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僕と彼女の歪んだ『愛』とその日々  作者: センセイ
第一章
3/50

3.「ありがとう」

「えー、今日も修学旅行の時間だけども…黒木は途中からだから、皆手伝ってやること、以上。」


中学の頃は2・3年だけだった修学旅行も、高校では3学年どれもするらしく、少し前から修学旅行の取り決めの時間が作られて、輪の話題もそれ関連が多かった。


生徒の自主性とかなんだでこの時間はあまり先生は口出しせず宿題の確認などをやっているし、僕は転校生お世話係として何だかんだ定着してしまったこともあり、特に何も言わずとも彼女…れいちゃんは僕の班に入る事になった。


「黒木さん、よろしくねー」

「……」


彼女は人の目をじっと見るクセがあるのか、班員で輪になって目の前にいる女子の顔を見ていたところ、目が合って声を掛けられたのに全く反応しない。


…クラスのみんながみんな『れいちゃん』なんて呼んでくれる訳も無いだろう。

あんな感じだから学校でも僕と先生くらいとしかまともに話さないし、授業中は運良くノートを開いても変なのばかり書いているし、正直よくそんなんで生きてられるなとは思うけれど。


「……よろしく」


僕が呼ばれてると気づかせるように隣で軽く小突くと、やっと彼女は淡々と言って、そのあまりにも冷めているように聞こえる返答に班は一斉に静まり返る。


「……あー!オレもよろしく!黒木さん!」

「私もー!」

「よろしくー」

「……よろしく」


こういう時、大きめの輪に属しているのは便利だ。

変な空気になった時、途端に力技で空気を変えられる、声の大きいムードメーカーがいると輪が崩れないし、見たくもない個人個人の嫌な面をかき消したりして、その小さな社会の平穏を保ってくれる。


「てか、黒木さん髪ちょっととかそうか?ここ座れる?」

「……うん」


そして、こういう問題児を大人しくできるのは、同性のこういう明るくて世話好きの奴だ。


れいちゃんのようなタイプは見逃せないのだろう、あっという間に座らされて、髪をとかされている。

腕を引かれたら大人しくついて行くあたり、無理やりそれを振りほどいて自分の興味に向かう様な事はしないだろうし、丁寧にとかされながら目だけで辺りを見回して、話しかけられればちゃんと、ぽつぽつと会話はしているようだったし、ひとまず安心だ。


「しき?」

「え?……あー、ごめん、呼んでた?」

「おー、黒木さんの係どうするかって」

「え、それは僕やるけど」


僕の答えに、聞いてきた友達は「?」というような顔をする。

なにか間違ってただろうか…と思っていると、友達は「あー!」と言って話す。


「そうじゃなくて、修学旅行の1人1人係決めあったでしょ?しきは班長で、俺は風呂係だし、あいつは食事係とかさ」

「あー…そうだな、どうしよう」


理解して、ちらっと彼女の方を見る。


風呂係とか、食事係とか…時間が決まっていて片付けなんかもしなきゃいけないのは難しいだろう。

かといってレクリエーションとかの係は、今更入ったとしても彼女もやることは無いだろうし…。


「…来たばっかりだし、特に無しで良いんじゃないかな。強いて言うなら班長補佐とでも書いておいて、たまに手伝って貰うから」

「えー、副班いるじゃん」

「副班は副班の仕事あるから、班長の手伝いって訳でも無いでしょ」

「んー、りょーかい」


…そんなこんなで、とりあえずれいちゃんは班長補佐になって、担任の先生にもokを貰えた。


「黒木さん、ここ書かなきゃいけない所だから、私の写していいよ」

「……うん…」


当のれいちゃんはというと、髪をつやつやになるまでとかされた後、今度は転校前の時間に書いた所…班員だとか席順だとか、班のルートだとかを色々書く欄のある冊子に書き込むように言われて、少し戸惑っている。

他の人より新しくて綺麗なそれは、れいちゃんが転校生である事を示してる様で。


「まずここ書いちゃいな」


…でも、授業中にちゃんとノートを写す所なんて見たことないのに、そんなことできるのだろうか。


「黒木さん、鉛筆こうだよ」

「……」


案の定変な持ち方で書き始めようとして、世話好きの友達に止められている。

言われた通りに持ちはしたものの、その持ち方じゃちゃんと書けなくて、面倒になったのかぐでっと背もたれに倒れ込んで、


「いい…」


とか言い出した。


「えっ?……あー、めんどくさいかもだけど、やんなくちゃダメだよー?」

「……」


ちょっと戸惑いながらも優しく付き合ってくれている友達に、容赦なくガンを飛ばそうとしているれいちゃんに少しヒヤッとして、僕は慌てて仲裁に入る。


「えーっと、ここ名前書いてくれる?黒木…れいって、」


わざわざれいちゃんと呼ぶようになったのにここだけみんなと同じように黒木さんと呼ぶのもあれだし、だからといってみんなの前で堂々とれいちゃんなんて呼ぶのも違う気がして、思わずフルネームで呼んでしまう。


