20.「かわいそう」
「んぐ…?!」
れいちゃんに髪を掴まれ無理やり持ち上げられて、舌の切れた所を舌でつつかれてから甘噛みされる。
その後はぐりぐりと噛まれて…ぅわ、痛ぁ…
…えっ…あっ、これ……キス?
「ぷはっ……、はぁっ……はぁっ……」
「はぁ……あははっ、不味っ」
やっと気づいた頃には口も頭も解放されていて、目の前には僕と赤い糸をひいたれいちゃんが居た。
血の赤が、口紅のように白い肌とコントラストで映える。
「面白いなぁ、この事言ってたの?」
「へ…?」
「じゃあ終わりにしよっか」
れいちゃんはそう言って僕の首に手をやりきつく閉めてくる。
「ぐえっ……!んぐっ!…あっ、!」
「痛い?…なんて言うんだっけ?」
「あっ…!はあっ…!や…!」
「んー…」
「ん!ゃだ…!んんんっ!」
「あっ、そーだ、苦しい?「苦しい」だ、あはははっ」
れいちゃんは笑う。
僕は意識がもう遠くなってきた。
ただ体中が熱くて、苦しくて、頭がくらくらして、死にたくないって思って、…なのに、今の状況も何となく心地よく感じてしまって、振り払えなくて…。
れいちゃんの刺すような瞳が、僕を、僕だけを映して細くなっていって…
ドンドンドンドン!!
「はっ……!ゴホッ、ぅえ、はぁっ、はぁっ…」
扉を叩く大きな音に、れいちゃんはパッと僕の首から手を離す。
僕は吐きそうになりながら必死に息を吸うけれど、それよりも死にかけて興奮状態になってしまったからか、体中熱くて熱くて仕方なかった。
「……」
れいちゃんはしばらくぼーっと音のする扉の方を見ていたけれど、少し経ってからゆっくり立ち上がって、僕の方を見た。
「はっ…ぁ……れいちゃん…?」
「…帰ろっか」
その瞳は、いつものれいちゃんのそれと同じだった。
終わってしまった。
…いや、終われなかったんだ。
僕は途中で辞められてやるせない気持ちになってしまう。
…いや、別に死にたくなかったから、良かったんだけれど…。
「うっ……あ、待っ、て、れいちゃん…」
「…なに?」
「多分、今僕が出てったら、バレちゃうから…僕っ、……隠れてるよ」
「何で?」
「何でって……めんどくさいからだよ」
「……分かった」
僕がそう言ってロッカーの端に身を潜めると、れいちゃんはそう答えて1人で部屋を出ていこうと鍵を開ける。
カチャ…
バンッ!
「しき!」
鍵を開けた音が聞こえた瞬間、勢いよく扉が開く音と僕を呼ぶ声がする。
「…しき……黒木、しきは?」
「えっ…い、居ない…」
「は?俺はしきが行くとこ見たんだからな…出て来いしき!先生居ないし別に告げ口しようなんて思ってねーよ!」
友達の声、信用は出来なかったけれど、…れいちゃんにこれ以上苦手そうな嘘をつかせるのは心が痛いし、れいちゃんをダシに出て来させようとされるのは不快だったから、大人しくゆっくりと顔を出す。
「っ……!…は……?何だよそのケガは…」
「……僕がした」
「嘘つくな!……黒木がやったんだろ?血ぃそんなに付けてさ」
「……」
こればっかりは言い訳のしようがなくて、僕は何も話せなくなってしまう。
…あぁ、もう、……めんどくさい。
ほっといて欲しいのに。
「…お前、黒木に依存してんだろ」
「は…?」
いきなりの言葉につい声が出てしまう。
友達はそんな僕にお構い無しに続けた。
「お前をしばらく無視してれば、お前は俺らと居た時の事を思い出して、日常に帰ってきてくれるものだと思ってた。……でも、逆効果だった。お前は更に黒木に依存して、依存してるからこんなになるまでされても、黒木しか居ないって思い込んで離れられないで…」
「うるさい!…うるさいうるさいうるさい!!!」
違う、…違う!
