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僕と彼女の歪んだ『愛』とその日々  作者: センセイ
第一章
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6.「どう思う?」

「はぁ……っ……」


廊下に、部屋、トイレ前…回れる場所は全部回ったが、どこにも彼女は居なかった。

僕は先生とかが探し出すくらいに大事になるのは嫌だったから、急いで探そうと走っていたせいで、激しく息切れしてしまう。


…れいちゃんはどこにいるんだろう。


いや…逆に考えて、彼女は部屋にも居ないし、部屋から追い出されて集合が分からなかったんじゃないんだろうか。

もしそうだったら、れいちゃんならどこに行くだろうか。


…そんなことを考えてると、ふと案内図が目に入る。


「……庭園か、」


他に特徴的なものも無いし、とりあえず行ってみないに越したことはない。


僕は急いでそれがある方へ走った。



***



「……れいちゃん」

「……」


居た。

彼女は僕が声をかけると、ゆっくり振り返った。


ガーデンライトの淡い光に照らされて、ぼんやりと見える彼女を見て……もう騙せないと思った。

誰でもない、自分自身に、だ。


「みんな探してたよ、行こう」

「……ねぇ、」

「…何?」

「見て、雪だるま」


彼女が指さす先は、庭の雪のどけてある所の端。


近づいて見ると、確かに子供が作ったような小さくて歪な雪だるまが何体か居た。


「……ほんとだ、よく見つけたね」

「ん、私が作った」

「……は?!」


驚いて彼女の両手を持ち上げてよく見ると……暗くて分からなかったけれど、近くで見ると確かに直接雪を触った後と言えるくらい、かじかんでいた。


「っ……はぁ……ほんとに……」

「……」


僕が隣でしゃがみながら彼女の手を握ったままでいると、彼女はまた少し経った後に僕の手を振りほどいたかと思いきや、片手を掴んで雪だるま1つに指を付けた。


「つめた……っ、」

「これね」

「……?」

「私、これ」


僕の手を雪だるま一つにくっつけたまま、隣の雪だるまを指さして彼女はそう言った。


…つまり、僕が手をつけさせてるこの雪だるまは僕で、隣はれいちゃんのつもり…ってことなんだろうか。


「……じゃあ、他の奴は?僕の隣にもれいちゃんの隣にも、まだ2・3匹いるけど」

「…別に……なんでもいいよ。決めてないし」


何だかこの小さな雪だるまが無性に可愛く思えてきて、そんな事を聞いてしまうと、れいちゃんは自分でこんな子どもみたいな遊びを始めた割に、結構冷めた感じに答えられて、読めないなぁと思ってしまう。


「そっか……そっかぁ……」

「……」

「……僕も1個作っていい?」

「…いいよ」


僕は雪山からひとすくいして、コロコロと手のひらで丸める。

かなり冷たくて、こんな事を何個もやってたのかと思うとちょっと心配になってしまいそうだ。


僕が作った雪だるまはれいちゃんの作ったのよりひと回り大きくて、僕は思いついたようにそこら辺の木の枝を小さく折って両側につけて手のようにした。


「雪だるまみたい」

「あははっ、雪だるまだよ」

「……これ誰?」

「ん?あー、考えてなかったけど……先生かなぁ、でっかいし」

「……へぇ、」


れいちゃんは僕の作った雪だるまを見て、自分の作った雪だるまにも両手をつけようと枝を二本持って来る。

そしてしばらく無名の雪だるまで試行錯誤していたけれど、上手く刺さらなくて、ただでさえ小さい雪だるまだったからあっという間に崩れてしまう。


「あー……」


れいちゃんは残念そうに声をこぼす。


きっと作り始めの頃は、僕より手の大きいれいちゃんの雪だるまの方が大きかったんだろうけど、器用に丸められなくて徐々に欠けていってあのサイズになったんだろうな。


そう思うと、やっぱり容姿はこんなに大人びているのに、子供っぽくて、やっぱり前そう見えたのも間違ってなかったんだなと改めて感じる。


「…そのサイズだと、ギリギリ枝つかないかもね」

「……」

「……小さい枝探してこようか」


僕がそう言って立ち上がろうとすると、れいちゃんは「いい」と言って僕を止めた。


手がかじかむまで何体も雪だるまを作るくらい子供っぽいのに、変な所でドライで、もう触れようともせずにれいちゃんは立ち上がって、少し体を伸ばしたりして動かした。


「……」


一段と強い風が吹いて、僕達はつかの間の沈黙に動きを止める。


あの輪の中とか、他の人の居る場所での『沈黙』といえば、皆何としてでも避けるくらい居心地の悪いものだったけれど、この沈黙は彼女を悪い気にさせないって何となく分かっているから、これの沈黙を『間』として楽しめて、何だかとても落ち着ける。


