそれどころでもないのかあまり怒られずに済んだ。


…ただ、あんまりどんな会話をしたのか思い出せない。


「……」


何と言うか、怖かった。


理解したと思ったら出来てなくて、理由があったとしてもあれは到底理解できない。


『彼女は特別だ。』


…そう認識して、生きづらい彼女の助けになろうと思って、初めて輪から少し浮いてもいいと思えたけれど、


…どうして?


あの時、雪だるまを…これは僕だと言ってきた雪だるまを、何でわざわざ踏み潰す必要があった?

悪いことだけど、言いたいことがあって手を出してしまう気持ちは…理解できない訳でも無かった。


でも…例えば、「雪だるまが先生とかに見つかると都合が悪いから」とか、言いはしないけれどなにか思う所があったんだとしても、手で優しく崩す訳でも無く、雪山に埋めて戻す訳でも無く、どこかに隠す訳でも無く…雪の音がするくらい、まるで何も無いただの雪の上にやるように足で踏み付けて…。


僕の思い付く限りでは、わざわざその方法で、僕も居る前で潰す事に説得力のある理由なんて見つからなくて、その行動を『不器用』と言う言葉で片付けるにはやっぱりどこかおかしくて、僕はまた彼女が分からなくなってしまった。


しかも、今度は確かな恐怖と一緒に。

彼女が潰したのは、『僕』とした雪だるまだけだったのだから。


「……あ、居た。黒木さん、うちの部屋今から入浴の時間だから呼びに来たけど…」

「……うん」


そんな事を考えている時、れいちゃんは探しに来た同じ部屋の友達に呼ばれて、フォークをカチャッと音を立てて置いて、それだけ返事を言って立ち去る。


偏食なのか、少食なのか知らないけれど、お皿にはかなりの食事が残されていた。

でも、彼女の事だし食べたければ呼ばれても構わず食べ続けるだろうから、そんなに心配は無かったけれど…って、こういう事は分かるのに、やっぱり何か理解できない。


というか、根本的に理解出来てない気にもなってしまう。


《《それ》》がどんなに酷いものでも、殺人鬼でさえも何となく理由があって、それなりの行動をするものだ。

…だから、僕は彼女がどういう考えで、どんな風に暮らして、どうすれば心地よく暮らせるのか、知らなくちゃいけないのに。


しんとした広い部屋にひとりきりでそんなことを考えていたら、何だか本当に分からなくなってしまいそうで、僕は自分でなくなってしまいそうなのが怖くて、早くあの日常のある部屋に戻ろうと早々に食事を済ませた。


