21.「あのとき」
僕は泣きながら、彼女の方を向いて微笑んだ。
気づけば体中傷だらけでボロボロで、でもそんな事なんて気にならないくらい僕はこの世界に壊されてしまっていた。
……あぁ、やっとだ。
僕はまだ君が好きだけれど、このふとした時の虚しさに耐えられないんだ。
…きっと、生きるのに向いていないんだね。
……ごめんね。
壊れたモノは、もう治らないよ。
最後に一緒に、僕と行って欲しいんだ。
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「本当に?」
「はい。…最近ハマってるんです」
ある日の放課後。
先生に呼び出されて何の事かと思えば、最近生傷が多い事についての質問だった。
やっぱり絆創膏とかをたくさん貼っているのがいけないんだろうけど、傷口を見られたらそれこそおかしいと思われてしまうし。
「でも…小野寺くんの体格で…。…どんな人としてるの?」
「僕よりずっと大きくて、力も強い人です」
「……うーん…先生許容出来ないな…あんな事もあったばかりなのに…」
『あんな事』…僕が友達に濡れ衣を着せたあの出来事の事だろう。
僕は完全な犠牲者…可哀想な暴力被害者という事になってる。
「でも僕、好きなんです。…日に日に強くなってる感じがして、このまま頑張っていつか僕から一発怪我する位のを入れられるようになれば…ちゃんと、本当の意味で立ち直れると思うんです」
…何の話をしているか忘れそうになる。
そう、今僕は言い訳中なんだ。
「……分かったよ。《《格闘技》》も程々にね」
「…はい!」
僕は笑顔で返事をして保健室を飛び出す。
少し無理がある気もしたけれど、心が不安定で強くなる事に執着している人のフリをすれば何も言われなかった。
…それにしても、ちょっと遅くなっちゃった。
れいちゃんが待っててくれるのに。
「れいちゃん!」
「…しき」
僕は走ってきた勢いのまま、教室の扉から顔を出してれいちゃんの名前を大きく呼ぶと、れいちゃんは僕の名前を呼んで振り向いてくれる。
「お、しき。…すっかり仲良しだな」
「…先生、」
そこには先生も居て、れいちゃんの前の席に座って、何やら話していた様子だった。
…何話してたんだろうな。
「黒木、良かったな」
「…うん」
「……。…れいちゃん、行こ?…先生、さようなら」
「うん。…バイバイ」
「ははは、またなー」
僕は意味深な会話をする2人にムッとしてしまって、急かすようにれいちゃんの腕を引いて教室を出る。
僕がしばらく早足で引っ張っていると、さすがにれいちゃんもムカついたのか、僕の頭を強めにバシッと叩いてくる。
「しき、うざい」
「っ……だって……」
「…だって何?」
「……れいちゃん、先生と何話してたの?」
僕がほっぺを膨らまして聞くと、れいちゃんは膨らんだほっぺを両手でバチンと潰してから、
「しきの事」
と言った。
あの準備室の件以来、れいちゃんは暴力的になった気がする。
…まぁそれは、僕に気を許してくれたって事なんだろうけれど、…普通のカップルのいちゃいちゃみたいで、ちょっとくすぐったい。
「えーっ、聞きたいー!」
「あっ、うざい」
「もーまた言うー…」
じゃれ合いながら帰り道を歩いていると、いつものカラオケへの道が目に入る。
「…ねぇ、れいちゃん。……《《今日は》》?」
チラッと目線をやると、れいちゃんは少しは検討したようだったけれど、「眠い」と言って断られてしまった。
「えーっ…昨日もしてないよ?」
「だって、最近眠いから…」
「病気かな…。嫌だなー…病院行こうよ…」
「いや」
そう。
れいちゃんは最近頻繁に暴力的であるのと同時に、酷く眠そうだった。
本人曰く眠れてはいるのに、眠っても眠っても眠いらしい。
しかもあの家庭で本人は病院嫌いなんだから、僕が何とかしなきゃいけないのに…彼女が嫌がる事はどうしても出来なくて、ネットに頼りっぱなしになっている節もある。
