34.「よしよし」
冷や汗が頬を伝うより先に、
「……久しぶり」
最悪は訪れてしまった。
「……父さん…」
「れいー、」
その男は通る声でれいちゃんを呼ぶ。
「う、うん……」
奥からは、さっきの僕の大声で少し目を覚ましかけていたれいちゃんが出てきた。
「れいも久しぶり」
「……うん」
「……れい?」
「あっ、えっと……は、入る…?」
「れいちゃん!」
僕が何やってるんだと思いながら大声で言うと、れいちゃんは歪んだ笑みを浮かべて僕を見てきて、あぁ、言わされてるんだなと悟った。
「父さん、とりあえず……」
「ん?……凛、お前も律儀だなぁ、れいの『モノ』だから来たんだ?」
「……そうだよ」
そいつ……凛の方も、何だか歯切れの悪いような言葉遣いになる。
やっぱり、この男が怖いんだ。
そんな男に、れいちゃんを易々と渡してたまるかってんだ。
「じゃあ、お邪魔し……」
ルルルルルル…
男が家に入り込もうとした時、聞き覚えの無い着信音が鳴る。
「失礼」
男はそう言って携帯を手に取り、誰かと話し始めた。
「……」
僕達3人は何も話せなくて、ただじっと男が電話を終えるのを待っていた。
「残念だけど、急用が入っちゃって。……また来るよ」
男はそう言って、何もせず普通に去って行った。
しばらく3人でまた何も話せずぼーっとそのまま立っていたが、そいつ…凛が口を開いてやっと空気がちょっと柔らかくなる。
「あはは……やっぱり来た」
「……あんたはどっちの味方?」
「僕は……れいの味方だよ。」
「……そっか」
ぎこちない会話の後、そいつは「シラフじゃ無理!」と言ってれいちゃんの腕を引き、「ちょっと買い物!」と出ていってしまった。
「えっ…?」
いきなりの出来事に反応出来なかったけど、そいつはれいちゃんの事を連れて出ていってしまった。
「ちょ…!」
慌てて追いかけようとしたけれど、僕はすんでのところで止めた。
彼のれいちゃんに恋愛感情をもって居ない発言は信用出来たし、そうなら、もしかしたら兄妹2人だけで腹を割って話したかったかもしれない。
……あんなに恐れる位の父親が来てしまった訳だし。
「はぁ……」
僕はソファーに戻って座り込み、大きなため息をつく。
どうして上手くいかないんだろう。
2人きりで住んでた時間も長続きしなかった。
3人でさえも壊されそうになっている。
最初はこの家が一年ちょっとで無くなってしまう事が怖かったのに、今ではこの家に叔父さんの契機満了まで居られるかも危ういんだから。
「……」
僕はちょっとだけ、何やってるんだろうなって、思ってしまった。
***
「しき!」
バッと飛んで来たれいちゃんにハグされる。
そのまま頬ずりされる。
ソファーに倒されてぎゅっとくっつかれる。
「あは、お帰りー」
「……え?」
帰って来た凛にそう言われて、僕はさっきまでソファーでうたた寝してたハズと少し思い出す。
……じゃあこれは夢か?
「……あっ、お酒っ!」
顔を近づけられて、やっとれいちゃんが酔ってることに気づく。
「大丈夫、僕18歳以上だから〜」
「は?!日本では20歳以上だし……れいちゃんはまだ18歳でも無いだろ?!」
「あはは、だって喉乾いたって言うんだもん」
「はぁ?!なんて奴だよ……ってか、今までお酒なんて買ってきた事、無かったのに……何で今……」
「あー、それは……シラフでは話せない事……えーっと、何だっけ……」
「っ……!ひとまず、れいちゃんは寝かせるからな!犯罪者!」
「ぇーい、」
あいつは酒が入っていつもよりヘラヘラしている。
留学してたのは知ってたけど、一体今までどんな風に暮らして来たんだよ。
「れいちゃん大丈夫?……気持ち悪かったらお水持ってくるからね」
「んー…」
僕はれいちゃんを軽くおぶるように支えながら歩く。
れいちゃんはかなり酔っているのかちゃんと返事もせず僕の頬に頬をすり寄せている。
(可愛い……けど、お酒なんてダメだ。……ダメだ。うん……)
ちょっと心揺らされながらも、僕はギリギリで自分を保って、早くれいちゃんの酔いを覚ましてあげようと、とりあえず今日は寝かせようとする。