僕は感情的になってしまって抑えきれず叫ぶ。
それでも抑えきれなくて、襟元を鷲掴みにして怒鳴り散らす。
「…確かに僕はお前の言う通り依存してるかもしれないけど、それは好きな人を好きでいるのとどう違う?……僕の事散々辛そうだ何だ言ってたけどさ、お前らは結局『僕』が違ってることを許さないだろ!」
「……何だそれ、どーゆー意味だよ?!」
「だから!…っ、お前が好きな『僕』は、僕が嫌いで捨てたかった『僕』なんだよ!」
怒鳴り合って、お互いに息が荒くなる。
そのうち、友達は乾いた笑いをあげて、すっかり喧嘩の後の仲直りのようなムーブで話し始めた。
「…そうだな。俺はしきの生きるのの上手さに甘えてたよ。…もー少し早くこうやってぶつかってりゃー、良かったなぁ…」
「……もう遅いよ」
「…そっか……でも、ほんとにもうダメなのか?俺、お前が一番の親友だと思ってたし……お前の一番の親友だと思ってたよ」
友達の自分語りを一通り聞き終わると、僕は彼に一言、
「…じゃあ、親友で良いから…僕の最後のお願い、聞いてくれない?」
と言った。
友達は「何だそれ」と苦笑しながらも、
「おうよ!親友の頼みだからな、なんでも聞いてやるよ」
と答えた。
そして仲直りの後のくすぐったい雰囲気のようなものを醸し出されながら背中を押されたので、僕は笑顔で「ありがとう」と言った。
「……」
僕とれいちゃんの犠牲になってくれて、ありがとう。
「きゃっ、三人……どうしたの?!」
足音の後、扉から覗き込んで聞こえた声に、僕は答えた。
「…彼にやられました」
******
「れいちゃん、行こっか」
「うん」
あの友達の後なんて知らないし興味は無かったけれど、彼のおかげで僕達の『繋がり』は守られた。
「1時間で」
先生に連れて行かれる時、友達は『僕との約束』なんてものを薄っぺらい情で律儀に守ってくれて、否定もせず連れていかれた。
……ただ、一言僕に呟いた。
『ごめんな』
ううん、ありがとう。
お陰で学校でするのは色々とリスキーだって分かったし、何より…
「しき、おいで」
…れいちゃんとの『触れ合い』は、僕らの日常となったから。
「うん…!」
今日も僕は、監視カメラの無い地元のうるさいカラオケの一室でれいちゃんと遊ぶ。
帰る時間はどんどん遅くなったし、生傷もどんどん増えたけれど、心配されないから問題も無かった!
「ぁぐっ…!」
こんなんなら、あんな親でも悪くないって、案外思っちゃうなぁ。
「げはっ、う゛ぅっ…」
学校で絡んでくる人ももう居ないし、れいちゃんと2人きりになれた気分であんなに『普通』だった空間もバラ色!
「ぅえっ、おぇっ、…はぁっ、」
恋ってこんなに可愛いくて、きれいで、甘くてふわふわなんだ。
「ぁっ、うぅ……っはあっ…!」
れいちゃんに触れられる度、その触れ方が僕の為に割く体力と時間に比例して強くなる度、僕はれいちゃんに特別にされてるって感じた。
「ん……んん…ぐ……ちゅ…」
…そして最近は、それが愛だって気づいたんだ。
とっても歪で、見えにくいけど、確かにそれは、僕にはちゃんと愛に見えた。
「ちゅ……んん…ふっ……ぇあ…」
僕はかなり早い段階から、れいちゃんが不器用で、言葉で伝えるのが苦手だって分かってたのに、どうして今まで気づけなかったんだろう。
彼女は『愛してる』って強い気持ちを伝える代わりに強く触れて、『私のモノになって』って言う代わりに僕に傷を付けるんだ。
「ふー…ふー…んゅ……はぁっ…」
…あっ、まって、やばいかも…。
…………。
「はぁ……はぁ……はぁ…」
「…痛い?」
れいちゃんが聞いてくるので、僕はだんだんと頭が冴えてくる。
血とかだ液とかがぐちゃぐちゃになった、汚い床の上に僕は転がっている。
それはほとんど僕から出たやつだ。
まだおなかとか、頬とか…どこもかしこも痛い。
……でもとっても幸せなんだ。
僕には、僕の全ては彼女だけで…彼女の愛を愛として受け取れるのは、僕だけだから。
「うん…っ!」
学園編【完】