「…え、黒木さんって、名前れいと一緒じゃん」

「まじ?!気づかなかったー、」

「小野寺暗記力高すぎな?」


すると、僕とれいちゃんの周りには途端に人だかりができてガヤガヤし出す。

…いや、そもそも普通に黒木さんって呼んでれば良かったんだ。

みんなもそう呼ぶし、そう呼ばれ続ければさすがに彼女でも慣れて、自分が呼ばれてると気づくだろうに…。


れいちゃんとの関係もいずれなくなるから、変に気を損ねないか配慮しなくてもいいのに。


…いや、そもそも彼女がそんなことに気づくのかも曖昧なのに……ダメだ、最近彼女にかき乱されて思考回路がおかしくなってきている。


「……」

「…!れ…」


また気づくと今度はれいちゃんは僕のすぐ側に近寄って来ていた。

びっくりして軽く跳ねそうになっていると、机に置いてあった僕のシャーペンを手に取り、僕の冊子に拙い字で『くろきれい』と書いた。

…本当に、小学生みたいな字だった。


「…はい」

「あ…うん…」


そして、それは書いてと言った場所と全然違う所に書かれていて。


「…なんだこれ」


僕は何故か、凄くおかしくて笑ってしまった。


彼女は僕が1番嫌いだった、一瞬だけ異質でかき乱すものではなく、もしかしたら……この平坦でつまらない『普通』の日々に、少しだけ楽しさを連れてきてくれるのかもしれないと、そう思わざるを得なかった。


「……」


1人で冊子を見て笑う僕を、れいちゃんはまたじっと見ていたらしい、僕と目線が会うと、ガタッと音が鳴るくらい急に立ち上がって、他の友達の目線が集まるのと同時に、僕の頬に手を添えて、至近距離で見つめてきた。


「ぇ……」


…一瞬、キスされるんじゃないかと思った。


僕がびっくりして床にしりをつくと、れいちゃんはそれを見下ろしてから、また興味を失ったようにあくびをした。


「……」


一連を見ていた班員の友達はみんなこの謎の状況に固まっている。

それもそのはず、一部始終を見ていたのに、まるで何が起きているのか分からなかったからだ。


僕もわからなかった。


彼女でさえ何をしてるのか分かってないんじゃないのかと思うくらいだ。


「……しき、大丈夫…?」


しばらく経って、やっと1人声を出すと、


「まじどうしたんだよー?びっくりしたぁ」

「え?小野寺、黒木さんのこと怒らせた?」

「まじで分からんかった、何あったん?」


と、友達は口々に話し出した。

そのまま興味を失ったようにぼーっとしているれいちゃんにも、何人か話しかけているようだけれど、よく聞こえない。


「待て待て、一気に話しかけたらわかんないだろ?…しき、大丈夫か?」

「……うん」

「えーっと、何?違ったらアレだけど、今、黒木さんがしきのこと突き飛ばしたように見えたけど……」

「……?は、違…」


僕が弁解しようとした時には友達の一言でクラス中までザワついていて、見てなかった奴までもがきゃあきゃあと騒ぎ始める。


「……黒木さん、ちょっとこっち…」


こんな状況になっても心配も弁解もせずに突っ立っていたれいちゃんは当然何かやった様に見えるだろう。

そのうち女子数人に連れて行かれそうになる。


「待っ……!」


僕は声を荒らげて静止しそうになる。

…が、ここで彼女を止めたところで、あの調子じゃ他のところでまた問題になるだろう。

彼女の生き方では、結局そうなってしまうのが目に見えてる。


それなら、僕がここでなけなしの労力を使って彼女を庇う意味は、果たしてあるんだろうか。




…でも、こんな所で逆張りなんて、しなければ良かったんだ。

思えば、彼女に惹かれ始めてるのを認めるのが嫌で見逃したのかもしれない。


…なんてことを知るのは、だいぶ後になっただろう。

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