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僕と彼女の歪んだ『愛』とその日々  作者: センセイ
第二章
30/50

30.「モノとモノ」

「お兄ちゃん」


『お兄ちゃん』と呼ばれた目の前の男は、確かにれいちゃんの父親にそっくりだった。


……あぁ、どうして確認しなかったんだろう。


あの位置情報アプリで大体の位置がバレてた事、……僕がしっかりしてなきゃいけなかったのに……。


しばらく何も無かったから、大丈夫だと思って油断してしまっていたんだ。


「ここじゃなんだし、ちょっと入れて貰える?」


その男…『お兄ちゃん』と呼ばれた人物はそう言う。


…嫌だったけど、逆らうと誰に告げ口されるか分からない。

せっかく手に入れた家を…易々と手離したくないと思えば…そうせざるを得なかった。


「……」


僕が無言で通すとその男は靴を脱いで上がり、れいちゃんの方へ近づいた。


「あっ…!」


僕が止めようと駆け寄ると、男は僕に笑いかけて制止した。


「……れい、元気だった?」

「うん…」

「ちょっと座って話そうか」

「…うん」


男はそう言ってれいちゃんの腕を引いてリビングの方に向かう。


「……」


僕はあの男がれいちゃんに変な事しないかばかりが気になって、その場から移動する2人を動けずに見ていることしか出来ない。


「しきくんはこっち座れる?」

「……」


結局そのまま立ち止まっていると、れいちゃんとその男が隣に座って、向かいの席を指さされる。

僕は少し不満だったけれど、兄と妹の距離だと思って我慢した。


…でも、妹か……。


れいちゃんはこんな性格だけど、誰かの妹のイメージが無かった。

一人っ子か、居たとしても誰かの姉だと思っていたのに。


やっぱり僕の中のれいちゃんは思い込みが大きいのかなと思ってちょっと悲しくなる。


「…あっ、そうだ、言ってなかったね。僕は一ノ瀬 凛。好きなように呼んでよ」

「……」


兄妹なのに苗字が違うのかと思ったけど、そう言えば離婚して新しい家庭が…とか言っていたっけ。


…でも、何かおかしいような…。


「しきくんは父さんからどこまで聞いてるのかな?」

「どこまで…って……結構…」

「あっ、喋れるんだ?」

「……は?」

「あはは、いや、ゴメンゴメン。…で、れいとはどうしてここに住んでるの?」


フレンドリーに接せられて少し戸惑ってしまう。


…そして当たり前だけど、あの男に似てる。

れいちゃんと似てる笑い声も。


「れいちゃんが…良いって言ったので」

「……ふーん?」


僕の答えに意味ありげに反応してから、隣に座るれいちゃんの方を見て髪をいじった。


「っ……」


ちょっとイラつくけど…兄妹間に、彼氏でも無い僕が口出し出来ない。


……と、そんな事を思っていたら、急にそいつは、


「髪ちょっとベタついてる。…汗の匂いもするね。……あいつとシてたの?」

「はあぁ?!」


予想外の言葉に僕は大声を出して立ち上がってしまう。


そんな直球に…れいちゃんの汗の匂いまでそんなに分かるものなのかもアレだし、当たってるなら当事者2人がいる前で…。


「あはは、ゴメンゴメン。」

「あのねぇ…!」


ゴメンゴメンで何でも済むと思ってるのか、僕が憤慨してると、れいちゃんは「うん」と言った。


…僕はさすがに固まってしまう。


「し、シては無いでしょ…?」

「ん?」

「だから、そこまでした事…」

「あはは、大体分かるから慌てないで良いよ」


僕が混乱しながられいちゃんに話していると、その男が笑ってそれを止める。


「じゃあ…何?2人は。付き合ってるの?」

「い、いや…」

「あは、だろうね。…じゃあセフレか」

「違う!!」


流石に度が過ぎる。


そもそもそこまでしてないってさっき言ったばっかりなのに…


僕がそろそろ本気で怒っていると、その男は「ゴメン、冗談だったんだ」と困ったように笑って謝った。


そんなんで許せるかとは思ったけど、違うと言った時に「だろうね」と言われたのも、そこまで言われる筋合いは無いし腑に落ちない。