「あっ、そうだ。…前みたいに一緒に寝るのは…ダメ?」
「…いいけど、どこで?」
「えーっと…寝るだけなら、駅前の漫画喫茶とか…?」
「へぇ、」
僕でさえ行ったことがないんだから、れいちゃんにとっては初耳だろう。
僕は辛うじて昔《《輪》》の中で聞いた会話で、そこに2人分寝れるスペースのある部屋が借りれるのを知っていたから、…あのうるさいカラオケじゃ寝られないだろうし、入ってみる事にした。
***
「わぁ…漫画いっぱいだ」
「ほんとだ」
受け付けを済ませドリンクを取りに行こうとしたら、たくさんの漫画のあるコーナーを通りかかって思わず立ち止まる。
(流行りの漫画とか、読んだことないからなぁ…何か読んでみたいけど…)
「あっ、」
僕が考えていると、れいちゃんは本棚を物色して声を上げた。
「…何か見つけたの?」
「うん」
れいちゃんは一昔前くらいの感じのする漫画を手に取って答える。
「ままが持ってたやつ…途中まで」
「へぇ…読んでみる?」
「うーん…眠いから…」
「あー…じゃあ僕読んでみていい?」
「いいよ」
こんな話をしながら漫画を1巻から手に取って席に戻る。
れいちゃんはちゃんとひそひそ声で喋っていて、少し意外に思った。
「あっ、ドリンク忘れた」
「あー…」
「持ってくるよ、何がいい?」
「何でもいい」
「…ん、」
僕はれいちゃんの返事を聞いて立ち上がる。
カラオケでもれいちゃんはドリンクを何でもいいと言ってあんまり決めようとしないので、れいちゃんのドリンクは大体僕が無難なやつで決めている。
「……」
ドリンクバーは並んでいなくて、直ぐに注ぐことが出来た。
僕はぼーっとしながらボタンを押し続ける。
「あっ」
気づくと溢れそうになっていて、ギリギリでボタンから手を離す。
(こんなにいっぱい入れたら、れいちゃんこぼしちゃうな…)
僕は少し考えストローを手に取って、少しだけ飲んでから戻る。
…甘い。
何となくれいちゃんは甘い物が好きなイメージがある。
いや、苦いものとか辛いものが苦手なイメージ?
何でだろう。行動が幼いからかな。
…外見が大人っぽいから、余計に子供っぽく見えるんだ。
「…れいちゃん、ジュース…あっ、」
部屋に戻ると、れいちゃんは横になって目を閉じていた。
寝ているようにも見えたけれど、僕が声をかけたらすぐ目を開けたので寝ようとしていた所なんだろう。
「…寝ちゃって良いよ、ジュースここ置いとくね。…僕、静かにしてるから」
「……」
僕が隣に座ってジュースを二つ置くのを、れいちゃんは黙ってじっと見ていた。
僕がどうしたのかなとれいちゃんの方を向くと、れいちゃんは僕の首元に向かって手を伸ばした。
「っ…れいちゃん?!ここでは…っ!」
「うるさい」
一瞬殴られるかと思い、ここではダメと言おうとしたけれど、れいちゃんは僕の首に両手を回して抱き枕のようにしてきた。
「……」
れいちゃんはそのまま、何も無かったかのように僕を抱きしめ目を瞑って、静かに息を立て始めてしまった。
…こうなれば、もうれいちゃんは何も言わないだろう。
「っ……」
最近殴られてばっかりだったから、こうやって普通の接触をされると…物足りないとは思いつつもれいちゃんに包まれて、あったかくてどきどきする。
そのどきどきもいつもと違って、殴られる時の危機感混じるドキドキじゃなくて、安心感のどきどきで…。
(あぁ…あったかいなぁ……僕より体温低いのに、ずっとずっとあったかい…)
殴られた時は、生存本能何かが働いて体中が熱くなるし、痛いし怖いから涙が出るけど、このあったかさも、どうしてか涙が出そうになった。
(…漫画なんて、こんな状況で読める訳無いよ)
机の上のジュースは刻々とぬるくなって、起きた頃には氷も全部溶けていた。