***


「あ、しき、おかえりー」

「おー!やっと班長帰ってきた」

「おい!室長は俺だけど?!」


部屋では、いつもの空気でいつものメンツが揃っていて少し安心した。


…でも、やっぱり僕が何かされたのかが気になるのか、怪我っぽいのが無いか顔や体を横目に見られたり、僕が何か話すかそわそわとしていた。


「……遅れてごめん。…えーっと、何か薬とか飲まなきゃいけないみたいで、…班長だったから、色々手伝ってた」

「……あー、なんだ、そーゆーことかぁ!」

「やー良かったぁ!俺たち…なぁ?あんな事あったし、しきのこと結構心配してたんだぜ?」

「ごめんごめん。…言っておけばよかったね」


僕が適当にそんな事を話すと、みんな途端にほっとし出して、騒がしくなる。


彼らのいい所はこういう時、食いつきそうな『何か』があった訳じゃなくても、あんまり目に見えてガッカリとかはしない所だ。

あったらあったで盛り上がるけれど、無かったら「本当に?」とかは聞かずそのまま受け入れて、あっという間に忘れてくれる。


「おーい、今度風呂お前らの番!」


騒がしくしていると先生に呼ばれて、僕達はぞろぞろと入浴セットを持って廊下に繰り出す。


僕は幸いにもまとめて荷物に入れていたから、すぐに準備も出来て、遅れることなく一緒に向かった。


脱衣場に入ると、やっぱりと言うべきか、変わってないと言うべきか、サイズがどうだの何がもうだのの中学生の時のそれと変わらないような会話が聞こえてくる。


「しきー、早く入ろーぜー」

「はいはい…」

「あっ、アイツ2分いったってさ」

「…のぼせても介抱しないよ、」


風呂の中では、どれくらい潜れるだとか、浮かれてはしゃいでバタ足してる奴だとかがここからでも見える。

あの中に入っていくのは気が引けるけど、なんだかんだ気を紛らわすのには最適かもしれない。


「……」

「……おい、」

「あは、バレたー!きゃー!…しきって意外と…」

「まじで怒るよ?」

「ひゃー!」


…気が紛れるけど、知能をかなり失いそうだ。


僕を覗いてきた友達をこずいて、他愛もないと言うか、品の無い話を聞き流すくらい適当に聞いていたら、あっという間に入浴時間が終わった。


***


「お前パジャマ可愛いなぁ」

「うるせー!悪いか!」

「あはは」


案の定のぼせた奴の回収を先生達が忙しくやってる頃、生き残った同じ部屋の友達とわいわいしながら部屋への道を戻る。

すると、少し離れた自販機前のベンチに、れいちゃんが座っているのが見えた。


「……あっ」


思わず…と言ったように友達の1人が声を上げると、みんな彼女に気づいたことを仲間うちで察して、彼女を横目にこそこそとし出す。


「……なー、何か、結構あれじゃない?」

「何?」

「いや……何か……今までよく見て無かったからあれだけど……結構スペック高くね?」

「うわっ、お前なー…よりによってここで言うか…?」

「……」


ここで…というのは、多分手を上げられた疑惑のある僕が居る前で、という事なんだろう。


実際あれは何かされた訳でも無いんだけれど、直接聞かれた訳でも無いのに今更「あれは…」と説明し出すのもあらぬ誤解を産みそうだし、それに関してはもう触れずに忘れてもらう方向にしよう…なんて思っていると、声が気になったのか僕らとれいちゃんとでバチッと目が合ってしまう。


「っ……と、行こーぜ」


その途端に、少しバツが悪そうに友達は早足に階段を登り出す。


…確かに、風呂上がりということもあって彼女の髪は濡れて落ち着いていたし、冬だと言うのにかなり薄着で…あんなところに居たら風邪を引きそうだとは思うけど…髪もちゃんと乾かせてなくて水溜まりを作っていたし…。


…いや、そういう事じゃなくて。


きっといつもの問題行動からのイメージとのギャップで、ああ座ってるだけなら大人っぽく見えるし、そう感じたんだろう。


「しきー、トランプとかするー?」

「うん……あっ、」


部屋に帰ってまたわちゃわちゃとしていると、そういえば薬を渡してなかったことに気がついた。


ちょうどさっき1人であそこに居たし、今のうちにと思って、しまっておいた薬と、財布と…あと、多分僕が気になってしまうだろうから、タオルも持って「ちょっと呼ばれてたから」と言って立ち上がる。


「おー、班長がんばれー」

「じゃー俺ら先やってるからー、」

「ん、」


階段を早足で駆け下りると、ちゃんとれいちゃんはそこに居て少しホッとする。


「……れいちゃん」


僕が声をかけると、彼女は顔を上げて僕の方を見た。

なんだかんだ言って、いつも声をかけるのは僕の方からで、僕はずっと彼女の背を追いかけてるんだ。


「……薬、預かってたから」

「…うん」


れいちゃんに手渡すと、水も無いのにそのまま口に入れようとしたから、「ちょっと待って」と言って止めて、自販機の前に立つ。


「こっち来て。好きなの良いよ」


と呼ぶと、れいちゃんは表情を変えずに立ち上がり、僕の方まで来た。


「どれがいい?暖かいのでもいいけど」

「……」


れいちゃんはしばらく自販機を眺めてから、僕の方を見て、少し困ったように、


「私、もうあげるもの無いけど…」


と言った。


物々交換だと思っているのか、僕が「別に良いよ」と言っても、あんまり気が進まないみたいだった。


「…好きなの無い?」

「……知らない。飲んだこと無い」

「全部?」

「うん」

「……じゃあ甘いのでいい?」

「…うん」


どっちがいい?とか聞いたらきっと「どっちでもいい」と言われそうなので、そんな事を言って無難にオレンジジュースを選んで渡す。


「……」

「…薬、飲んじゃいな」

「……うん…」


彼女はジュースを開けて、薬を口に含んで飲む。

何度か失敗して何口か飲んだ後、飲み込めたみたいで、ジュースを手に持ったままぼーっとし出したので、あんまり気にしないかなと思って持ってきたタオルで彼女の髪を軽く拭き取る。


静かな空間で、聞きたいことは山ほどあったけど、この静けさを崩せなくて、何も聞けなかった。


僕が彼女が居る日々を選ぶということは、つまり…心揺さぶられるような、日常とは少し外れたことによって何度も頭がこんがらがっておかしくなりそうになるようなこんな日々に、足を踏み入れるという事なんだ。

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