24.「めんどくさい」
「ダメ」
その短い一言に、安心しきっていた僕の顔はサーっと青くなる。
この流れだったら、軽く「いいよ」なんて言って貰えて、口実ができたり…なんて思っていた矢先だったから、余計にだ。
「これは言ったよね。花子1人で生きられないし、そうじゃなくても娘を年頃の子の所に易々渡せないよー、…しきくんもわかるでしょ?」
するとごく普通に理解できる理由を言われて、何も言い返せなくなってしまう。
…やっと出た言葉は、無理のあるものだった。
「…れいちゃんが良いって言っても…ですか?」
その言葉に、れいちゃんの父親は少し面倒そうにふーっと息を吐いてから言った。
「れい、本当は虐待児で保護される予定だったけど、花子死んじゃうって言ったらあのままあそこに居るって。…だから本人に聞いてもムリだと思うなぁ」
「……は…?!」
虐待児?
予想の斜め上の答えを聞いて、頭が混乱する。
…確かに、あの人のれいちゃんへの当たりは強かったけれど、…きっと僕の見てない所では酷そうだとは思った。
…けど、それを知ってて、わざわざ僕に言ったりするまでするクセに…父親なのに、何でそんなに平気でいえるんだ…?
『娘を渡せない』とか言うのと同じ口が吐いた言葉とは到底思えなくて、散々頭を混んがらせた結果、出た言葉は、
「何がしたいんですか…?」
それだけだった。
「うーん…」
れいちゃんの父親…目の前の男は考えるように唸ってから、笑顔のまま僕の方を向いて、
「何も」
と言った。
「っ……」
考えたくなかったけど、こうやって思いつきで僕の心を掻き回していくのは身に覚えがあった。
…それは、一番近いもの…。
この人は、れいちゃんと似たものを核心に持っている…。
「……」
「…あっ、バス来たよ」
目の前の男は何も無かったかのようにそう言ってのける。
「じゃあ俺、こっちだから。…あぁ、離婚してるんだ。別に家庭もある」
「は…?」
「だかられいはちょっと離れた距離から影響与えられる娘で、面白いんだよね。」
「……ちょっ…!」
「…それじゃーね。バイバイ」
……頭がさらにこんがらがる。
いや、そうだとして、そうだとして…何でそれを全部僕に言うんだ!?
「……」
バスの閉まった扉越しにあの男を見る。
…そんな事知ったら、何としてでもれいちゃんをあの場所から連れ出さなきゃいけないじゃないか。
(……あっ、)
そこで気づいた。
あの男はれいちゃんをおもちゃにして遊んでいるんだ。
僕に《《それ》》を教えたのは…僕に連れ出させるつもりって事…?
「……」
良いよ。
そのつもりなら、僕は迷わず乗ってやるよ。
…れいちゃんを助けられるのは、僕しか居ないんだ…。
****
「れいちゃん」
次の日の朝、れいちゃんが登校してきた授業中、僕は迷わず立ち上がって話し掛けた。
「しき。…おはよう」
「おはよう。…来れて良かった」
周りがざわざわとし出すけど気にならない。
だって僕達にはもう、学校なんて必要無いんだから。
「えっと……小野寺?どうした…?」
先生が訝しげな表情で聞いてくる。
僕は荷物を置こうとしているれいちゃんの腕を掴んで、
「ちょっと急用があって、…少しだけ抜けます!」
と声を張り上げて教室を飛び出す。
「あ、おい!」
先生が何か言いかけても気にしない。
れいちゃん、今まで助けられなくてごめんね。
…僕が、僕が……。
「き……しき!」
「あっ…ごめん、何…?」
れいちゃんの言葉にハッと立ち止まって振り返ると、れいちゃんは冷や汗をかいて荒い息を繰り返していた。
「っ…ごめん、病み上がりに走らせて…」
「……」
「ご、ごめんね、…ちょっと座ろう、」
「……」
僕を少し歪んだ表情で見つめながら何も話さないれいちゃんに、何とか嫌われないようにと取り繕ってすぐ近くの階段に連れて行って座らせる。