…そんな事を思っていると、その男はニヤッと笑って話し出した。


「じゃあ、しきくんがれいのモノなんだ?」

「えっ」


一瞬なんの事か分からなかったけど、そう言えば一緒に住む条件としてそういう事になっていたのを思い出す。


…いや、だとしても、


「何であんたがそんな事…知ってるんですか」


これに尽きる。


仮にれいちゃんがこの男と何でも話す仲だったとしても、あの後にれいちゃんは僕以外誰とも会ってない。

僕が詰め寄ると、その男は当たり前のように、


「僕とれいも《《そう》》だからだよ」


と言った。


『そう』って…つまり、モノ…。

じゃあれいちゃんは、この男のモノだって言いたいんだろうか。


…親子そろってれいちゃんをおもちゃにしようとしてるんだろうか。


許せなかった。


僕だって一応『モノ』の立場だけど、自ら望んだからそうなっただけで、れいちゃんがそんなこと望むなんて…有り得ない。


「大体、何なんだよ…その、誰のモノとかモノじゃないとか…」


僕が思わず呟くと、その男はニコリと笑って言い始める。


「僕も、僕の父さんも、…こうやって生きてきた。こうやって支配されて、他の誰かを支配して…。…いつからかは分からないけどね。」

「…何でそんな事……」

「知らないけど、そうしないと生きられないんだよ。踏みつけにされてきたのを、他の誰かに当てないと。」

「っ……」


じゃあこの男は、誰か…父親とかに踏みつけにされた代わりに、れいちゃんを踏みつけにしてるとでも言いたいのか。

そんな事を思っているのが伝わったのか、その男は「僕はちょっと違うけどね」と訂正した。


「違う……って、何が?」

「僕達のは……愛だから」


……それって、僕の思ってるのとおんなじじゃないか。


僕は思わず放心してしまった。

言い返せるハズがない。


同じだから……。


「……愛だとして、じゃあ僕達の関係は…邪魔なんじゃないの」

「…勿論、良い気はしないけど」


僕が聞くと、その男はそう前置きして話す。


「でも…こんな支配し合ってる複雑な空間でも、最終的にその支配を抜け出して誰と一緒になるかなんて、本人の自由だから。…ずっと支配にあまんじて、生殺しで居る事も出来るけど」


…つまり、れいちゃんの意思を尊重してあげたいって事なんだろうか。


「僕に決められる事じゃないしね」


そう言う彼の顔は、僕のしたい表情と同じ顔をしていた。


「…じゃあ、そうだとして…何で家に来たの」


僕が聞くと、その男はまた調子を取り戻したように笑った。


「同居してる男と、血が繋がって別居してる男って、どっちか不利だと思わない?」

「何を…」


僕が警戒すると、男は「あはは」と笑って続けた。


「別に、誰かに言いつけたりはしないよ」


その一言にホッとするのも束の間、


「ただ…僕もここに暮らすけどね」


…爆弾発言が投下されて、僕はいても立っても居られなくなった。


「は?!…ここは僕の家だ!」

「僕はこの家の場所を誰に言ったって困らないよ」

「っ……」


弱みを握られて、何も言えなくなってしまう。


そもそも、わざわざ訪ねて来る時点で、それを察しなきゃいけなかったんだ……。


「……」

「良い?」

「……断ったら言うんだろ…」

「あはは、ありがとう」

「っ……」


こんな男と一緒に居なきゃいけないだけでもアレなのに、れいちゃんを狙ってる男と一緒に暮らさせるなんて…。


「…出来るだけ邪魔しない事。……僕とれいちゃんが2人で過ごす時間も作る事…。」

「はぁい。…良いよ、僕はそれでも。」


男は軽く返事をする。

僕は結局断れなかった。


……部屋まで分かるってことはれいちゃんがここらを歩いてる所をわざわざ見つけてからつけたんだろう。


そこまでやる奴だ、断る選択肢を用意することなんて出来なかったんだ。



「じゃあ、改めてよろしくね。……同じ、れいの『モノ』として」


その男は平然と、そう言った。

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