「ベッド着いたよ」
「ん……」
「お水飲む?」
「ん……?」
容量を得ない会話をしながら、れいちゃんをゆっくりベッドに寝かせる。
暗闇でも近くに見るれいちゃんの瞳は吸い寄せられるくらい綺麗で、お酒が入ってるからか頬が赤くて、……頬が赤いれいちゃんなんて恥ずかしい事してる時くらいだから、何だかちょっと変な気分になってしまいそうで、慌てて目を逸らす。
「わっ!」
そのまま離れようとした時、急に強い力でベッドに居るれいちゃんの方へ引っ張られる。
僕は情けない声と一緒にれいちゃんの方に倒れ込んでしまう。
「痛ぁ…、…っ!」
「しき」
痛がっていると、頭を胸元で抱き抱えるようにされながら撫でられる。
「ぁ……」
れいちゃんに抱かれてるとか、胸が当たってるとかの前に、真っ先にその温かさに言葉を失う自分が居た。
その後も何も考えられなくなっているうちに、いつの間にか自分が涙を流していることに気づいた。
「ぇっ……ぁっ……?」
「ん?」
自分が一番驚いて、何でだろうって思って混乱する。
抱きしめられて撫でられて……。
された覚えはないけど、泣くほど嫌か嬉しい事なのか分からない。
れいちゃんは戸惑って声を上げる僕に気づいたのか、ゆっくり僕の顔を傾けて自分の方に向ける。
「泣いてるの?」
れいちゃんの言葉に、更に……嗚咽を出すくらい泣いてしまう。
僕が泣いているのを見て、れいちゃんは「泣かないで」と言って今度は顔の横で僕を抱きしめた。
「っ……れいちゃ……ぅっ…」
「よしよし」
「ぅぇ……」
そこで気づいた。
僕は、今までこんな風に誰かに甘える事があっただろうか。
誰かに抱かれて、感情をあらわにして…本当はずっと、こうされるのを望んでたんじゃないんだろうか。
こうやって、抱きしめてくれる人を望んで……。
……れいちゃんは酔っ払ってるけど。
「ぅぇっ……ぅぅ……ぁっ……」
「すー……すー……」
僕が嗚咽を漏らしていると、いつの間にかれいちゃんの寝息が聞こえて来て、段々と頭が冴えてきて嗚咽も治まってくる。
「……ずっ…」
嗚咽はいつの間にか鼻をすする音になって、さっきまで何で泣いてたんだろうって思ってしまうくらい心も落ち着いた。
(……顔洗って寝よう)
そう思って、名残惜しくもゆっくりとれいちゃんの腕の中から抜け出して立ち上がる。
「あはは!しき、顔!」
「しっ!うるさい……!」
すると、完全に悪酔いしてる凛が入ってきたので、慌てて押し返す。
「どうしたの?しき、泣いたの?」
「っ……何でもないから、あんたも早く寝ろよ」
「えー…?れい寝たの?」
「寝たよ。……ほら、おやすみ」
「……おやすみー」
何とかあいつを自室に行くように仕向けて、僕は一人で洗面所まで向かう。
「うわ……」
そこまで酷くなかったけど、殴られた訳でもないのに顔をこんなにぐちゃぐちゃにしちゃって、何だか凄く恥ずかしくなる。
パシャッ…
見てられなくて、素早く水を掛ける。
その後バシャバシャと過剰に水をかけてからタオルで拭き取り、水を含ませ絞ったハンカチを目に当てながら寝室に戻った。
****
「……」
朝起きると、間違えたのかわざとなのか、凛までこの部屋で、3人で寝ていた。
「……おい、起きろ」
「んー…」
揺さぶると、彼は小さく声を上げる。
その反応とか、れいちゃんのそれとちょっと似ていて、何だか憎らしく思ってしまう。
「あっ!……おはよう、昨日ゴメン」
「はぁ……もう良いよ」
「うわ、何でこっちで寝たんだっけ…」
そんな事を呟きながらあいつは部屋を出て行った。
今のやり取りで目を覚ましたのか、れいちゃんは目を擦ってゆっくり起き上がった。
「おは…」
ピンポーン…ピンポーン…
僕が声を掛けようとすると、不意に玄関のチャイムが鳴る。
「……」
僕は一気に緊張して冷や汗が出てくる。
凛もインターホンに出ようとせず、固まっている様だった。
「……れいちゃん、じっとしてて」
僕はそう声を掛けて扉から顔を出す。
凛は焦ったような顔で僕の方に振り向いていた。
「……ひとまずは居留守で…」
ガチャッ
凛がそう言いかけた時、玄関の鍵の開く音がした。