「…何で出てきたの?」
「えっ」
「授業中」
突然話しかけられて驚いていると、れいちゃんは至極当たり前な事を聞いてきた。
…そうだ。
遅く来たとしてもれいちゃんは授業中抜け出すなんて事はしない。
「…ごめんね、でも、すぐ言いたいことがあって」
「……なに?」
「…れいちゃん、僕と暮らそう」
「は…?」
僕の突然の言葉に、れいちゃんは困惑したような声を出す。
…当たり前だ。
僕だって何を言ってるのか分からないけど、それでも言わなくちゃいけないんだ。
「れいちゃん、れいちゃんの家は…変だよ」
「…変?」
「うん。…れいちゃんは、あそこに居たいと思う?」
「え…別に…」
「…じゃあ、僕と暮らしてよ」
「えぇ…」
僕が詰め寄ると、れいちゃんは更に困ったようにしどろもどろになる。
やっぱりれいちゃんでもすぐ「いいよ」とはならないか…。
でも、僕が諦めたられいちゃんは…
「れいちゃん、前、れいちゃん家より学校の方がマシだから来てるって言ったでしょ」
「まぁ…」
「じゃあ、僕と暮らすのとどっちがマシ?」
「え…わかんない…」
「お願い、考えて。…前の漫画喫茶とか、カラオケとか、修学旅行とかの感じで」
「待って…」
僕が真剣に詰め寄ると、れいちゃんはそう言って目を閉じて考え込む。
ちゃんと考えてくれるのが嬉しくて、いつでも待ってられる気持ちになっていると、意外と早くにれいちゃんは答えた。
「マシなのはしきと暮らすのだけど、しきとは暮らせない」
…意外な答えだった。
れいちゃんはしたい事かマシな事の方を選んで生きていると思ってたのに。
「…何で?」
「めんどくさいから」
「……僕と暮らすのがめんどくさいって事?」
「違う」
「え…じゃあ……もしかして、『あそこで暮らさない』のがめんどくさい?」
「うん」
やっぱり。
前聞いた時、僕と暮らすのは良いって言ってたから、僕がめんどくさい訳では無いんだとは思ってたけど、…あの母親がめんどくさいって事なんだろう。
「大丈夫だよ。嫌な人には住んでる場所は教えなければ良いんだよ」
「…でも、」
「だめ、『でも』って言っちゃだめ。…れいちゃんの気持ちだけで、どうしたい?」
「私の気持ち?」
「そう。…したいか、したくないか」
賭けだった。
マシとかの問題じゃなくて、れいちゃんが僕と暮らしたいか。
それはつまり、毎日その人と、ずっと近い距離に居るって事で。
「…いいよ。暮らしても」
少し間を置いて、れいちゃんはそう答えた。
「ほ…ほんと…っ?!」
「うん。…いいよ」
「あっ…良かった…。…じゃあ、来て」
「…うん」
そうと決まれば、れいちゃんの気が変わらないうちに。
僕は、今度はれいちゃんと同じペースで早歩きした。
教室に戻ると、僕とれいちゃんの荷物を持ってまた外に出る。
先生が何か言ったけど、もう聞きもしなかった。
「れいちゃん、行こう!」
僕は笑いながら走る。
れいちゃんの分の荷物も持っているからか、あんまり早く走れなかったけれど、れいちゃんと走るには丁度良かった。
「ねぇ、」
走っていたのがすっかり歩きになっていた頃、れいちゃんが声を掛けた。
「…なに?」
「いいよって言ったけど、一つ、」
「何?…条件?」
「うん」
…条件。
確かに、一緒に暮らしたり引っ越ししたりするなら一つ二つあってもおかしくない。
「荷物なら、僕が取ってくるよ」
「違う」
大きな事だろうか。
まぁ、今更どんな事をお願いされたって叶えるつもりだけれど、一応確認してみる。
「…何、言って」
僕が聞くと、れいちゃんは立ち止まって、僕の事を見下ろした。
何を言われても大丈夫な自信があったからと堂々と見つめ返していたら、れいちゃんはニコリとも笑わずに言った。
「一緒に暮らすなら…しき、私のモノね」
れいちゃんはそう言って、人差し指を僕の首元でツンと立てた。