…彼女を取り巻く空気は、きっととてもゆっくり流れているんだろう。


僕はそんなゆっくりとした空気に飲まれる彼女の傍が嫌いじゃなかった。


いや、むしろ…。


「……ねぇ、」


気付くと、さっきまで立ち上がっていたれいちゃんは、また僕の隣にしゃがんで、真っ直ぐに僕の目を見て話しかけてきていた。


「な、に…」

「名前、何だっけ」

「え……しき。……小野寺しき…」

「へぇ、しき」


彼女はそう言うとまたさっきのように立ち上がる。


そういえば、僕はまだ彼女に名前を呼ばれた事、無かったな…。

勝手に知ってるものだと思い込んでいた。


名前も覚えてない人に、下の名前で、ちゃん付けで呼ばれてたれいちゃんのことを考えると、思わず苦笑してしまう。


本当に、読めない人だ。


でも、それが僕には酷く魅力的だった。


考えてみれば、僕が『転校生』とかの存在が苦手なのは、その一瞬の異質感…『普通』から逃れる一瞬に、僕もその枠外に連れて行ってくれるんじゃないかって、期待してしまうからなのかもしれない。


だから本当は誰よりも…あの輪の中でも僕が一番に、本当はその異質感を楽しみにしていたのかも。

僕はきっと、1人じゃこの『普通』から逃れられないから。


「……れいちゃん、あの時…何で僕に抱きついたの?」

「…あの時?」

「あの、学校の…授業中れいちゃんが連れてかれて、廊下の端で見つけて、僕がしゃがんでた時、」

「あー…」


れいちゃんは思い出すように上の方を見てから、僕の方を見下ろす。


これだけは聞いておきたかった。

だって…僕の中では少なくとも、彼女は…。


「っ……!」


僕がそんなことを考えていると、れいちゃんは前の再現のように、しゃがんでいる僕を包み込むように抱きしめた。


緊張か、期待か、あるいは他の何かなのか、僕の心臓が痛いほど張りつめる。


「なんか、泣いてるかなって思ったから」


彼女はそれだけ言うと、僕から離れて、また立ち上がった。

長い髪の毛が僕の頬をすっとなぞって登って行って、少しくすぐったい。


「……慰めようとってこと?」

「…まぁ、大体」

「……そっか…、」


何となく、腑に落ちた。

彼女はきっと、他の人より言葉で表現するのが苦手なだけなんじゃないのだろうか。


「よろしく」と言う代わりに近づいて、「大丈夫?」と言う代わりに抱きしめて…。


そう思うと、クラスメイトの頬をはたいた疑惑というのもあながち間違ってなくて、何か嫌な言葉を言われて、「どうしてそんなこと言うの?」とか、「そんなこと言わないで」とか言う代わりに、はたいてしまったんだろうか。


そうだとしたら彼女の行動は、常識とか、道徳的には正しくは無いけど、何となく僕は味方についてあげたいような、そんな気になってしまった。


「……」


僕は目の前の雪だるまを見て、思う。


彼女は、とんでもない不器用なんだ。

先生の言っていた彼女の障害と言うのも、その不器用さゆえに社会的に正しい選択が出来ないと言う所なんだろう。


僕とは真逆だ。


羨ましいところもあるけれど、それはきっととても生きづらいだろう。


…そして、僕は今日の事があって、改めて自覚した。


彼女の方を見ると、更にそれは大きな確証となる。

…僕にとって、彼女は他のクラスメイトとか、友達とかとも違う…。


ザクッ…


…『特別』なんだ。


……目の前で雪の音がして見下ろすと、彼女の足元では、雪だるまの『僕』が踏み潰されていた。

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